2006年 12月 11日
メディア 対 投資銀行(系運用会社) |
日本でテレビ局の乗っ取りが起こりそうになった時、メディアの社会的価値についての議論が散々なされたのを記憶していますが、似たような議論が最近アメリカでも起こっています。
11月の初めにWSJの記事「New York Times Faces Stock Fight」で報じられたところによると、Morgan Stanleyの資産運用部門であるMSIMの運用担当者が、ロンドンで運用しているファンドで8%弱を保有している米新聞大手New York Timesに対して、コーポレートガバナンスの改善を求める要求を突きつけたそうです。
Morgan Stanleyは、言わずと知れたアメリカで歴史的に最も評価の高い投資銀行の一つですが、その運用部門であるMSIMも、機関投資家の最大手の一つと言えると思います。
同社の国際株部門はロンドンにあるようで、ロンドン市内から東に行ったところにあるCanary Wharfと言うオフィスコンプレックスに入っています。
そんなMSIMがなぜ、米国の新聞社として最も尊敬を集めていると言えるNew York Times社を批判しているかと言うと、問題の根幹は、MSIMが株価の下落の要因であると指摘するNYT社のデュアルストック・ストラクチャーにあるようです。
NY Times社は、1896年に同新聞を取得したAdolph S. Ochs氏のファミリートラストが実質的な所有権を有しているそうで、WSJによると経済的なオーナーシップは4.4%に過ぎない同ファミリーが、クラスBの議決権付株式の88%を所有しているそうです。
それに対するMSIM側の不満をWSJの記事に基づいて要約すると、クラスシェアの仕組みによってNY Times社の経済的リターンにほとんど関係のないOchsファミリーが取締役の過半数を選任する権利を有することで、株主の代表として経営者の監督に当たらなければいけない取締役会のアカウンタビリティの欠如を招いている、というもののようです。
ただ、12月7日のNY Timesの記事によると、同社CEOのJanet Robinson氏は、Ochs-SulzbergerファミリーはNY Timesの20%を保有する最大株主であり、ジャーナリズム保護のためにもデュアルクラスのストラクチャーを変更するつもりはないし、その方針は1969年に上場して以来変更はない、と明言しているそうです。
(保有比率が記事によってばらばらですが、敢えてそのままにしてあります。)
米国のメディア企業、特に新聞業界においては、このクラスシェアを導入してファミリー支配を続けている会社は他にもあり、その背景には、メディア企業が経済的利益の追求に走ってジャーナリズムとしての社会的意義を失わないようにする、というものがあります。
NY Times以外の代表的新聞社でクラスシェアの仕組みを導入しているところには、Wall Street Journalの発行元であるDow Jones社があります。ちなみに同社は、2007年1月より新聞紙面を一新し、ニュース報道はほぼ全てオンラインに移管して、新聞紙面では「分析」記事を中心に扱うようにするそうです。
この「ジャーナリズム保護」の議論は、アメリカでも今まではある程度受け入れられていた傾向がある、と言えると思います。日本では同様の理由から、大手新聞社は未上場、実質的な家族支配が続いているのはご存知の通りです。
ただ新聞社も上場企業として多くの一般投資家が株式を所有している以上、最近のようにインターネットの躍進によって新聞の発行部数が減少を続け、株価も大幅に、それこそ何十%と下落しているような状況においては、MSIMのような一般株主も、「ジャーナリズムの保護」などと言っていられない状況なのかもしれません。
NY TimesがMSIMの怒りを買った背景には、ガバナンスの問題の延長として、同社がネットポータルのAbout.comを$450mm(約520億円)で購入したものの大きなシナジーが見えていないことや、マンハッタンのタイムズスクウェア裏手に、500億円以上かけて高層ビルの新社屋を建設していることなどがある、との指摘もあるようです。
写真が建築中のNY Timesの新本社ビルです。企業の保有するキャッシュ=将来的なリターンの源泉であるはずの極めて価値ある資産、を何のリターンも生まない自社ビルに使うことは、Destructive Investment(破壊的投資)などと呼ばれて、強い批判の対象になります。MSIMは、そんな行動を取っている現経営陣を批判しており、株主により強い力を与えることで、状況を改善出来ると思っているようです。
しばらく前にメディア関連のエントリーでも書いたことがあるかもしれませんが、メディア企業が利益の減少に対する議論として「社会的存在意義」を強調しすぎる最大の問題点としては、上場企業であることを正当化するのが難しくなる、ということがある気がします。
