リベラルアーツの
歴史を読む
日本のリベラルアーツ・カレッジの先駆者であるICU。
ICUが重視するリベラルアーツ教育の歴史的背景に迫ります。
リベラルアーツ教育は
いかにして生まれたのか

近代のリベラルアーツ教育とは、「人間性の全体的な発達と人格の成熟を目指す教育」を意味します。近代のリベラルアーツの教育の起源は古代ギリシャ時代、自由市民が教養として学んでいた「自由七科」(文法、修辞、弁証、算術、幾何、天文、音楽)です。
自由七科の誕生
起源は、古代ギリシャ時代。「市民」としての使命感を与えた自由七科
"Raphael's The School of Athens" is marked with CC0 1.0.
ローマ時代のカリキュラム
ローマ帝国の教育課程では「クアドリウィウム」と呼ばれる音楽、算術、幾何学、天文学の4つの科学的学問が重視されていました。さらに9世紀以降には、「トリヴィアム」と呼ばれる文法学、論理学、修辞学の3つの人文学的学問が加えられ、中世ヨーロッパの大学で学ばれていました。
「トリヴィアム」の進化と発展
ルネサンス期になると、イタリアや北方地域の人文主義者により、トリヴィアム(文法学、論理学、修辞学)が変化していきます。論理学に替わって歴史学やギリシャ語、倫理学が導入され、トリヴィアムは「Studia humanitatis」(人文科学)」へと変貌をとげました。
ヨーロッパの「教育の基礎」へ
16世紀には、人文科学教育はヨーロッパ全土に広がります。当時のエリート階級や政治関係者、聖職者、法律や医学を学ぶ人にとって、人文科学を修めることはすべての学問の基盤となっていました。後のリベラルアーツにあたるこれらの「自由七科」の学問を修了することは、その先の勉学の自由が与えられるとともに、市民としての使命感を醸成するものだったのです。
アメリカへ広がった17世紀
17世紀、リベラルアーツの概念がアメリカで広がる
アメリカにおけるリベラルアーツ教育
アメリカでは主に小規模大学でのみ取り入れられていたリベラルアーツ教育ですが、17世紀になると大規模な私立大学が多数誕生します。1636年にはアメリカで最初の全寮制リベラルアーツ大学であるハーバード大学、1640年代には現在のイェール大学、1693年にはウィリアム・アンド・メアリー大学が創立されました。その後アメリカでは、18世紀、19世紀にもリベラルアーツ教育を中心に据える私立大学が増え続け、高等教育の発展に寄与しました。
リベラルアーツ大学の危機と変革
19世紀末アメリカで重視された実学。変革を迫られたリベラルアーツ・カレッジ
「実践的」学び場の需要の高まり
19世紀末に本格的な産業革命を迎えたアメリカでは、実践的な専門学校への需要が高まり、大規模な公立研究大学や専門学校などの新たな高等教育機関が台頭し始めました。そうした流れの中、小規模な寮制のリベラルアーツ・カレッジは衰退していきますが、歴史あるリベラルアーツ・カレッジの数校は学生を魅了し続け、大学ランキングでも高い地位を維持しました。
リベラルアーツ大学の挑戦
かつてないスピードで変化を続ける21世紀に対応すべく、リベラルアーツ・カレッジは改革を図ります。その1つとして、学生の需要に応えた職業学位の授与を開始しました。さらに、多くのリベラルアーツ・カレッジが国内外の協力体制の強化に踏み切りました。2009年には、世界中のリベラルアーツ大学の連盟「グローバル・リベラルアーツ・アライアンス」が設立されています。より柔軟な教育内容への変革と、各校の結束によって、リベラルアーツ・カレッジは研究大学に匹敵する教育の質を確保しました。
ヨーロッパでの再生
20世紀後半のヨーロッパで、リベラルアーツ教育が復興
リベラルアーツ教育の再起
1960年代、規制緩和やボローニャ・プロセスにより、パリ・アメリカ大学やローマ・アメリカ大学などのアメリカ系私立リベラルアーツ・カレッジがヨーロッパに設立されました。これを機に、公立大学を中心に、ヨーロッパのリベラルアーツ教育が再興しました。オランダではリベラルアーツ・カレッジの アムステルダム・ユニバーシティ・カレッジが誕生した他、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンやキングス・カレッジ・ロンドンなど大規模大学にもリベラルアーツプログラムが設けられました。
