古流剣術奥義『鳳飛』
- 2022/01/03
- 12:00
古流剣術不枉流には鳳飛と呼ばれる奥義がある。
幾人かの使い手がこの技を用いて窮地を脱したり名立たる剣豪を討ち果たした記録があるが、彼等はこの時の事を詳しく語らず、どのような技か詳細は不明。
ここに一人の女剣士がいた。名を鈴蘭と言う。
齢十三にして免許皆伝に至った才媛である彼女は今、命の危機に晒されていた。
「……」
鈴蘭は黙って己を見下ろしてくる男を見上げた。
年齢は二十代半ばだろうか? 整った顔立ちだが、感情の起伏が少ないせいでどこか冷淡な印象を受ける。
体つきはかなり引き締まっており、長い年月を修行に費やした事が見て取れる。
「……」
鈴蘭が腰の太刀へと手を伸ばす。しかし次の刹那――男は音もなく抜刀し、鈴蘭の首筋ギリギリの位置でピタリと止めた。
鈴蘭の顔から血の気が引く。実力差は明白だった。
もはや彼女に打つ手はない。……いや、一つだけある
(鳳飛……)
あれを使えばこの危機を逃れる事が出来るかもしれない。しかし――
――鳳飛とはすなわち放屁、おならの事である。
屁をこく事で相手の虚をつく、あるいは異臭により集中を乱し勝利を掴む技なのだ。
クリエイティブ・デフォルト
「……」
鈴蘭は自分の腹に手を当てて目を伏せた。
――ブウウウウッ!
「!」
男は鼻を押さえ顔を歪める。
成功だ!そう確信した鈴蘭はすかさず追撃に出た。
ブオオオッ!
「!?ぐ、ぐうぅ!!」
鈴蘭の連続する放屁に男の体がビクンッと跳ね上がる。男は目じりを下げ苦痛に喘ぎ、やがて片膝を突き崩れ落ちた。
「ふ、くっ……ああっ」
男が苦悶の表情を浮かべ体を丸めた瞬間を狙い、背後に回り込むとその背に飛び乗り両足を首の後ろに絡ませて絞め落とした。
不枉流柔術【六花落とし】であった。
「……」
鈴蘭は無言のまま立ち上がるとお尻に着いた土埃を叩き落した。
こうして、鈴蘭の放った鳳飛によって勝敗は決してのであった……。
*****
クリエイティブ・セリフ
「!」
ふいに強い風が吹き荒れた。木々の葉がざわめく中、男の口の端がわずかに上がる。
「ッ!!」
それを見た瞬間、鈴蘭の中に敗北の文字は無かった。何故なら鈴蘭もまた笑っていたからだ。
男は風下に立っていた。
「っ!!」
ブウゥウゥ!!ブッ!!ブスゥウウゥウウッ!!!!
(どうだぁああああっ!??)
凄まじく濃厚なおならを放つ。
「うぅおっ!!!?」
強烈な腐った卵のような臭いが漂い始め男は思わず後ずさりした。そして――
ぷりゅ~♪ 間抜けとも思えるほど可愛い音を鳴らしながら何か小さな物体が男の方へ飛んでいった。良くみるとそれは小さな鳥でありその嘴には糞が付いている。
それが何であるかを理解すると同時に男の全身に寒気が走る。
(まずいっ!!糞鳥が来るっ!)
慌ててその場を離れようとするも遅かった。男は一瞬にして大量の鳥たちにたかられていたのだ。
(逃げろっ逃げなければっ!糞鳥が来る前にここから離れて――)
だが時すでに遅し…… ぷすっぷぅー・・・・ぶぴ
「うわぁああぁあっ!?!」
鳥たちはまるで男の悲鳴に驚いたかのように一斉散開していた。そして、当の男といえば――――
プスップーーー・・プリュリ・・・
地面に尻もちをついた状態で座り込み顔面蒼白となっていた。その顔色からは汗まで噴き出ているようだ。
勝敗は明白だった。剣士としては鈴蘭の勝ち。しかし、女としての鈴蘭はここで死んだ。
彼女の目から一筋の涙が零れた。
クリエイティブ・ナラティブ
それはすなわち乙女にとって死と同義であった。
もし仮に鈴蘭がその技を使っていれば彼女は助かるであろう。
しかしこの場には二人しかおらず相手は異性だ、彼女は羞恥心を捨てられるほど肝が据わっていない。
結果……彼女の運命は定まった。男が太刀を引くと彼は背を向けた、もう自分には用がないらしい。
その背を見て鈴蘭の中で覚悟が決まった。
情けをかけられて剣士として死ぬくらいなら乙女の自分はここで死ぬ。
(ごめんなさい!)
……心の中で謝罪すると同時に腹に力を入れると鈴蘭は男に向かって放屁を開始したのだ。
* * *
ブッ……プゥ~ン
周囲に強烈な腐臭が立ち込め、鈴蘭の顔が赤く染まる。羞恥の為か屈辱のためわからない。
とにかく彼女は一刻も早く目の前の男を倒さねばと考えた、しかしその行動すら読まれているかのように男の口角が上がった。
(!?)