実際、大手新聞社Knight Ridderがアクティビスト投資家からの攻撃を受けて自社売却を決めたのは以前にも書いた通りですし、最近の報道によると、NY Timesも上場廃止を検討しているそうです。
またLos Angeles Times、Chicago Tribuneなどの発行元として知られるTribuneも、株価がさえない現状を受けて、LBOを含めた身売りのプロセスを実行していると言われます。Tribuneはクラスシェアの仕組みを有していないため、売却に動きやすかったという背景もあるようです。
ただアメリカのメディア企業は、基本的には今まで「拡大・コングロマリット化」の戦略を実行してきており、そのプロセスでは、自社株を買収通貨として頻繁に用いてきています。そう考えると、やはりメディア企業にも上場を維持するインセンティブがあり、だとすると新聞社(メディア)であろうとも、株主利益を毀損させるような業績不振をそのまま看過しておくのはおかしい、ということになるかもしれません。
ではジャーナリズムが乗っ取りの対象になってよいかと言うと、もちろんそんなことはないと思います。ただ、現代のいわゆる「乗っ取り屋」はあくまで「投資家」であり、経済的利益に基づいて動いているとすると、メディア企業の価値の源泉がレベルの高いコンテンツであることは、十分に理解している気がします。
だとすると、株主支配を強めたところで新聞社の価値の源泉であるジャーナリズムが危うくなるという主張は、少々通りにくい気がします。そもそもMSIMは乗っ取り屋などとはほど遠い存在であり、ガバナンス改善要求は、経営の失敗により経済的被害を被っている立場として当然の主張と言えるかもしれません。
また、悪意の乗っ取り屋(これも大抵は、遊休資産売却を目論むような存在に過ぎず、新聞なりテレビなりの内容にまで介入してくる可能性は極めて低いと思いますが)を排除したいだけであれば、コーポレートガバナンスの観点から批判の強いデュアルクラスシェア以外にも、色々な防衛手段が考えられる気がします。
メディア業界は何かと「特別視」されがちな存在ではありますが、上場企業である以上は、一般株主の利益に反するような経営を行っていると、それこそ皮肉な話ではありますが、自ら乗っ取り屋を招く結果になる気がします。
また年金や保険といった資産を運用する機関投資家の存在が株式市場の中でますます大きくなっていく中で、今回の新聞社の家族支配に対する批判のように、今まではある程度「当たり前」と思われていたことも当たり前ではなくなって行くのかもしれません。
11月の初めにWSJの記事「New York Times Faces Stock Fight」で報じられたところによると、Morgan Stanleyの資産運用部門であるMSIMの運用担当者が、ロンドンで運用しているファンドで8%弱を保有している米新聞大手New York Timesに対して、コーポレートガバナンスの改善を求める要求を突きつけたそうです。
Morgan Stanleyは、言わずと知れたアメリカで歴史的に最も評価の高い投資銀行の一つですが、その運用部門であるMSIMも、機関投資家の最大手の一つと言えると思います。
同社の国際株部門はロンドンにあるようで、ロンドン市内から東に行ったところにあるCanary Wharfと言うオフィスコンプレックスに入っています。
そんなMSIMがなぜ、米国の新聞社として最も尊敬を集めていると言えるNew York Times社を批判しているかと言うと、問題の根幹は、MSIMが株価の下落の要因であると指摘するNYT社のデュアルストック・ストラクチャーにあるようです。
NY Times社は、1896年に同新聞を取得したAdolph S. Ochs氏のファミリートラストが実質的な所有権を有しているそうで、WSJによると経済的なオーナーシップは4.4%に過ぎない同ファミリーが、クラスBの議決権付株式の88%を所有しているそうです。
それに対するMSIM側の不満をWSJの記事に基づいて要約すると、クラスシェアの仕組みによってNY Times社の経済的リターンにほとんど関係のないOchsファミリーが取締役の過半数を選任する権利を有することで、株主の代表として経営者の監督に当たらなければいけない取締役会のアカウンタビリティの欠如を招いている、というもののようです。
ただ、12月7日のNY Timesの記事によると、同社CEOのJanet Robinson氏は、Ochs-SulzbergerファミリーはNY Timesの20%を保有する最大株主であり、ジャーナリズム保護のためにもデュアルクラスのストラクチャーを変更するつもりはないし、その方針は1969年に上場して以来変更はない、と明言しているそうです。
(保有比率が記事によってばらばらですが、敢えてそのままにしてあります。)
