第3章 雨降って地固まる
野良猫についての問題提起した小説「小次郎とマリー」完結です
いびきをかいてる小次郎は、サリーが話しかけてもじゃれついても起きなかった。
「疲れてるみたいだから、そっとしてあげなさい。サリーはこっちよ」
小次郎は適度な圧力で自分に添い寝してたはずのサリーがいなくなると仰向けになった。
「これからサリーと一緒に、あの子も温泉に行くのよ」
サリーは紗里奈の顔を舐めて喜んだ。
そのサリーよりご機嫌だったのが小次郎だった。熱い湯に入るのは初めてだったが、とにかく気持ちいい。その上、シャンプーしてくれて綺麗にしてくれた紗里奈に、小次郎は感謝をこめて彼女の前で四本の足をそろえて座った。
「有難うございます。なんだか、死んでもいいような気分で幸せだ」
「変なこといわないで」
「いやー。俺も歳だから、いつ死んでもおかしくないんだよ」
「せっかく再会できたのに、そんな縁起悪いこといわないでよ」
「ごめんごめん。弱気になっちまったな」
ちょこんと座ってるような小次郎の姿が何かいいたげな顔だが、紗里奈に分かるはずもない。それでも何かを感じたのか、紗里奈は小次郎の頭を撫でてはいい子だねといってる。
その小次郎は娘に諭され、武者震いするかのように濡れた体を何度も胴震いさせた。
ペット専用のホテルは至れり尽くせりで、温泉だけでなく小次郎をはしゃがさせるものがいっぱいだった。ササミや魚料理で満腹になればキャットタワーもあり、それでサリーと戯れた。紗里奈のうまいあやしに乗せられ、一晩中部屋を駆けまわった小次郎はさすがにくたくたで寝込んだ。朝になれば庭の草むらに放され、その草いきれに懐かしい匂いを思い出すものの、サリーに追いかけられ汗だくになる。そして、また温泉に入るという繰り返しだった。
紗里奈の自宅に戻ればミーチャがたずねてきては体の具合を心配してくれ、小次郎は今までにない極楽の日々を送っていた。
寄ってきた雌猫のかすかな匂いにはっとし、マリーは誰に会ってたのと必死に聞いた。
「誰って、あんたこそ誰よ」
「あ、あたしはマリー。ね、小次郎と会ってたんでしょ?」
「あんたがマリーかい」
「やっぱり、小次郎おじちゃんのこと知ってるんだよね」
濡れたような目を大きく見開いているマリーという若い娘の気持ちは分かるが、会わせていいものかどうか迷っているミーチャだった。
「あんた、韮崎から一人できたのかい?」
「そうよ。おじちゃんに置いてきぼりにされて、それで一人で追いかけてきたのよ」
「それは大変だったね。でもね、小次郎は野良猫でね。あんたと一緒に、暮らすわけにはいかないんだよ」
「どうして?」
「野良猫には野良猫の、しきたりってものがあるんだよ」
「あたしだって捨てられて、野良猫になったんだから」
「そうはいってもね…」
ここへどんな思いをしてきたのか、マリーはミーチャに懸命に訴えた。
百五十キロもの旅をするというのは並大抵のことではない。その辛さはミーチャ自身よく知っていた。それで、泣き声でいうマリーの気持ちを察し小次郎のところへ案内した。
マリーはサッシュのガラスに前足を何度もよじっては吠えるように泣いた。
それに気づいた小次郎もガラス戸に駆け寄った。紗里奈がガラス戸をを開けると、マリーはいっきに駆け上がった。
「何で置いてきぼりにしたのよ」
「悪い。お前はあそこで、可愛がられてたしな」
「おじちゃんがいなかったら、生きてる意味ないんだからね」
マリーはそういって涙を流した。
紗里奈はそんなマリーと小次郎の関係を察したようだった。
紗里奈はブログでサリーのことを取り上げることが多く、新しく家族の一員に加わった小次郎とマリーの画像も掲載した。マリーの愛くるしい表情をした画像は評判がよく、たくさんのコメントが書き込まれている。
「クララちゃん可愛いですね。彼のところに、少しだけニャンコいたんですよ。でも、私と結婚するときにに捨ててきたっていわれて、凄いショック受けたことあるんです。あんな可愛いニャンコ捨てるなんて、信じられませんよ。男って、勝手だなーって思いました。また遊びにきますね」
それを読み終えた紗里奈がコメント返しをした。
