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夢想国師

自作小説がメインでファンタジーやBLなど一切掲載してません 地方経済の活性化を図る「風越峠 見返り桜編」がお奨めです

晴耕雨読 女は男の浮気防止で田舎暮らしを始めるのだが・・・

梶山の浮気を見つけた美樹は田舎暮らしを提案し、彼はその術中にはまるものの、当の美樹の心中は……

 カラオケは歌い疲れ飽きたし、これ以上飲めば間違いなく二日酔いになることが分かっている梶山三郎が帰るといった。
「まだ十時だぜ」
「俺には、もう夜中だよ。お寝んねしないと、朝がきついしな」
「俺だってそうだって」
 梶山を引きとめる森野将太は台湾人のホステスにちやほやされご機嫌だったが、梶山は外国人より日本人のが好きだった。そういうこともあり、森野に台湾パブに誘われても、一人で先に店を出ることが多かった。
 
帰宅した梶山は、風呂から出たばかりの美樹を相手に飲みなおしている。
「随分早かったじゃない」
「森野はああいうところが好きだけど、俺はどうもな……」
「森野さんって、ああいうお店じゃないと、多分持てないと思うな」
「随分なこというな。あいつに、いっといてやるよ」
「いいわよ。そんなこといわなくても。でも、仕事のこともあるし、付き合ってあげればいいじゃない」
「なんだ。けなしたと思ったら、今度は持ち上げるのか」
「そんなことないわよ。聖人君子のあなたのが、よっぽど好きだし」
「なんか、そういういいかたって、棘があるな」
 美樹がコンドームをテーブルに置いた。
「あたし達、こんなの使ったことないわよね」
 それを眼にした梶山がとりなそうとするが、いい考えが浮かんでこない。
「さっき、洗濯しようとしたら出てきたんだけど……」
「森野がくれたんだよ。持続時間が永くなるからって」
「そう。さっき、奈々子って人から、電話あったわよ」
「へー。どういう風の吹きまわしかな」
「しらばっくれないで、いえばいいじゃない。浮気したって」
「してないものを、したなんていえないさ」
「だったら、彼女がなんで電話かけてくるのよ」
「お前もおかしなこというな。考えてみろって。俺が本当に浮気するならだ、なんでその奈々子って女に自宅の電話番号を教えるんだ。飲みに行った先で、たまたま二人とも山が好きだってことで意気投合したから、それで教えただけだって」
「意気投合しちゃったんだ」
 そういう美樹は怒ってる訳ではなく、意地悪くにやけている。
「なんだよ。その笑い方は」
「ま、いいけど。でもさ、結婚したら、浮気はしないでよ」
 一年以上も付き合ってる梶山にとって、いつも同じ美樹相手では新鮮味がなく、時には刺激がほしくなることがある。それでつい、奈々子を抱いてしまったのが昨夜のことだった。