米国のメディア企業、特に新聞業界においては、このクラスシェアを導入してファミリー支配を続けている会社は他にもあり、その背景には、メディア企業が経済的利益の追求に走ってジャーナリズムとしての社会的意義を失わないようにする、というものがあります。
NY Times以外の代表的新聞社でクラスシェアの仕組みを導入しているところには、Wall Street Journalの発行元であるDow Jones社があります。ちなみに同社は、2007年1月より新聞紙面を一新し、ニュース報道はほぼ全てオンラインに移管して、新聞紙面では「分析」記事を中心に扱うようにするそうです。
この「ジャーナリズム保護」の議論は、アメリカでも今まではある程度受け入れられていた傾向がある、と言えると思います。日本では同様の理由から、大手新聞社は未上場、実質的な家族支配が続いているのはご存知の通りです。
ただ新聞社も上場企業として多くの一般投資家が株式を所有している以上、最近のようにインターネットの躍進によって新聞の発行部数が減少を続け、株価も大幅に、それこそ何十%と下落しているような状況においては、MSIMのような一般株主も、「ジャーナリズムの保護」などと言っていられない状況なのかもしれません。
NY TimesがMSIMの怒りを買った背景には、ガバナンスの問題の延長として、同社がネットポータルのAbout.comを$450mm(約520億円)で購入したものの大きなシナジーが見えていないことや、マンハッタンのタイムズスクウェア裏手に、500億円以上かけて高層ビルの新社屋を建設していることなどがある、との指摘もあるようです。
写真が建築中のNY Timesの新本社ビルです。企業の保有するキャッシュ=将来的なリターンの源泉であるはずの極めて価値ある資産、を何のリターンも生まない自社ビルに使うことは、Destructive Investment(破壊的投資)などと呼ばれて、強い批判の対象になります。MSIMは、そんな行動を取っている現経営陣を批判しており、株主により強い力を与えることで、状況を改善出来ると思っているようです。
しばらく前にメディア関連のエントリーでも書いたことがあるかもしれませんが、メディア企業が利益の減少に対する議論として「社会的存在意義」を強調しすぎる最大の問題点としては、上場企業であることを正当化するのが難しくなる、ということがある気がします。
実際、大手新聞社Knight Ridderがアクティビスト投資家からの攻撃を受けて自社売却を決めたのは以前にも書いた通りですし、最近の報道によると、NY Timesも上場廃止を検討しているそうです。
またLos Angeles Times、Chicago Tribuneなどの発行元として知られるTribuneも、株価がさえない現状を受けて、LBOを含めた身売りのプロセスを実行していると言われます。Tribuneはクラスシェアの仕組みを有していないため、売却に動きやすかったという背景もあるようです。
ただアメリカのメディア企業は、基本的には今まで「拡大・コングロマリット化」の戦略を実行してきており、そのプロセスでは、自社株を買収通貨として頻繁に用いてきています。そう考えると、やはりメディア企業にも上場を維持するインセンティブがあり、だとすると新聞社(メディア)であろうとも、株主利益を毀損させるような業績不振をそのまま看過しておくのはおかしい、ということになるかもしれません。
ではジャーナリズムが乗っ取りの対象になってよいかと言うと、もちろんそんなことはないと思います。ただ、現代のいわゆる「乗っ取り屋」はあくまで「投資家」であり、経済的利益に基づいて動いているとすると、メディア企業の価値の源泉がレベルの高いコンテンツであることは、十分に理解している気がします。
だとすると、株主支配を強めたところで新聞社の価値の源泉であるジャーナリズムが危うくなるという主張は、少々通りにくい気がします。そもそもMSIMは乗っ取り屋などとはほど遠い存在であり、ガバナンス改善要求は、経営の失敗により経済的被害を被っている立場として当然の主張と言えるかもしれません。
また、悪意の乗っ取り屋(これも大抵は、遊休資産売却を目論むような存在に過ぎず、新聞なりテレビなりの内容にまで介入してくる可能性は極めて低いと思いますが)を排除したいだけであれば、コーポレートガバナンスの観点から批判の強いデュアルクラスシェア以外にも、色々な防衛手段が考えられる気がします。
メディア業界は何かと「特別視」されがちな存在ではありますが、上場企業である以上は、一般株主の利益に反するような経営を行っていると、それこそ皮肉な話ではありますが、自ら乗っ取り屋を招く結果になる気がします。
また年金や保険といった資産を運用する機関投資家の存在が株式市場の中でますます大きくなっていく中で、今回の新聞社の家族支配に対する批判のように、今まではある程度「当たり前」と思われていたことも当たり前ではなくなって行くのかもしれません。
by harry_g
| 2006-12-11 12:44
| 株主経営・アクティビスト