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「実業少年」という子供向けビジネス雑誌(そんなものがあったのである)に明治44年、露伴が連載したもの。
さすがは露伴、のほほんとした強力(ごうりき)ぶりに目を見張る。
当時、少しでも見どころのある少年は、安定を求めて公務員になろう、大企業に入って終身雇用でぼったくろうなどと思ったりせず、必ずや自ら事業を興して成功してやらう、三井、岩崎が何する者ぞ、と心を決めているのだった。
だから子供向けビジネス雑誌といっても、今のサラリーマンくずれが読むものよりずっと気が利いてる。
というわけで、作中に登場する少年たちは、正体はよくわからないがとにかく物のわかったそのおじさんを尋ねる(おじさんは、読者である我々にはまるで露伴その人のように思える)。
おじさんは次々に、カード式の知的生産の技術や、そのうち軍事利用されるだろう飛行機の簡易撃退法や、加藤清正のごとく/紀伊国屋文左衛門のごとく、ハダカ一貫からのし上がることは現在でも可能かなどと論じる(繰り返すが明治44年である)。
おじさんはさらに、人に使われず独立独行で身を立てる術がいかに多いかを説き、さらには今後世に打って出るであろう少年たちに、未だ誰もやったことはないができればすごぶる世のためになるいくつものビジネスモデルを提示するのである。
雑誌連載時には「滑稽 御手製未来記」と題されたように、「未来は諸君の手製次第」と毛沢東のようなことをいって、まず「亜鉛精錬のできない意気地無さ」を説き、電力の無線輸送から、駅自体を平行して走らせ汽車の速度を落とさせぬ法がいかに速度と燃料のムダを省くかを説き、無公害の「圧縮空気自動車」を提案し、「政府も塩など煙草など売るくらいなら、空気でも売ればいいのに、わはは」と宣い、あちこちに空気工場を作って店で圧縮空気を小売りすれば、冷房にも使える旨を説く。
ついでに「生水はカラダによくない」というくせに生空気を平気で吸わせてる現在衛生学を笑い、「アスハルトで道路を拵えた利口気な紐育の人民が、おのれが似而非知識の応用からでた酬いとして、アスハルトの放射する熱のために年々何十何百人づつ火に焼けた川原へ跳ね上がった阿諛みたいに焦げて死ぬなどは二十世紀的で、イヤハヤ感服なものだと云いたいですナ」とこき下ろすのも忘れない。
はたまた24時間経営の銀行がいかに商業を活性化するかと説明するかと思うと、税金を払って警察に泥棒をつかまえさせるなら、最初から盗難保険を経営してその保険料で警備をさせたほうが、保険金支払いを減じようとしてしっかり警備するだろう、といったアナルコ・キャピタリズム論に花を咲かせる。
社会分業の重要性と、それを妨げる日本人の悪根性を説いて、最後に養鶏場で、鶏をダメにするブロイラーなる鶏監獄方式ではなく、日本人一人に、一日一個タマゴを食わし、一月一度肉を食わせる品種改良と分業生産の算段をくわしく計算してみせるのである。
「実はいやに思うほど日本人はわうじゃくな青しよぼたれた容子をして居ますが、芋や蒟蒻ばかり食べて居るのでは無理も無い事だと情けなくなります。せめて日本人全体に鶏卵一個位づつは毎日食べさせたいとは御思ひになりませんですか。」
「それは一個どころでは有りません、十個位づつも食べさせてやりたいと思ひます。」
「併し日本人の数を仮に五千万人とすると、日に鶏卵一個づつで五千万個、一年では百八十二億五千万個になりますよ。牝鶏の産卵の数の多い良種で、そして産卵の最盛期でも一年に二百個を得るのはむづかしいのです。ましてや凡鶏で最盛期でも無いものを勘定にいれると、一羽で一年に百個さへおぼつかないのです。仮に百個としても一億八千万羽の牝鶏がなければそれだけの卵は得られないのです」
「大層なものですナア。」
「鶏卵一個、小売相場三銭だなんぞといふ馬鹿げた高値で勘定すると、日本人が日に一個づつ鶏卵を食べると一年に五億四千七百万円食べる訳になりますが、今の日本人が一年に五億円からの金高を、栄養をとってはおまじない同様しか効も無さそうな、日にたった一個の鶏卵のために使用し得るだろうかどうだか、考へて御覧なさい」
ガリガリ数字で押してくるおじさん。
さては、どんな妙案が飛び出すか、それはぜひ、ホンモノを御覧あれ。
(目次)
* (一)讀書會
* (二)カード式の便利は唯商業簿記のみに限らず
* (三)飛行機を手捕りにする説