 目を潤ませている美樹にそういわれると、梶山は不味いことをしたなと後悔している。
「今日は泊まっていくのか?」
「そのつもりよ。久しぶりに、一緒に寝たい気分だし」
「降ってきたな」
 都心から離れた郊外は緑が多く、鬱蒼としたシルエットが雨に煙っている。
「ね、いつかは結婚するじゃない。このままいけば。そしたらどこに住む?あたしはここより、もっと静かなところがいいな」
「ここより静かっていったら、本当に山の中になっちゃうじゃないか」
「あたし、こういうマンションて、味気なくて厭よ」
「年寄りじみたこといってるな」
「だってさ、まるでニワトリのゲージだよ。マンションなんて」
「ニワトリ小屋はないだろ。ここだって二千万も出して買ったんだぞ」
「分かってるけどさ、そんなお金あるなら地方で、もっといい家買えるじゃない。一軒家で大きい家とか。あたしの親にいえば、それぐらい出してくれるし」
 女性としては背の高い片山美樹は、バストで止めたバスタオルから、長い足を投げ出してソファーにもたれている。そのバストは俗にいうお椀形で、梶山の掌からはみ出すほど大きい。
 そんな美樹と何度となく肌を重ねてきたが、結婚すればそれは快楽を求めるだけでなく、その結果子供もできるだろう。二人の子供だし、可愛い子に違いないと思う梶山だった。その子供に人間らしい生活をさせるなら、美樹がいうように地方のがいいのかも知れない。
「さっきね、ここにくる前にスーパーで買い物したんだけど、野菜が凄く高かった。うちの田舎千葉だけど、周りの農家の人が採れたてのくれたりして、それがみずみずしくて美味しいんだ。トマトなんて酸味のなかに甘味があって、最高に美味しいの」
「なんだ。田舎暮らししたいのか」
「そうまで思わないけど、都会より田舎のがいいかなって」
 梶山は塗装と防水を生業にしていた。
大手ゼネコンの下請け業者としてやっていたが、現場への往復時間だけで三時間から四時間かかることもざらで、家を出てから帰るまで十五時間ぐらいかかることが普通になっていた。そういう生活に不満を感じたこともあり、半年前から一般住宅専門に仕事を切り替えている。それも、なるべく近場の現場を取るようにしていた。その結果時間的なゆとりができ、美樹が泊まりにくることもふえていた。
「通勤ラッシュがない田舎で、のんびりしたいって思わない?」
「そりゃ、できればそうしたいけどな。でも、美樹。お前って、変な奴だな」
「どうしてよ?」
「齢いくつだよ?」
「二十四よ」
「二十四の女が、田舎がいいなんていうか?友達にいったら笑われるぞ」
「そんなことないわよ。他の子だって、地方のがいいって、結構いってるし」
 梶山が眠いというので、美樹が布団を敷いた。その布団に入った彼は三十秒としないうちに寝息をたて始めた。その彼に起きてよといっても起きないので、美樹は胸にキスしたり刺激を与えるが、寝息は高まるばかりだった。
 
