はてなキーワード: HRとは
AIコーディング時代の「プログラマー三大美徳」を考えてみました。
オリジナルのLarry Wallによる三大美徳(怠惰・短気・傲慢)の精神を受け継ぎつつ、AI時代に必要な資質として:
1. 対話力(Articulation)
曖昧な指示で満足せず、望む結果が得られるまで問いを洗練させる。
2. 統合力(Integration)
AIが生成した断片的なコードを、既存のシステムに適切に組み込める設計眼。
AIの提案を鵜呑みにせず「なぜこう書くのか」を理解しようとする探究心。
新しいライブラリやパターンをAIから学び、自分の引き出しを増やし続ける姿勢。
従来の「手を動かす技術」から「AIを使いこなす知性」へのシフトを表現しつつ、本質的なエンジニアリングの価値は変わらないという考え方です。
絶景はあんまり可愛くなくて、話しても特に面白いわけでもなく、付き合うメリットがあまりない相手ではあったが、飛び抜けた欠点があるとは思えなかった
いや、一つあったか。からかわれるとすぐに親にチクり、親は親ですぐに先生に報告するという特徴があった
その特徴もあって、クラスの男子の何らかの言動が彼女のかんに障り、親を通じて学校に連絡が行き、当該男子がHRで謝罪するというイベントが起きた
クラスの大多数と絶景が決定的に決別したのはこのタイミングだったと思う
絶景と親しくしようものなら「そっち側の人間か」と思われかねないので、ほとんどの中立的な人間は絶景を避けた
絶景自身に、逆境を無視してでも付き合いたいと思えるようなチャームポイントがなかったのも致命的だった
クラスで一番性格のいい女子が彼女を少し構ってやったところ、絶景は彼女に付きまとうようになった
当然、性格のいい女子は他の女子からも人気なので、すぐに救出されたが
そこから「絶景に構うと付きまとわれる」という経験則が広がり、決定的に絶景は避けられるようになった
しかし避けられているだけなのでチクりは通じない
かくして増田たちは絶景を空気のように扱う1年間を過ごしたのであった
あの時の空気感は忘れようがない
比較的優しくて温厚で善良な同級生さえ絶景のことは視野に入れないようにしていた、あの生温く気まずい空気
あの経験をしてふと思った。ブスと無キャは何かで秀でなければならない
趣味でもいい運動でも勉強でもいい、とにかく「この人の話を聞きたい」と思われる何者かにならなければ、無視されるいじめから脱却することはできないのだ
大学は女子学生の割合が60%にまで上昇し、同時に進歩的な単一文化へと変貌を遂げた。若い女性が最も信頼する大学は、世界観が形成される時期に、深刻な反対を受けることなく、単一のイデオロギーを植え付けている。
FIREのキャンパス言論調査は、このパターンを明確に示しています。学生は自己検閲を行い、意見を表明することに不安を感じ、容認できる意見に群がっています。これは女性に限ったことではありませんが、現在、女性は男性よりも高等教育に深く関わっており、女性が優勢な分野(人文科学、社会科学、教育学、人事学)は、最もイデオロギー的に均質化しています。
同じことを信じる仲間に囲まれた4年間。教授陣も皆同じ考え。読書リストも一つの方向を指し示す。意見の相違は珍しいことではなく、社会的に罰せられる。受け入れられる意見をパターンマッチングし、それを実践することを学ぶ。
その後、彼女たちは女性優位の分野、例えば人事、メディア、教育、医療、非営利団体へと進み、そこでも単一文化が続く。18歳から35歳まで、多くの女性は尊敬する人から継続的な反対意見を出されることはなく、フィードバックループは永遠に続く。
男性は異なる道を歩んだ。貿易、エンジニアリング、金融、軍事。合意よりも結果が重視される分野。意見の相違が許容され、報われる分野。単一文化に捕らわれなかったのは、捕らわれている組織に属していなかったからだ(主に追い出されたためだが、それはまた別の話だ)。
Universities flipped to 60% female while simultaneously becoming progressive monoculture. The institution young women trust most, during the years their worldview forms, feeds them a single ideology with no serious opposition.
FIRE's campus speech surveys show the pattern clearly: students self-censor, report fear of expressing views, cluster toward acceptable opinions. This isn't unique to women, but women are more embedded in higher education than men now, and the fields they dominate (humanities, social sciences, education, HR) are the most ideologically uniform.