* (四)清正公の素裸成功訓
* (五)紀文は治世の清正公なり
* (六)妙な人
* (七)智慧が無いナア
* (八)獨立獨行の道は多い
* (九)泥鰌《どじやう》と要石《かなめいし》と
* (十)未來は諸君の希望次第
* (十一)亞鉛精練のできない意氣地無さ
* (十二)天地 顛倒《ひつくりかへ》る大變事
* (十三)無線電信と無線電力輸送との大相違
* (十四)電力輸送の出來た曉
* (十五)出來ないといふことを確定するも亦英雄
* (十六)常燈銀行
* (十七)普通警察署の兼業
* (十八)新案民設盜難保險會社
* (十九)捕盜裝置
* (二十)惡漢監視法
* (二十一)大親分
* (二十二)二少年の再訪
* (二十三)笑話的交通機關の發明
* (二十四)無益の發明
* (二十五)移動昇降場
* (二十六)隨意昇降場
* (二十七)單軌鐡道
* (二十八)大空道路
* (二十九)無機關車
* (三十)空中導索
* (三十一)人力車
* (三十二)爪哇《ジャワ》の郡長さま
* (三十三)乘物の類は種々
* (三十四)小取廻しの便利なもの
* (三十五)壓搾空氣
* (三十六)壓搾空氣製造會社
* (三十七)空氣力車
* (三十八)液體空氣の爆發を動力として使用する
* (三十九)暑氣を減ずる法
* (四十)第三囘訪問
* (四十一)事業は非常に澤山ある
* (四十四)製造工程の整理
* (四十三)尊い性格
* (四十四)養鷄事業
* (四十五)肉食の奬勵
* (四十六)千羽飼
* (四十七)鑵詰業
* (四十八)社會全體の道徳
* (四十九)鷄監獄
* (五十)家族の生活
* (五十一)鷄種の良いもの
* (五十四)孵卵噐
* (五十三)天然温泉
* (五十四)日本種の良鷄
(出典)『露伴全集10』収録(岩波書店)
なお「物語倶楽部」のコンテンツの一部として、「番茶会談」のアーカイブが以下のURLで読むことができる。
http://web.archive.org/web/20040815110336/www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/bancha/index.html
(関連記事)
本当に欲しいものは、それを誰かに与えることでしか手に入らない:幸田露伴『努力論』 読書猿Classic: between / beyond readers

さすがは露伴、のほほんとした強力(ごうりき)ぶりに目を見張る。
当時、少しでも見どころのある少年は、安定を求めて公務員になろう、大企業に入って終身雇用でぼったくろうなどと思ったりせず、必ずや自ら事業を興して成功してやらう、三井、岩崎が何する者ぞ、と心を決めているのだった。
だから子供向けビジネス雑誌といっても、今のサラリーマンくずれが読むものよりずっと気が利いてる。
というわけで、作中に登場する少年たちは、正体はよくわからないがとにかく物のわかったそのおじさんを尋ねる(おじさんは、読者である我々にはまるで露伴その人のように思える)。
おじさんは次々に、カード式の知的生産の技術や、そのうち軍事利用されるだろう飛行機の簡易撃退法や、加藤清正のごとく/紀伊国屋文左衛門のごとく、ハダカ一貫からのし上がることは現在でも可能かなどと論じる(繰り返すが明治44年である)。
おじさんはさらに、人に使われず独立独行で身を立てる術がいかに多いかを説き、さらには今後世に打って出るであろう少年たちに、未だ誰もやったことはないができればすごぶる世のためになるいくつものビジネスモデルを提示するのである。
雑誌連載時には「滑稽 御手製未来記」と題されたように、「未来は諸君の手製次第」と毛沢東のようなことをいって、まず「亜鉛精錬のできない意気地無さ」を説き、電力の無線輸送から、駅自体を平行して走らせ汽車の速度を落とさせぬ法がいかに速度と燃料のムダを省くかを説き、無公害の「圧縮空気自動車」を提案し、「政府も塩など煙草など売るくらいなら、空気でも売ればいいのに、わはは」と宣い、あちこちに空気工場を作って店で圧縮空気を小売りすれば、冷房にも使える旨を説く。
ついでに「生水はカラダによくない」というくせに生空気を平気で吸わせてる現在衛生学を笑い、「アスハルトで道路を拵えた利口気な紐育の人民が、おのれが似而非知識の応用からでた酬いとして、アスハルトの放射する熱のために年々何十何百人づつ火に焼けた川原へ跳ね上がった阿諛みたいに焦げて死ぬなどは二十世紀的で、イヤハヤ感服なものだと云いたいですナ」とこき下ろすのも忘れない。