 翌朝も雨が降っていた。
 梶山が淹れるコーヒーの匂いで目を覚ました美樹が、彼のカップを横取りして口をつけている。
「美味しい」
 椎茸をバター焼きにし、それにスクランブルエッグを添えたものでパンを食べる美樹。
「いい味してる」
 梶山が住んでるマンションの大家が自家栽培してる椎茸だった。
「今日は雨で、仕事できないんでしょ」
「うん」
「土曜だし、ドライブしようよ」
「行きたいとこあんのか?」
「別に。でも、ここから少し行けば日帰り温泉あるでしょ。そこ行こうよ」
 二人は営業開始時間にあわせてタクシーを走らせた。
 そこで朝風呂に入った二人は、大広間でビールを飲んでは横になっている。
「酔ったよ」
「朝のビールは効くからな」
 ゼネコンの仕事を辞めてからというもの、雨の日の梶山は本を読みながら朝っぱらからビールを飲むことが常だった。
「これが二人っきりだったら、もっといいのにね」
 美樹が座布団を枕に仰向けでいう。
「あたしさ、編み物好きだし、あなたのために、いろんなもの編んであげるね」
「そうかい。ありがとさん」
 二人は俄かに混み始めた広間の隅で、束の間の眠りについた。
 
 美樹がいいところがあるから行こうと梶山を誘ったのは、六月も入梅を目前にしたときだった。着いたところは山また山ばかりで、かろうじて開けてるのは駅のある飯山方面だけだった。そして、美樹があの家なら住んでもいいといってるその家に入ると、朽ちかけた外観にしては柱や梁が太く、板の間もしっかりとしていた。
「どう?」
「どうって?まさか、ここで新婚生活を送ろうって気じゃないよな」
「そのつもりだけど。ここが厭なら、もう一軒あるのよ」
「どこだよ」
「山梨の増穂ってところで、ここから四時間ぐらいかな」
「長野から山梨かよ。朝早く出てきて、もう疲れてるんだからな」
「諏訪湖に緑水っていうホテルあるんだけど、いいところなのよ。料理は美味しいし。そこで泊まって、明日でもいいじゃない。どうせ、仕事は暇だっていってたし」
「そりゃそうだけど・・・。増穂ってどの辺だ?」
「市川大門て知ってる?」
「あ-。昔仕事で行ったことある」
「その近くよ」
「そっかぁ。諏訪湖からなら二時間ちょいだな」
 美樹は梶山が帰ろうというのではないかと思っていたが、ホテルに温泉はあるのかと聞いてきたのでほっとした。
 緑水という宿の部屋は広く、美樹のいうように温泉は自家源泉の掛け流しだし、料理は和洋折衷で品数が多くて美味いものだった。
「食べたなー。仕事が早く終わったとき自炊してるけど、こんな料理作れないし」
「あたしが作ってあげるって。フレンチでもイタリアンでも。最近は会席料理も習ってるし」
「結婚準備は万端って訳だ」
「お母さんが料理しか取柄がないんだから、しっかり覚えなさいって」
「そんなことないだろ。美人だし、性格もまぁまぁだし」
「まぁまぁなんだ……。いいけど」
「そんな美樹が、どうして俺を選ぶんだか、不思議でしょうがないよ」
「どうしてだろうね?」
「こっちが聞いてんの。仕事してるとき、いろんなのから付き合おうっていわれてんだろう」
「それはあるけど・・・」
「それなら、なんでその男と付き合わないのかって、俺にしたら不思議でな」
「あなたより格好いい人いるけど、なんでだろう・・・。タイミングかな」
 梶山は腑に落ちなかったが、美樹がいうように、男と女の結びつきなどそんなものかも知れないと思った。 
翌日増穂に行くと、民家もほどほどあるし甲府にも近いので、仕事も何とかなるだろうと思う梶山だった。
 
結婚式まであと半月となり、梶山は雑務に追われると同時に不安が募っているようだった。
「いいよなぁ。あんな女と一緒になって逆玉でよ。親父さんがあっちこっちマンション持ってるし、家賃の上がりだけでも食っていけんじゃん」
「そんなのあてにして結婚する訳じゃないけど、なんか不思議でなんないんだよな」
「どうしてだよ?一年も付き合ってきたんだし、別に不思議じゃないだろ」
「三か月前、いきなり結婚しようっていってきたと思ったら、田舎暮らししたいっていうし」
「いいなー。田舎のがのんびりしてて、いいって」
 森野のいいたいことは分かるが、美樹が急に田舎暮らしをしたいという真意には、何か別の意味があるのではないかと思ってる梶山だった。
 これから新婚生活を送るべき家の近くには美樹の祖父の実家があり、その親戚があっちこっちにアパートや貸家を持っている。地主なので顔が広いし、その伝で梶山に仕事も紹介するとのことだった。
 高校中退で塗装業の世界に入った梶山は人に騙されることが何回かあったし、そういうことで辛酸も少なからず舐めてきた。それだけに、あまりにも恵まれた環境を与えられることに、躊躇いがあるのかも知れない。
 
 結婚式も終え新居に移った梶山と美樹の生活は、何もかもが目新しいことばかりで面食らうことが多々あった。だが、なるほどと思わされることが多くて面白い。それに、周りの人間は排他的なところがなく、二人を快く受け入れてくれることもあり、新婚生活は順風満帆だった。
「あたし、明日はクラス会で東京に行くけど、三日ばかりお家に戻ってていいかな?」
「ゆっくりしてくればいいよ。俺は近場の山でハイキングしてるよ」
 