Four years surrounded by peers who all believe the same thing. Professors who all believe the same thing. Reading lists pointing one direction. Disagreement is not even rare, it's socially punished. You learn to pattern-match the acceptable opinions and perform them.
Then they graduate into female-dominated fields: HR, media, education, healthcare, non-profits, where the monoculture continues. From 18 to 35, many women never encounter sustained disagreement from people they respect. The feedback loop never breaks.
Men took different paths. Trades. Engineering. Finance. Military. Fields where results matter more than consensus. Fields where disagreement is tolerated or even rewarded. The monoculture didn't capture them because they weren't in the institutions being captured. (mostly because they were kicked out of them, but that's a different piece)
昨年 Twitter 上で話題となったアニメの「わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)」を視聴した。
内容自体は特に後半のストーリーが綺麗でかなり楽しめたのだが、一つだけ納得できない点があった。
それは…
ということ、さらに同性愛という文脈を考えると、直接的な描写ことないものの、
(ズートピアが自然な形で差別問題を提起しているのとちょっと似てるかもしれない。)
また、原作小説を担当するみかみてれん先生が mond にて、
「ジェンダーを語る百合は世間にたくさんあるので、わたしは女の子と女の子がヘテロ恋愛のように、当たり前に受け入れられている雰囲気の物語を作りたいなーって思ったんです。」
これを踏まえると、この作品を「レズセックス」と揶揄し消費することは、上記メッセージに反しているのではないかと感じた。
などがあったが、別に「レズセックス」と呼ぶまで進展はしてないのでは?
一応、真唯がれな子を押し倒して行為寸前まで行ったシーンはあったけども…。
それに、自分は観覧車での紫陽花さんの誠実なアプローチに心を射たれたので、このような安直な呼び方には少し抵抗がある。
実際に性行為まで到達しているのであればまあ仕方ないとは思うものの、そうでないのであればやはりこの呼び方は違うのではないかと思う。
若干話は逸れるが、わたなれが話題になってから自分が視聴するまでにラグがあったのは、「『レズセックス』という呼び方からして、よくあるお色気作品なのかな…。」と判断して敬遠していたため(結局知人の勧めで視聴)なので、作品の新規層獲得にもマイナス方向に働くのでは…?と考えている。
当然、この呼称は SNS 上でのミームのようなもので作品を貶す意図はないことは理解しているが、それでもこのようなよびかたにはいい感情は沸かないため、この投稿に共感いただいた方だけでも控えていただけると嬉しく思います…。
Togetterでこういうのを見かけた。
https://posfie.com/@yonepo665/p/8OmJ34p
レディースファッションとかの「あれがない、これがない」系の話ってちょくちょく挙がるが、とどのつまり「需要と供給の結果なんだけど、まあ隣の芝生は青く見えるよね」としか言いようがない。
ファッションにおける市場、アパレル産業が商売である以上、その規模に応じた最大公約数に多少の取りこぼしが生まれるのは必然。
件のまとめも、愚にもつかない意見の寄せ集めって感じだけど、はてブのホッテントリにでてくるTogetterなんて大抵インプレッション目的でやってるんでマトモに取り合うもんじゃない。
ただ、ブコメ含めてあんまりにもあんまりなものがいくらかあって、多少ファッションに関心ある身としてはモヤっとせざるを得ない。