アジアへの影響
アジアに広まり、グローバルスタンダードとしての地位を確立
第二次世界大戦後、アジアに浸透
東アジアにおいて、リベラルアーツ教育の思想は19世紀中期に広がりを見せていましたが、本格的な高等教育への導入が始まったのは第二次世界大戦後のパックス・アメリカーナ(アメリカの平和)以降です。1953年に献学されたICUは、東アジアにおけるリベラルアーツ教育の先駆けだったと言えるでしょう。1990年代半ばには、主に日本と中国においてリベラルアーツプログラムが英語で提供され始めます。こうしてアジアにも、リベラルアーツ教育が徐々に浸透していきました。
近年、さらにアジアで発展を見せるリベラルアーツ教育
近年は、日本や韓国、台湾、中国などの東アジア諸国においてリベラルアーツ教育に対する評価が高まり、複数の大学やプログラムが設立されています。アジアにおける小規模の私立リベラルアーツ・カレッジの例としては、日本ではICUや宮崎国際大学、韓国のハンドン大学、香港の嶺南大学、インドのフレーム大学、バングラデシュのアジア女子大学などが挙げられます。
リベラルアーツ教育の概念
ローマ帝国からヨーロッパ全域、アメリカ、そしてアジアへと広がり続ける
リベラルアーツ教育。その普遍的な概念と特色を整理します
リベラルアーツ教育の概念とは
米国カレッジ・大学協会(AAC&U) は、リベラルアーツ教育を「個人の能力を開花させ、困難や多様性、変化へ対応する力を身につけさせ、科学や文化、社会などの幅広い知識とともに、より深い専門知識を習得させるための学習方法」と定義づけています。そして、同協会元理事のレベッカ・チョップによれば、リベラルアーツ教育は以下の3つの要素の育成に重点をおいています。
1.「クリティカル・シンキング(批判的思考力)」
分析、探求、答えを導くための論理的な意見の形成に必要な力です。この能力の育成のために、リベラルアーツ教育では、文学、言語学、歴史学、音楽、美術、哲学、心理学、数学や科学などの幅広い分野において、「少人数」による議論を大切にしています。
2.「道徳心」および「市民性」
課外活動や地域社会における活動、他の学生や教員との交流、キャンパスにおける日常生活を通じて、豊かな人間性を育みます。
3.「知識の活用」による世界への貢献
キャンパス内外での経験を統合し、授業を通して得た知識の汎用性を高めます。これには、異なる背景を持つ学生同士が、多様な視点から諸問題を議論することが求められます。このほかにも、好奇心、創造力、批判的な自己反省、市民としての責任感やコミュニケーション能力などがリベラルアーツ教育によって重視されてきました。
現代社会において、
極めて「実用的」な
リベラルアーツ教育
連結や複雑さが高まり続けている知識社会において、多くの国が知識や教育の生産性に気づき始めています。こうした中、大学が学生の基礎知識や能力、広い視点と社会全体を考慮して判断できるリーダーシップを育成する重要性が高まっています。そのため、リベラルアーツ教育は現代社会において極めて「実用的な教育」と言えるのです。
ICUにおける
リベラルアーツ教育の実践
ICUは日本のリベラルアーツ大学の先駆者として、「リベラルアーツがICUでのすべての活動の基盤になるべき」とする教育方針を最重視してきました。この方針が実際に意味するものはクリティカル・シンキング、民主的市民性、問題解決能力、思想の交流、専門分野を超越した学習や学びへの喜びです。リベラルアーツ教育の精神は一般教育課程、バイリンガル教育、グローバル化に関する取り組み、授業スタイル等に色濃く反映されています。
このページは、本学の鄭仁星教授(2017年当時)、西村幹子上級准教授(当時、現教授)、笹尾敏明教授(当時、現特任教授)による書籍"Liberal arts education and colleges in East Asia. Springer. " の1章と5章を基に作成されています。