 美樹が自宅に戻ると田舎暮らしの退屈なことを嘆いた。
「もうね、何にもないの。下着ひとつ買うのも甲府まで行かなきゃなんないし、毎月買ってた雑誌も、大きな本屋がないから買えないし」
「しょうがないじゃない。あなたが梶山君に浮気されないために、わざわざそういうところへ行ったんだし。男なんてものは、浮気もしないようじゃ、魅力ないってことなのよ。それをあなたがあまりにもナーバスになりすぎて、若い子がいない田舎で暮らそうなんていいだすから、こうなったんじゃない」
「でも、あのままあそこにいたら、あの人毎晩飲み歩いて、女と遊び歩くと思ったからさ。これまで、三回ぐらい浮気されたし」
「そんなことされてでも一緒になりたいっていう、あなたもどうかしてるわよ」
「そうだけど、あの人といると幸せだって感じるし」
「だったら、しょうがないじゃない。浮気されないためには、今のところで我慢することね。でも、増穂だって開けてきてるし、若い子だってかなりいるんでしょう。飲み屋さんだってあるんだろうし」
「彼の友達がきて、なんだか可愛い子のいる店見つけたとかいってるし」
 美樹の母は娘が思うほど、梶山が持てるとは思っていない。
だが、今のうちから地方で地に着いた生活をしていれば、行く末いいことがあるだろうと将来のことを考えていた。それは家を建てるにしても東京では地価が高いとかもあるが、それよりも安全な食べ物が手に入ることがいちばんだった。極端なことをいえば日本の食生活は崩壊している。それが、地方なら自給自足をしようと思えば可能だし、何れは自分達夫婦が娘の美樹の元へ行こうかという考えもある。そういうことで娘の取り越し苦労を親身になって検討した結果が、田舎暮らしということになったのだった。
「子供ができれば、浮気なんてしないわよ。毎日家に帰るのが楽しくなるってものよ。男って、そういう生き物なの。覚えておきなさい」
「そうかな……」
「心配ばかりしてないで、さっさと帰りなさい。梶山君が淋しがってるわよ」
 お嬢様育ちのわりには苦労性な美樹だった。それにすれてないので、何かと考え込んでしまうのかも知れない。
「何かあったら、いつものようにメールしてきなさい。夜中でもいいから」
 毎晩のように肌をすり寄せていたので、たったの二日間といえども梶山のたくましい腕に抱かれないのが淋しい美樹だった。そう思うと、すぐに車に飛び乗った。
 
「ただいまー」
「何だ。帰りは明日じゃなかったのか」
「あなたが淋しい思いしてると思って、帰ってきたのよ」
「朝は畑仕事してそのあとは山で、今は風呂上りのビールだ。明日は雨だっていうし、畑仕事もできないな。でも、美樹が持ってる畑は、雨だろうが晴れだろうが、毎日耕すからな」
 美樹は何のことだか分からないが、梶山のグラスのビールをひとくち飲んで風呂に入った。
 ここでの梶山に友人はまだできていなかったし、暇なときは本を読むことで暇を潰していた。晴れていれば勿論仕事もする。まさしく、晴耕雨読の生活だった。

                     完
 

晴耕雨読


狂った夏 若い女が酔っ払いに絡まれ・・・・・・

勧善懲悪主義の梶山を襲った冤罪とは・・・

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 狂った

 
日曜の昼下がり車内は閑散としていた。
 だが、その静寂な雰囲気を壊そうとしている者がいた。
「いいオッパイしてんじゃねーか」
 不精など通り越した伸び放題の髭面は工員のような服を着、女性には縁がないといった男を象徴したいでたちだった。
そんな男が両手で吊り輪を掴んで腰を引き気味にしながら、薄着の女の胸元を覗き込んでいた。
 男の顔が間近で吐く息は酒臭かったし、すえた汗が強烈な異臭を放っていた。
それに我慢できない女が立ち上がろうとすると、男がその女の肩を押し沈めた。
「やめてよね」
「いいじゃねーか。見るぐらいよ」
 男は吊り輪にだらしなくぶら下がるような格好で、操り人形のように全身を前後左右に揺らしている。
 