……その笑みの意味を理解してしまった鈴蘭の目尻に涙が溜まる。
(なんという……屈辱!)
……ブピッ! プップップッ!
(止まらないっ!?)
プウゥ~………… プピィィィーーーン!! プォォオオオン!!!
(もう嫌ぁあああああ!!!)
鈴蘭の心の声が響き渡る中、遂に限界を超えた鈴蘭の股間より黄金色の噴水が巻き起こった。あまりの恥ずかしさにその場にへたり込む彼女。
やがて勢いをなくした後、地面に小さな湖が出来上がっていくのを見た彼女の顔はもはや熟れ過ぎたトマトの如く真っ赤に染まっていた。
* * *
* * *
*
……それから数時間後 辺りはすっかり暗くなり街外れにある廃屋の陰で、一人の女性が膝を抱えていた。鈴蘭は未だに自分の醜態を思い出し悶絶していたのだ。
そんな彼女の元へ近づいてくる人影が一人。
鈴蘭が顔を上げればそこにいたのはあの男だ、鈴蘭は彼の姿を見るなり思わず顔を歪めた。
しかし男は何も言う事なく懐に手を入れると鈴蘭へと一枚の紙切れを差し出した。そして一言――
――また来るぞ
それだけ言って踵を返した。一瞬あっけに取られる鈴蘭だったが我に帰ると慌てて彼の背中を呼び止める。すると彼が立ち止まり首だけを後ろに向けてこう言った。
――次までに鍛え直しておけ、その時は容赦なく叩き切る。ではな……
そう言い残し男は去っていった。残された鈴蘭は何が何だかわからなかったがとりあえず立ち上がり刀を手にしたのだった。
***
感想
最初は男の剣士で書いてたのにいつの間にか女にしていた。
これもサキヌスの仕業なんだ。
以下、没の続き
時は遡り数日前、とある田舎道場にて。そこでは二人の女生徒が向かい合っていた。片や袴を着け、竹刀を手に持ち佇む小柄な少女の名は鳳仙と言う。
歳はまだ十三だがその剣の腕前は既に免許皆伝に至っていると言われるほど。
そしてもう一人の人物こそがその少女を鍛えた師範代でありこの道場の跡取り娘、名を雪月花と言った。
(今日こそ勝ちます)
鳳仙が心の中で呟く。
鳳仙には一つの悩みがある。それがこの雪月花の存在であった。初めて会った時もそうだがどうにも苦手意識を感じてしまう。
何がと言えばまずその雰囲気だろう。常に物憂げな雰囲気を纏っているせいか何を考えているのかまるで掴めない。そして得体の知れない迫力のようなものまで感じられるのだ。
更に剣術の腕も一流であり、稽古ではいつも雪月花の勝利で終わるのだ。
故に今回も必ず勝つ!そう意気込んで竹刀を構える鳳仙だったが……雪月花は構えなかった。
それを見た鳳仙は違和感を抱くと同時に不安になる、いくら何でもこれは無警戒過ぎではないのか?と……。だがすぐに気を取り直し先手必勝と言わんばかりに踏み込み袈裟斬りを放つ。
(もらった!!)
渾身の一撃が胴に入ったかに見えたのだが……空を切る感覚、振り切った感触もない、おかしいと思って視線を下げてみると――そこには自分の持つ竹刀が空中を舞っていた……
一瞬の事に動揺しているうちに背後から肩口を突かれそのまま押し倒された。地面に叩きつけられ肺の中の酸素が全て吐き出され息が出来なくなる。
そこでようやく自分が負けた事を認識した。呼吸を整えるため必死になって喘いでいる最中でも上から降ってくる言葉の数々。曰く"動きに迷いが見られた""最後の詰めが甘かった"等々。
……結局一度も勝つ事が出来なかったのだ。そして――
(鳳飛を使うしかありませんね……すみません師範、でもこのままでは私は一生あの人の下です! だからごめんなさい師範っ!)
こうなってしまえば一刻の猶予も無い。意を決して雪月花に背を向けるように寝返りを打つと……すかさず尻を向けた。
その瞬間――ブゥーっと爆音が響いたかと思うと風が巻き起こり雪月花の顔面目がけて吹き付ける。
目つぶしを受けた彼女は反射的に目を瞑ってしまった。その瞬間を逃さず追撃を仕掛けた鳳仙は勝利を確信した。だが――
ヒュンという音と共に風を切り飛来したそれは、雪月花の手に持つ竹刀。
次の瞬間……首筋ギリギリの位置に突き付けられた切先。
(あ……)
完全に隙を突かれた。自分は今間違いなく死を覚悟してそれを理解した筈だ。体は硬直したまま動けず、ただ喉を鳴らし目の前の剣鬼に震えるしかない。――鳳仙は鳳飛を使っても尚敗北した。