当人たちに言っても無駄なことは重々わかってるんで、あくまで自分のモヤモヤを解消するために書きなぐっていく。
まず前提として「機能的=いい服」だとか「丈夫な服=いい服」といった価値観は一面的だってこと。
スーパー160sウールの高級ジャケットが、格安のポリエステル100%ジャケットのように洗濯できるわけじゃない。
天地がひっくりかえろうが、シルクのような繊細な素材がナイロンより丈夫なわけがない。
ただ丈夫なアパレルアイテムを作りたければ、L.L.beanのトートバッグみたく分厚い生地にぶっとい糸を使えば、縫製が大雑把でも成立する。
スキニーパンツにポリウレタンを使わないと足を曲げるのすら一苦労だが、素材の風合いは損ねるし経年劣化しやすくなる。
つまり何がいいたいかというと、“いい服”というのは多面的で、そこには文化的背景やコンテキストが多分に存在するってこと。
それらを無視して、メンズアイテムのようなパターンでレディースアイテムを作ったとして、そこに齟齬は発生しないのかって視点は常に付きまとう。
次に、アパレル産業においてレディース・ウィメンズの市場規模は大きいってこと。
それはメンズと比べても圧倒的であり、そこに異論の余地はない。
これはハイブラなどのファッション最前線に限らず、マス層においても同様。
試しにユニクロで男女それぞれでアイテムの型数を調べてみるといい。
ユニセックス分を含めようが除外しようが、型数もカラーバリエーションもレディースの方が明らかに多い。
例えば2025年にカシミヤ混のヒートテックが出たが、レディースの方では以前からやっていた。
エアリズムの肌着ひとつとってもレディースの方が種類は豊富で、エアリズムUネックTはレディース向けながらトップスへの響きにくさから男性でも愛用者がいるほどだ。
世界規模でマス向けのアイテムを作り、兆単位の売り上げを誇る大企業なのだから、その需要と供給のバランスについてはシビアに考えられている。
何が、誰に、どれくらい売れるのか、そのデータは膨大かつ確かなものだ。
ユニクロについて言及しているアパレル関係者は多くいるが、それぞれのアイテム評価で意見が分かれることはあっても、レディースの方が優遇されてるという点では意見が一致している。
ユニクロのコラボラインでも同様であり、そもそもメンズ向けすらない場合もある。
今回は便宜上、ユニクロを挙げたが、基本的にはどこも似たようなもの。
なお、メンズファッションの「あれがない、これがない」が話題に挙がることが少ないのは、現状優遇されているからではなく「優遇してほしいと思っている人間が少ないから」である。
“声の大きな人”の割合が同じでも規模が小さければ絶対数は減るし、そこに関心を向ける人も少ないから注目されにくいってわけ。
レディースファッションはメンズよりも明らかに優遇されているし、それは昨日今日始まったようなレベルの話ではない。
それでも現状で不足しているというのなら、それは「一部の人間の声が大きいだけで、実際はそこまで需要がないからでしょ」としかいいようがない。
その結果として“取りこぼし”があるのなら、それは大局的に見て“取るに足らない”ものだから。
それを拾い上げるのは隙間産業でしかなく、その隙間に風穴が空くほどの大きさはない。
やるせない。
何がやるせないって、自分がここまで話したことって初歩的というか、我ながら低次元なんだよね。
さきほど隙間産業といったけど、当然その需要を狙っているブランドやメーカーも、アンテナ張ってれば見つかるわけ。
でも、アンテナ張ってないから「あれがない、これがない」って言い続ける。
そういうものを見つけるには個々人が前のめりになって、それを品定めする“リテラシー”が必要となってくる。
そして、その“リテラシー”ってのは「その分野にどれくらい理解があるか」に尽きる。
無理解とは往々にして無知によって引き起こされるので、結局は学ぶしかない。
物事は点よりも線、線よりも面。
その面が複数あると立体的になる。
ファッションという分野においても同じことなんだけど、その本質を分かってもらうのが極めて難しい。
そもそも、ほとんどの分野は「名前だけ知ってる」とか「よく分かってない」層の方が大多数だし。
問題は「自分の理解度は点だ」という懐疑性がないまま言及してしまうことで、ファッションではそんな人間が割かしいること。
これが他の分野だったら、もう少し理性を働かせて「自分はあまり良く分かってないからテキトーなこと言うのやめとこ」ってなるんだけど。
なぜファッションではそうならないかというと、どんなにリテラシーがなかろうと関心がなかろうと服は着ているから。
つまり、ほぼ全ての人間が“スタート地点”には立っているわけ。
でも“立ってるだけ”だから距離感を図り損ねて、そのまま明後日の方向に向かう人間が出てくる。
ただ、ああいう手合いがそういう状況に甘んじてしまうのって、アパレル業界の怠慢も多少はあるけどね。
