抱き合わせ商法的な主義の図式
20世紀末のソビエト連邦の崩壊を見て、資本主義社会の気の早い人々は、進歩にはやはり一つの道・・・自由経済、資本主義しかないと結論付けました。
元アメリカ国務省職員フランシス・フクヤマに至っては、1992年に
「資本主義と民主主義こそ歴史の”終わり”だ」と宣言したと言います。人類の最終到達点を資本主義と民主主義であると断言しているのは、気が早いと言うよりもかなり短絡的で軽率と言うべきでしょう。単に体制と資本家に媚びているだけなのか、思考力の浅い愚か者なのでしょう。
資本主義を賛美する多くの人々は、
資本主義=自由主義=民主主義
と言う図式を示しますが、それぞれの概念は別々のもので、セットではありません。
資本主義の対極である社会、共産主義に対しての図式としてのプロパガンダの成果でしょうか?
資本主義=自由主義=民主主義
と言う図式は資本主義の恩恵を十分に受けている儲けている資本家の都合のいい図式でしょう。
社会主義でも民主主義は謳っています。一応謳っているけれど、社会主義国家のどこが民主主義か?っていう突っ込みは沢山あるでしょうが、原理的には、社会主義国家も民主主義でもなんら矛盾はないわけです。逆に資本主義国家が完全な民主主義でしょうか?
自由主義経済を謳っている資本主義諸国は、同時に民主主義も謳っていますが、実際は政治に関しても資本主義です。即ちお金のある者、またはその傀儡が政治の主導権を握っています。民主主義といいつつ、金権主義でしょう。今のアメリカ大統領選の例を見るまでもなく、政治家になる為の政治資金は莫大です。
かつてのナチスドイツのファシズムは、資本主義国家でしたが民主主義とは到底言えません。
現在の中国は、「人民共和国」と言いますが民主主義とはかけ離れています。そして、実態は、明らかに一部の資本家の為の無節操な資本原理主義的な経済体系となっています。
それらの極端な例を挙げなくとも、現在の自由資本主義経済の「自由」とは、あくまで資本、経済的に自由と言う事です。確かに他の面でも、全体主義国家よりはずっと自由ですが、やはりその自由は、資本・・お金あっての自由・・という場合が多いのではないでしょうか?。資本主義社会は経済力があってこその自由主義・・・的な側面が強いのです。その最たる国がアメリカでしょうか。
自由主義経済の『自由』は言い方を変えれば『無節操』と言う事になりましょうか?
『自由』はいつでも『無節操』になる危険性を内包しているでしょう。
現在の資本主義国のほとんどは、金権主義で、資本をより多く持つものが、発言権もあるし、政治にも参加する機会が多いのは明らかでしょう。
資本主義と民主主義とを同等に語るのは、抱き合わせ商法の類と同じではないでしょうか?
参考文献;暴走する文明 A Short History Of Progress 第1章
; ロナルド・ライト Ronald Wright 著
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