はたまた24時間経営の銀行がいかに商業を活性化するかと説明するかと思うと、税金を払って警察に泥棒をつかまえさせるなら、最初から盗難保険を経営してその保険料で警備をさせたほうが、保険金支払いを減じようとしてしっかり警備するだろう、といったアナルコ・キャピタリズム論に花を咲かせる。
社会分業の重要性と、それを妨げる日本人の悪根性を説いて、最後に養鶏場で、鶏をダメにするブロイラーなる鶏監獄方式ではなく、日本人一人に、一日一個タマゴを食わし、一月一度肉を食わせる品種改良と分業生産の算段をくわしく計算してみせるのである。
「実はいやに思うほど日本人はわうじゃくな青しよぼたれた容子をして居ますが、芋や蒟蒻ばかり食べて居るのでは無理も無い事だと情けなくなります。せめて日本人全体に鶏卵一個位づつは毎日食べさせたいとは御思ひになりませんですか。」
「それは一個どころでは有りません、十個位づつも食べさせてやりたいと思ひます。」
「併し日本人の数を仮に五千万人とすると、日に鶏卵一個づつで五千万個、一年では百八十二億五千万個になりますよ。牝鶏の産卵の数の多い良種で、そして産卵の最盛期でも一年に二百個を得るのはむづかしいのです。ましてや凡鶏で最盛期でも無いものを勘定にいれると、一羽で一年に百個さへおぼつかないのです。仮に百個としても一億八千万羽の牝鶏がなければそれだけの卵は得られないのです」
「大層なものですナア。」
「鶏卵一個、小売相場三銭だなんぞといふ馬鹿げた高値で勘定すると、日本人が日に一個づつ鶏卵を食べると一年に五億四千七百万円食べる訳になりますが、今の日本人が一年に五億円からの金高を、栄養をとってはおまじない同様しか効も無さそうな、日にたった一個の鶏卵のために使用し得るだろうかどうだか、考へて御覧なさい」
ガリガリ数字で押してくるおじさん。
さては、どんな妙案が飛び出すか、それはぜひ、ホンモノを御覧あれ。
(目次)
* (一)讀書會
* (二)カード式の便利は唯商業簿記のみに限らず
* (三)飛行機を手捕りにする説
* (四)清正公の素裸成功訓
* (五)紀文は治世の清正公なり
* (六)妙な人
* (七)智慧が無いナア
* (八)獨立獨行の道は多い
* (九)泥鰌《どじやう》と要石《かなめいし》と
* (十)未來は諸君の希望次第
* (十一)亞鉛精練のできない意氣地無さ
* (十二)天地 顛倒《ひつくりかへ》る大變事
* (十三)無線電信と無線電力輸送との大相違
* (十四)電力輸送の出來た曉
* (十五)出來ないといふことを確定するも亦英雄
* (十六)常燈銀行
* (十七)普通警察署の兼業
* (十八)新案民設盜難保險會社
* (十九)捕盜裝置
* (二十)惡漢監視法
* (二十一)大親分
* (二十二)二少年の再訪
* (二十三)笑話的交通機關の發明
* (二十四)無益の發明
* (二十五)移動昇降場
* (二十六)隨意昇降場
* (二十七)單軌鐡道
* (二十八)大空道路
* (二十九)無機關車
* (三十)空中導索
* (三十一)人力車
* (三十二)爪哇《ジャワ》の郡長さま
* (三十三)乘物の類は種々
* (三十四)小取廻しの便利なもの
* (三十五)壓搾空氣
* (三十六)壓搾空氣製造會社
* (三十七)空氣力車
* (三十八)液體空氣の爆發を動力として使用する
* (三十九)暑氣を減ずる法
* (四十)第三囘訪問
* (四十一)事業は非常に澤山ある
* (四十四)製造工程の整理
* (四十三)尊い性格
* (四十四)養鷄事業
* (四十五)肉食の奬勵
* (四十六)千羽飼
* (四十七)鑵詰業
* (四十八)社會全體の道徳
* (四十九)鷄監獄
* (五十)家族の生活
* (五十一)鷄種の良いもの
* (五十四)孵卵噐
* (五十三)天然温泉
* (五十四)日本種の良鷄
(出典)『露伴全集10』収録(岩波書店)
なお「物語倶楽部」のコンテンツの一部として、「番茶会談」のアーカイブが以下のURLで読むことができる。
http://web.archive.org/web/20040815110336/www.sm.rim.or.jp/~osawa/AGG/bancha/index.html
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