 友人と昼食を兼ねてビールを飲み、いい気分の梶山三郎が電車に乗り込んだ。
彼が座ろうと思ったとき悲鳴のような声がした。
その声の方に目をやれば、労務者風の男が女のブラウスを肩からずりおろそうとしている。
梶山は躊躇うことなく隣の車両にいる男に駆け寄った。
「いい齢して、変なことするんじゃないよ」
「ふん」
 酔っ払いは梶山に鼻を鳴らし、なおも女の肩から手を離そうとしないどころか、ブラウスを掴み上げている。
「やめろってんだ」
 梶山が男の手を捻り上げた。
「何しやがんだ」
 そういう男を後ろ手にしホームに引っ張り出した梶山は、彼を蹴っ飛ばしてやろうかと思うが、これ以上手荒なことはよしたほうがいいと判断した。
「いい格好すんじゃねぇ。おめぇーだって、この女のオッパイ見てぇだろう。男好きするあの女と、やってみてぇくせによ」
 酔っ払いは尻餅をついたかと思えば、仰向けになりながらいった。
発車ベルが鳴ったので、梶山は急いで車内に戻った。
 飛び込んで乗った車内の椅子に座り込んだその彼の向かい側に、女が何事もなかったかのように澄ましている。
 有難うの一言もなしかよと思う梶山だが、礼をいって欲しいために男を車内から連れ出した訳ではない。
世の中こんなもんなんだと呆れるとともに、少しばかり興奮してしまった彼は前屈みになって肩で息をした。
床に目を落としていた彼がゆっくり顔を上げていく途中、女の素足の付け根に白いものが見えた。そして座席の背もたれまで上体を起こしたが、それでも彼の目にはミニスカートの奥の白いパンツが視界に入ってくる。
梶山が助けた女は普通に座っていても、バッグなどを膝に置かなければパンツが見えてしまうほど短いスカートで、白いブラウスはシースルーのように青いブラージャーがくっきり浮き上がっていた。
こっちは人助けをしたっていうのに、礼もいわないで、なんでそんな目で見てんだよ。
そう思っているうち、梶山は眠くて目を閉じてしまった。
 
電車の揺れるリズム感は気持ちいいもので、梶山は中学時代の夢を見ている。
 
友人達が塾に行く時間だとか、遅くなるから帰ると三々五々散って行く。
何の予定もない梶山が一人で駅に行くと、教育実習に来ている有馬佐智子という女性と出くわした。
「さっきも教室でいったけど、時間あったら遊びに来てね」
「行って、いいんですか?」
「いいわよ。うちのそばにはキャンプがあるから、外人がいるの。三溪園も近いし、いい写真撮れると思うわよ」
 そういわれた写真好きな梶山は、休みに有馬佐智子と三溪園に行った。
 佐智子はの短大の体育大生で、バレーボールで鍛えた身体は日焼けして黒い。
 その彼女と梶山が別れ際に喫茶店で向かい合ったとき、ミニスカートから白いパンツが見えたが、彼はすぐに目を背けた。
「明日から軽井沢でアルバイトなの。絵葉書送るから、住所教えて」
 パンツの鮮やかな白が目に浮かんでる梶山は、喜んで佐智子の手帳に住所を書き込んだ。
 