ファッションに対するスタート地点と、そのリテラシーの水準を押し上げようって気がないというか。
自分も「どうせ届くべき相手には届かないんだろうな」って諦念込みでここまで書いてるから同じ穴の狢ではあるけど。
先ほど、小学1年生レベルの算数だって喩えたけど、算数は小学校行けば学べるわけじゃん。
仮に出遅れても、その気があまりなくても、学びなおす機会はいくらでもある。
でも、ファッションはそういうのがない。
しかも日本の学校は制服のところが多いから、ファッションに対するリテラシーが皆無だろうと困らない。
そうやって青春時代を過ごした人が、大人になってから「これこれはダサい」とか言われても全面的に受け入れられるわけがない。
今まで自分がまったく気にしていなかった評価軸を持ってこられるんだから。
ファッションについて分かってないし、学び方も分からない、それにリソースを割く気もない。
そうなると諦めるか、開き直って「うるせーな、ほっとけよ」と言いたくなるのも仕方ないだろう。
まあ、せめて冠婚葬祭のドレスコードくらいはどっかで教えた方がいいと思うけど。
葬式にリクルートスーツ使いまわしたり、黒い革靴なら何でもいいと思ってる人けっこういるんだよなあ。
……なんか話がだいぶ逸れてきたし、書いてて気も晴れてきたから今回はこれくらいにしとくか。
次回は、なんだろう。
5枚目。
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邪推だけど、これプチプチに包まれているのは個人売買で買ったりしたやつじゃないかな、と思ったりした。プチプチから出してないのはコレクションであって遊んでいないのかもしれない(中古だけど)。
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これで終わりだと思ったらあと1枚写真があったので、あと1つ続くんじゃ。
3枚め、4枚めには重めのボードゲームが多くなさそう。
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以下は特に説明も不要そうなので基本的にタイトルのみ表記とする。
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たぶん次で最後。
続き。たぶん1枚めの写真。
なお、内容物については全部を記載していない。目立つチップとか特徴的なコンポーネントを表記している。これは今後も同じ。
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まだ続く、かも知れないけれど明日以降になるかもしれない。
「させていただく」ってのは百年以上の歴史がある言葉なんだよ……
実は割と古い。
それでもなおずっと反発されているってのはよっぽど駄目ってことなんだ。
相手が「させている」という形になってるのが気色悪いと私は感じる。
相手を持ち上げているようでいて責任を負わせるようなニュアンスが生まれてる。
大元は許可をとって実行するビジネスシーンで使っていたらしいので、それならそんなに不自然ではないのだが……
今年も はてなスターランキング&はてな流行語大賞2025 - ゆとりずむ のデータを可視化してみました。
縦軸の「平均スター数(↑)」と横軸の「合計スター数(→)」は昨年と同じですが、今年は人気度の指標として面積に「お気に入られユーザー数(体積)」を採用しました。小さくなってしまったブクマカには不評かとは思いますが、昨年までの「ブックマーク数(面積)」では、原理的に左上から右下にかけて大きくなっていくだけなので、情報量に乏しいと感じていました。ただし、順当に面積とみなすと差が少し極端だったので、立方体の体積とみなして計算しています。はてなの銀河に散らばるブクマカ立方体群を遠くから眺めていると思ってください。
対数グラフになっているものの、毎年 id:IthacaChasma 氏が1人で飛び抜けているので、下位集団の拡散には限界があります。重なり合って上位ブクマカの影に隠れてしまったブクマカさん、ごめんなさい。ただし今年は、ChatGPTさんの力も借りたことで、昨年までよりも拡散させた対数表現を実現しています。それでも元記事にある上位300ユーザーのみを切り出しているので、本来はこのグラフの左のほうにぶわーっとたくさんのブクマカがひしめいていることになります。
今年は加えて、パソコンから見たときに表示されるランキング一覧表が、IDの絞り込みができるなど、より高機能になっています。
来年へ向けての願望は「スターをあげてる個数」のデータ可視化です。そこそこ大変だと思います。
過去回:
2023 anond:20240103191431
2024 anond:20241231213836
現在、少年ジャンプ+で連載されている『.A-ドットアリス』。