「セレブ奥様。いつもコメント有難うございます。ソマリのクララはアメリカンショートヘアーのクロベーが舞い込んでから、三日ほどしてから我が家にきました。それも、クロベーの後を追ってきたようです。汚れていたものの二匹とも元は飼い猫だったようで、すぐに懐きました。誰かに捨てられたんだと思いますが、こんな可愛い猫ちゃんを捨てる人間の気持ち、私には分かりません。というより、許せません。心ある人間なら、ペットを捨てるなんてこと、しないはずです」
紗里奈は子供が寝付いた後も、サリーにクロベーとクララの様子を見ている。
年長のクロベーこと小次郎は体はマリーよりも小さいが、その風格は二匹にないものだった。マリーにちょっかい出されても、髭を少し動かすだけで居眠りを決め込んでいる。
「こっちおいで。お父さんは眠いんだから」
「前はよく遊んでくれたんだけどね」
「疲れてるんだね。マリーはまだ若いから、体力がすぐに快復するけど、お父さんはもう中年だし」
「親父だね」
「旅の疲れが出てるんだと思うよ」
「あたしもそうだけど、楽しくてしょうがないし、はしゃぎたいのよ」
「まだ、子供だし」
「そんなことないわよ。あたしだってお父さんと同じように、ここまできたのよ。餌がなくて、ゴキブリやカマキリだって食べたし。大人になったつもりだし」
「どれぐらいかかってここにきたか知らないけど、お父さんはそんなこと、毎日のようにやってたのよ。あなたと会う前は」
「野良猫って、いつ死ぬか分からないことばかりだから、大変だよね」
「あたしは野良生活したことないからよく知らないけど、お父さん見てて、幸せだって思うわ。ここのおばちゃん気はいいし、こないだは温泉にもつれてってくれて、お父さん感激してたよ」
「ふーん。温泉て何だか知らないけど、面白いの?」
「お風呂みたいなもんよ。もっと大きくて、泳げるし」
「いいなー。行ってみたい」
サリーはミーチャだけでなく他の猫との交流もありいろんな情報を耳にしているが、マリーは小次郎とサリーだけしか知らない。それだけに、自分の世界がどんなに小さいかを思い知らされてるようだった。
「さ、あなた達も寝たほうがいいわよ」
紗里奈はサリーとクララを代わる代わる撫でて寝室へ行った。

金ぴかが煙草をそうとすると、こらーがそれを取り上げた。
「あたしが煙草やめたの、知ってんでしょ。嫌味なこと、しないでよ」
「ごめんごめん」
「昼は、何つくってくれるのかな?」
「忙しくて、それどころじゃないわよ。レトルトあるんだから、それでも食べてよ」
我侭なそんなこらーがパソコンに戻っていった。
「そうか。一人淋しくカレーでも食べるかな」
そういいながらモニターを覗き込むと、彼女は猫の画像を閲覧してるようだった。画像は小さいがソマリで、それにコメントを書き込んでるようだった。
自分の部屋に入った金ぴかがパソコンの電源を入れた。こらーが浮気してるのではないかと疑心暗鬼な金ぴかは、彼女専用のパソコンを盗み見してるのだった。
俺には捨ててこいっていっておきながら、あの女は何考えてんだ。
「サリーの気まぐれ交遊録」というブログには、たくさんの猫の画像が貼り付けられている。そして、来週のオフ会参加の呼びかけが書かれていた。それを見てるうち、金ピアかは小次郎とマリーがどうしてるか気になってしょうがないようだった。
「どこ行くのよ?」
「ランチ食べに、八ヶ岳でも行ってこようと思ってね」
「あのレストランなら、あたしも行くわ」
「忙しいんじゃないのかい?それなら、昼飯はここでカレーでも食べたらいい」
「最低」
こらーは出て行く金ぴかに、あっかんベーをした。
紗里奈の元に梶山三郎が訪ねた。
「何だ。こいつら、何でここにいるんだ?」
「知ってるの?」
梶山の足元にまとわりつくクロベーとクララに、紗里奈が聞き返すようにいった。
「五月末八ヶ岳行ったとき、この二匹が俺の車に乗り込んできてな。そしたら、韮崎で降りて行ったんだ」
「まさか。人違い、じゃなくて猫違いでしょ」
「間違いないって。家に行けば、こいつらを撮った写真あるし」
「韮崎から東京まで、猫がどうやってきたのかしら?」