肩を叩かれた梶山が目を覚ました。
痴漢みたいな目で、見てたでしょう」
 何のことだとばかり、梶山がしょぼついた目をこすった。
その目に、さっき助けた女がぼやけた視界に浮かんでる。
「降りてよ」
「何いってんだよ」
「さっき、ずっと屈んで、スカートの奥見てたじゃない」
「いい加減にしろよ」
 電車が止まると、意外な力で脇に手を入れられて立ち上がらされた梶山。
 女に同調するかのように梶山の隣に座っていた男が、彼女と一緒になって彼をホームに引っ張り出した。
 駅長室に連れて行かれた梶山は身元確認を求められるが、そんなことにはいっさい応えようとしない。
「あんた、おかしいよ。人がせっかく助けたのに礼をいうどころか、俺を痴漢扱いにしてるんだぜ」
 何ら悪いことをしてないという面持ちの梶山は、込み上げている怒りを抑えようとしながらいった。
「そっちこそおかしいじゃない。あたしはさっきの痴漢のことをいってるんじゃないの。あなたはあの痴漢を追っ払ってくれたからいい人だと思ったのに、あたしのスカートの中を覗いてたのよ。そのことをいってるの」
「馬鹿いってんじゃないよ」
「どっちが馬鹿なのよ」
 梶山と女の押し問答が延々と続いてるとき、一人の女性が駅長室に入ってきた。
「私、この女性のそばに座ってましたけど、男の人はその女性のスカートの中、覗いてるようなことなかったですよ」
「何いってんの。ヤラシイ目で見てたの、あたしはちゃんと見てたんだから」
「この男性はお酒飲んで、苦しかったから俯いてただけでしょ。それで顔を上げるときあなたの姿を見る形になったけど、それはスカートの中を見るとかじゃなくて、自然の成り行きで目に入っただけだと思うけど。それに、そんなスカートじゃ、下着を見てっていうようなものでしょ」
 確かにそうで、梶山は労務者風の男をホームに引きずり出し車内に戻ると、酒を飲んでたのと興奮したのとで動悸が激しくなっていた。それで腰を曲げた状態で鼓動が静かになるのを待ち、背もたれまで上体を起こしたかと思えば、窓硝子に頭をつけて居眠りしたのだった。
「それに、この女性の言い分は、どう考えてもおかしいです」
 梶山を痴漢扱いしてる若い女は顔を赤くしながら、彼を援護している中年女性に冗談じゃないわといった。
「百歩譲って、この男性が仮にあなたのスカートの中を見ていたとしても、あなたはこの人に助けてもらったのよ。この人があの酔っ払いを追い払わなかったら、あなたはブラウスを引きちぎられてたかも知れない。そういう人を痴漢扱いにするのは、私には信じられないわ」
「まったくだ。あんたの頭は狂ってる。あれが電車の中じゃなく、人通りのないところだったら間違いなく、あんたはレイプされてたんだからな」
 梶山はペットボトルのウーロン茶を飲んでいった。
「そんな奴から助けてやった俺が、なんでこんなところにいなきゃなんないんだよ。ふざけんのもいい加減にしろってんだ」
「助けた助けたっていうけど、誰が頼んだ?あたしはあんたに、助けてなんていってないからね」
 梶山は悪い夢を見ているんだと思いたかった。
 駆けつけた警察官が腕組みしたまま聞いていたが、これでは埒が明かないと判断し、被害者と思われる女と痴漢扱いされてる男。その彼を擁護している女性の三人に、警察署で事情聴取するために同行を求めた。
 梶山がそれを固辞した。
「どうしても連れて行くんなら、逮捕してくれませんか。そうすれば、こっちは名誉毀損で裁判起こすし。それはこの女だけじゃなく、あんたに対してもね」
 梶山は定年間近と思われる警察官にいった。
「公務執行妨害でも何でもいい。手錠掛けたきゃ掛ければいい」
「そちらのお嬢さん。あんたはどうする?こちらの男性は名誉毀損で訴えるっていってるけど」
「勝手にすれば。これから仕事だから、あたしは行くからね」
 立ち上がった女を無理やり振り向かせた梶山が、彼女の頬におもいっきりピンタを張った。
「いたっ」
「お前のために、こっちはいい気分を害された挙句、痴漢扱いされてんのが判んないのか!ばっか野郎が」
「何すんのよ!」
「それはこっちの台詞だ」
「見たでしょ。この男、あたしのこと殴ったのよ」
「今までの話を総合してみると、あんたにもかなりの落ち度があるようですな」
「何でよ?」
 その短いスカートもそうだし、ブラジャーが透けて見えるそのブラウス。誰だって、男ならおかしくなりそうな格好じゃないか。ストリッパーなら別だけどな」
「あたしがストリッパー?」
「いや、物の例えということでね」
「酷い」
 女は上気させた頬に涙をこぼした。
「もういい。帰る」
「冗談じゃないぜ。こっちはいい恥かかされたんだ。このまま帰して堪るかってんだ」
「女性がもういいっていってることだし、あんたもこのまま帰ったほうがいいんじゃないのかい」
「冗談もいい加減にしてくれよ。変態扱いされて、それを今度はもういいからっていわれて、黙って引き下がれるかってんだ」
 梶山はやたらに乾く喉にウーロン茶を流し込んだ。
「名誉毀損。侮辱罪で、この女を訴える」
 