この漫画、ひいてはこの作家さんの過去の作品も「私、こういうの好きなはずなんだけどなあ……」ってなる。
通常なら、こういうタイプの漫画に対してXとかで感想つらつらと書いてそうなのに。
現状、自分の中でも結論でてないけど、理由を何とか捻りだしてみる。
今やってる『.A-ドットアリス』も、過去連載してた『夏の終点』にも感じるんだけれども、総じて“雰囲気”とか“余白”を大切にしている作風。
それらはコマ割からフキダシの配置に至るまで細やかなんだけれども、言葉選びや画風はさっぱりめだから与えられる情報量が少ない。
その少ない情報量の中で表現されているものは繊細で、かつ複雑そうに見えるんだけれども、実のところ単純明快。
咀嚼し続けるうちに「思ってたほど味しないな、ボリュームないな」となるというか。
すごく雰囲気あるんだけど、その雰囲気に見合う“量や味”が物足りないと感じる。
もちろん重厚さだとか密度だとか、そういった質量だけが漫画の面白さではないけれども。
ファーストインプレッションから期待されるものと、食べ進めた時との間にギャップを感じる。
そもそも“いい服=丈夫で長持ち”みたいな考え自体が一面的でナンセンスなんだけど、そこは置いといて。
では“脆い服”とは何か。
何割かの人は、要因に“縫製”をあげるかもしれない。
ただ、実のところ縫製は粗くても脆いとは限らない、って雑談。
糸が出まくってるわ、ガイド用のラインが残ったままだわ、調子ゆるゆるな箇所あるわ。
でも、めっちゃ丈夫。
ヴィンテージものとか数万で売られてるけど、それだけ長持ちしてるってこと。
分厚いコットンキャンバス生地に、太いナイロン糸を使っているから、縫製が雑でも丈夫なんだな。
あれって、現代ではほぼ飾りだったりする。
現代の縫製技術では、ガゼットがなくてもあそこから破けることなんて早々ない。
逆に言えば昔の服は脆かったからこそ、そういう小手先の方法で誤魔化してた、という見方もできる。
でも、そういったコンテキストを意匠として残す、というのもファッションの妙ではあるんだけど。
さっき挙げたL.L.beanのトートバッグだって通常なら粗雑だけど、それがアメカジの“味”として評価されている側面もあるわけで。
現代の服の方が脆いとかいう言説たまに見かけるけど、仮にそうだとしたらもっと別の要因があると思うんだよね。
実のところ、ある程度は見当がついているけど。
このあたりは、気が向いたら書こうっと(たぶん書かない)。
最近『サバエとヤッたら終わる』が完結したけど、次どうするんだろうか。
これ描いてた作者って、同時期に『ゆとりやくざ』とか『ヒメ様にイジられ遊ばれ』とかも連載してたけど、いずれも短命で終わってる。
『サバエ』より遅く始めたのに、『サバエ』より早く終わってしまってる。
『ヒメ様にイジられ遊ばれ』は「こりゃあ『サバエ』でよいですね」という感じの内容だったし、『ゆとりやくざ』に至ってはそこからサバエを無くしたようなもん。
画力で魅せるタイプの作家ではないから、ガワだけ変えると余計に“めんつゆの味”が際立つんだよね。
まあ割とそういう漫画というか漫画家はいて、これ系の金字塔で今なお現役となると『絶望先生』の久米田だけど、この人は実際にそんな感じの自虐ネタで1話くらい書いてそうではある。
そういえば『スナックバス江』の作者も、連載終了後に読切でいくつか描いてたな。
ファンは有り難がってたようだけれども、ヤンジャンの惰性枠で読んでいた身としては『スナックバス江』でできそうなことをガワだけ変えてやってるだけって印象だったな。
めんつゆ味に飽きてきたから店をたたんだのに、新しく始めた小料理屋で結局めんつゆ使ってたら意味ないじゃん、ってなる。
その“めんつゆの味”を“家庭の味”だとか“料理人の個性”で押し通せるかっていうと可能だとは思うし、実際そう思ってる人たちが食べ続けてるんだろうけれども。
更に言うなら、企業が最上位のゲーミングPC前提でゲームを作らず、普及帯のマシンで動かす前提で設計してるのも、最上位マシン前提でゲームを作ったとて、そんな環境を整えてまで遊んでくれる人がほとんどいないからであって
すなわち「最新ゲーム機で遊んでる人たちも、最高のゲーム体験をするために50万とか100万とか出せないし、出すほどの価値はないと思ってる」ことの証左でしかないんだよね
誤解のないように書いておく。
(念のため付け加えるが、今回話題になっている企業とは一切の利害関係はない。)
1. わざわざ「チンパンジーが問題社員として入ってくる」表現を必然性がないのに展開したことには「人を動物に喩える」意図がある
2. なぜ人を動物、特にチンパンジーに喩えてはいけないのか、国際的なガイドライン等の提示
4. 社会的な責任として、記事削除と謝罪だけではなく、今後このような記事が出てこないようにガイドラインをつくるべき(このスタンスが自社のPRにもなり得る)