「犬と同じで、猫にも帰巣本能があるらしい。それにしても、韮崎からよくたどり着いたもんだな」
「帰巣本能っていうことは、この猫ちゃんたち、東京にいたのかしら?」
「そうだろ。じゃなきゃ、わざわざあんな遠くからくるはずないしな」
紗里奈は驚くと同時に、クロベーとクララがやってきたときの哀れな姿を思い出した。
そこにオフ会の参加者が集まってきた。初めての者もいて、皆に自己紹介をしてる。
「私は小鳥遊うのです。最近ニャンコのこと大好きになって、それでやってきました。自分でもこれから飼ってみたいんで、宜しくお願いします」
うのという女が挨拶してるとき、小次郎がマリーを小突くようにして見ろといった。
「誰だか、覚えてるだろ」
「こらーだね」
「調子のいいこといってる」
「そうですか。猫ちゃんは手のかかるペットですけど、きちんと面倒を見れば飼い主の言うこともよく聞きますよ。里親制度もあるんで、よかったらいい子紹介しますよ」
そこに、金ぴかが現れた。
「どうなってるんだ?」
寝そべって不貞腐れたような格好をしていた小次郎が、勢いよく立ち上がった。マリーもそれに倣い、ぴょんこと立った。
「突然お邪魔して済みません。私、うのの夫で小鳥遊好男といいます。そこにいるソマリとアメリカンショートの二匹。私の家内であるうのの言いつけで、私が八ヶ岳に置き去りにしてきた猫達です」
皆が小鳥遊夫妻を見詰めた。そして、小鳥遊好男が見てる二匹の猫に視線を移した。
「君がここに何しにきたのか、僕は知ってる」
小鳥遊好男がそういい妻のバッグを無理やり奪って、中の物を床に落とした。
「あの二匹を殺そうとしてるんです。捨てようとしたとき小次郎に噛まれたのを怨みに持って、八ヶ岳から東京まで戻ってきた小次郎とマリーを、殺そうとしてるんです」
「何いってんの?そんなこと、するわけないでしょ」
うのがいくら言い訳をしたところで、床に転がってる農薬らしきパッケージを見ては、皆は彼女を軽蔑視するだけだった。
「私がここにきたのは家内に残虐なことをさせないのは勿論、小次郎とマリーに謝りたいからです」
そういわれた小次郎とマリーが、小鳥遊好男こと金ぴかに駆け寄った。
「悪かったな。こんな悪い女の言いなりになった俺が馬鹿だった」
二匹は金ぴかの顔を舐めた。
「お前とは、離婚だ」
「こんな猫の、どこがいいのよ。私を捨てる気?」
「そうだ。俺は、猫を捨てるんじゃなく、お前を捨てるべきだったんだ。な、小次郎。マリー」
小次郎とマリーは金ぴかの真意を知り、彼に飛び上がってじゃれ付いた。
別れる夫婦がいれば、元の鞘に収まる男と女もいた。
「私たち、やり直せるんじゃない?」
「俺はいつでも、そう思ってたけどな」
梶山が紗里奈を抱き寄せていった。
小次郎とマリーは金ぴかのところに連れて行かれ、捨てられる前の状態に戻った。
「お前達。ここがいちばんいいだろう」
「知ってたら、何で捨てたんだよ。この大馬鹿もんが」
「おじちゃん。いうことがきつい。元に戻ったんだから、いいじゃない」
「マリーはな、お前は、そういうところが甘いんだ。俺みたいな野良猫を増やさないためにも、金ぴかみたいな奴を、懲らしめないと駄目なんだぞ」
小次郎はそういってぴかの腹の上に飛び乗り、彼の顔にパンチを何度もくれてやった。マリーも小次郎に負けず、彼の頭を叩き始めた。
そんな金ぴかの顔が嬉しそうに笑っている。

コメント
ご拝読有難うございます
面白かったです(^^*
家の猫も、出身はノラですから。。
猫が喋れたら、こんなだろうなぁ~と・・・
思わずホロリとしたり、クスっと笑ったり(^^;
特に、結末ににっこり♪
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それを前面に出さず、さらっと書いた分、読みやすかったのではないでしょうか?
本当に猫が話せたり、それが人間のような腕力があったなら、飼い主を襲うんではないでしょうか?
猫を捨てるのは動物虐待となんら変わらない行為で、腹立たしくてしょうがありません。
ペコリンちゃん、元気ですか?