この人の本は紙で買うのだと決めている作家の本があり、この間発売された新作も勿論紙で買ったのだが、本棚にしまって数ヶ月、未だ読んでいない。読まないままで次の新作が発表された。
その数ヶ月間、電書をいくつか買った。全部落としたその日のうちに読んでいる。何なら発売日の0時過ぎて買える状態になったらすぐ買って深夜に読んだこともある。
我ながら不思議に思って考えた。なんだこの違い。
そしてすごくシンプルで身も蓋もない答えが出た。紙の本を読むのが億劫になっている。ユリイカ。
紙本の良さを楽しむだけの感性はまだある。しかしそれを手に取って捲って読むのが、億劫になっている。
電書は買って落としてトントンとタップすれば読める。タブレットを横にすれば文庫を開いたようなサイズになって見やすい。スマホは画面小さいけど片手で持てる。
何百ページあっても重さは変わらないし嵩張らないし、紙よりちょっと安かったりする。たまにすごい安い時もある。今見たらKindleが200冊超えていた。ああ、電書便利。すごい便利。
そもそも最近買った本、多分8割くらい電書だな考えてみれば。それで読書欲は満たされるのだから有り難いね。(正直「これ紙で買ったけど電書にしとけばよかった」ていうの結構ある)
と思ったところでもう一度言うが、私の中には、紙本の装丁や厚み重みといったものの良さを楽しむ感性はまだある。でもそれを読むとなると「…今じゃなくていいか…」になる。
そうか、今の私は紙本読むのが億劫なのか…と腑に落ちたところで、ちょっとこの表現は良くないなと思い直す。
で、また考えて、出て来た言葉。
紙本は、出来るだけ精神状態や体調の良い時に、時間的にも余裕のある時に読みたい。心おきなく浸るために。自分の気持ち次第だけど、どうにも気持ちがのらないこともある。良い時を見計らって読むぞと思っているうちに負の出来事があったり身体が不調になったりで「今は読むのに気持ちが向かない」となってタイミングを逸していく。そして数ヶ月。一年以上放っておいた本もある。マイナス感情て薄れた頃にまた新たなマイナスに出くわしたりするからな…。
楽しいけど楽しむのにもそれなりの準備がいる。好きではあるけどなかなか腰が上がらない。みたいな感覚が、フォーマル。
電書は、どんな時でも読める。脳内が多少澱んでる時でもちょっと具合悪い時でも。テレビ見ながらとかでも。途中で一旦やめるのも紙本より簡単。タブレットはちょっとサイズ大きいけどスマホなら寝てても読みやすい。気楽。気軽。カジュアル。
あと電書のメリットとして、自動的に最初のページから読むことになる、というのがあるなと最近気が付いた。紙本だと適当に開いたところから読み始めてしまうことがあるけど、電書はそれがないから意外と紙よりちゃんとした順序で読める。電書で読んでも浸れるものは浸れるしな。
それでも紙本への愛着も忘れきってないあたりが心理の複雑なところ。7月にまた紙本買う予定なんだけど、それもまた本棚にしばらく置いとくんだろう。今の私がカジュアルに読める紙本って雑誌くらいだな。
私の読書形態もいつの間にか変化しているのだな。面白い。自分の生活の一部が自然と時代に沿っているようなこの感じ、面白い。こんな変化も悪くない。いや読んでない本が溜まるのはあれだけど。
紙本読む意欲が持てる精神状態だったら他のことももっとやる気出るだろうな。でもそういう状態を長く保たせるのなかなか難しいんだよな。