 簡易裁判所を出た梶山の隣に、彼の証人として出廷した中年女性が立っている。
「有難うございました。お忙しいところ、申し訳ありませんでした。
「いいえ。私が酔っ払ったあの男性を止めてれば、あなたもこんなことになってなかったでしょうに」
「あの酔っ払いを止めるには、女性には無理だったろうし……」
「見て知らん振りしてる私達にも責任あったし……。いちばんいけないのは酔ってるとはいえ、女性に乱暴しようとしたあの男性なのに、あなたはとんだ迷惑を被ってしまったわね」
「困ってる者見たら、放っておけない性質なんで」
「それにしても、助けてもらってお礼をいうどころか、冤罪を着せるああいう女性って、何考えてるんだが……。これに懲りず、これからも悪い人をとっちめて欲しいけど、こんなことになるんではおいそれと人助けもできなくなるわね」
 女性がそれではと会釈し、梶山は深々と腰を曲げてその彼女を見送った後、空を見上げて眩暈を覚えてしまった。
 それはかんかん照りで暑いこともあったが、彼を痴漢扱いした女の言い分に愕然となっていることのが大きかった。
 
労務者風の男に乱暴されそうになって怖かった。
それで助けてくれた男にほっとしていたら、自分のパンツを盗み見しているのに気付いた。
労務者なら分かるが、きちんとした格好の男までが自分をそんな目で見るのかと思うと、腹が立って駅長室に連れて行った。
できれば、痴漢に仕上げて金を巻き上げたかった。
 
そんな女の浅墓さが分かると、梶山は何のために労務者から女を助けたのかと、嘲笑すらできなかった。
 
 少女三人がコンビニ前の路上に座り込んでいる。
彼女達はそろいもそろってローライズのジーンズやスカートで、パンツだけでなくヒップの割れ目まで見えていた。
「すいません。ちょっとごみの整理するんで、他へ行ってもらいたんですけど」
「ちぇっ。うっぜーな」
「どけ!道端に座り込んで、邪魔だろ」
 裁判に勝ったものの、心がすっきりしない梶山だった。
 痴漢呼ばわりした女と同様、やりきれない気持ちを関係のない人間に向ける梶山だった。
「通れんじゃん。こんなに道あいてんだから」
「道は座り込むためにあるんじゃない。店の人だって困ってんだから、さっさとどけ!」
「オッサンの道じゃないくせに」
「行こう。変なオッサンでキモイよ」
「何がキモイんだ。蹴っ飛ばすぞ」
 四十過ぎの店員が苦笑しながら、梶山にお辞儀をした。
「今の子供達は、自分を中心に地球がまわってると思ってるのが多くて」
「若い子だけじゃなく、皆、狂ってる」
 梶山はぎらつく太陽を遮るように、手を庇代わりにして歩き始めた。
 
無差別殺人が起きたり、警察や裁判官に教師までが痴漢で捕まったり、このところおかしな事件が続いている。
 各地で連日猛暑が続き、東京は四十度に迫ろうかという厳しい暑さだった。
 平和に見える日本だが、勧善懲悪主義の梶山さえ、痴漢という冤罪を被らされるのが実情だった。
 人間の心が猛暑で狂うようなが、まだ続きそうだった。
                        

                 完
  

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