1. 「チンパンジー」という比喩をわざわざすることには同意しない。
2. 社内ブログ/アドベントカレンダーはチェック体制が脆弱になりやすい。
3. 執筆者はおそらく「ベロシティの安定」等のフレーズから、エンジニアやPM視点であり、HRの文脈を理解していない可能性がある。
4. すでに削除と謝罪対応は完了しているので、社名を挙げて断罪する必要性はない。
他でも指摘されているように、
「社内の労力を使う割には、色々な危険性を孕むアドベントカレンダーという文化をやめるべき」
というのが、本件に関する総括としては充分だと思っている。
↑「現場レベルでは存在すらよくわからないが、とても偉いステークホルダー」の一言で、何度もひっくり返るシステム開発プロジェクトのこと
仕事を円滑に進めたいが、それの障害となり得る人や事象を冷笑的に揶揄しているわけだが、
前者が問題とされたことは、私の観測範囲では存在していないように思う。
「隕石を降らせる神様」は許されて、「チンパンジー」は許されない
という価値観は、西洋の歴史・宗教・差別観を背景にした価値観じゃないのか。
倫理基準を底上げするべきという物言いは、そんなに正しいことなんだろうか。
その人は、
・ すでに謝罪もしている(多分注意もされている)
彼・彼女を吊るし上げることになりかねないことを、
「自社のPR」にもなり得る文脈の中で第三者、しかも法人が行うのは、醜悪ですらある。
本件では、社名を出さず、ガイドライン作成の呼びかけなどもせず、
これはよく誤解されているのだが権利を行使するためには義務を果たす必要があるという意味ではない。
たとえば「請求できる」なら相手方は「受理する義務がある」ということを表している。
個人としては必ずしも権利と義務は釣り合わないけれども社会全体としては権利と義務は釣り合うようになってるわけ。
法律の条文としては明瞭に両方を書いていないこともあるんだけれども、請求できる権利を書いているのに相手側に応じる義務がないから応じないなんてことは認められない。
条文で書いてなくても必ず組で存在するものと見做すというルールだ。
要約して言えば、存在する手続きに対しては必ず反応があるし、応答してくれないならそれは相手が不法行為をしているということになる。
トランプの1人遊びのことは、"ソリティア"で検索すると出てくる。まあこの言葉「1人で遊ぶもの」って漠然とした意味なので、例えばビー玉をボードに並べてジャンプして取り除くようなゲームも"ソリティア"と呼ばれている上に、マイクロソフトが深刻なワード汚染をしたのでこの言葉で見つけにくくなっているのも確かだ。
Windowsを少し前から使っている人なら「ソリティア」と言って思い浮かぶのは階段状に裏向きに並べた端に1枚ずつ表向きにカードを並べて、余ったカードを山札にして開きつつカードを揃えなおすゲームだろう。あれは一般的には「クロンダイク」と呼ばれているのであのゲームで良ければこの名前で検索してくれ。ルールが見つかるはず。余ったカードは1枚ずつ開くルールと3枚ずつ開くルールがあって、3枚ずつのほうはハマって解けなくなる可能性が高いと言われているし、1枚ずつルールでもハマりは存在する。
改めてこれを遊びたいために並べるところからルールを書いておく。用語については説明はしないが、たぶんこのゲームのルールは説明されなくてもわかっているはずだからそこと照らし合わせて判別してくれ。
前述のクロンダイクは山札と裏向きの札、2つの不確定要素があって運次第の要素が多い。それを少し減らしたソリティアとして「ユーコン」がある。クロンダイクがカナダの地名由来であるように、ユーコンも地名由来だ。まあそのことはとりあえず忘れていい。
ユーコンを覚えると、そのバリエーションでさらに2つのソリティアを知れる。ここでは2つの別名で知られるソリティアを挙げておく。1つは「ロシアン」。
ゲーム準備はユーコンと同じ。違いは、列の並べ直しでユーコンでは「別の色」という制限があったが、ロシアンでは「同じスート」という制限が付く。あとは同じ。
これも列の並べ直しのルールが少しユーコンやロシアンと異なっている。ロシアンと同様「同じスート」という制限だが、「1つ上のランクか1つ下のランク」という制限になる。あとは同じ。
とまあ4つほど似たゲームのルールを書いたけど、個人的にはこの中ではユーコンが一番1人で遊んでいて楽しいと思う。自由度がそこそこあって、運要素が少なめで、というバランスが好き。
プログラミングで、頭ではここを実装すればいいとわかっていて、実際に実装するとすぐ終わることも多いのに、色々考えてなかなか実装を始められないことが多いです。
はい、とてもよくある現象です。多くのプログラマや研究者が経験しています。
一般的に次のような形で説明・分類されますが、明確な専門用語が一つあるわけではありません。