やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

多重人格、心的外傷、脳内麻薬、自傷行為

 

 ※筆者は医療の専門家ではなく、本稿は医学的な責任を負うものではありません。診断・治療については専門の医療機関にお問い合わせください。

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 怒られないおまじない

 

 どうもこんにちは、安田鋲太郎です(・ω・)ノ

 依存症ビジネスについてさまざまに読んでゆくと、ついドーパミンは短絡的な快楽に人を依存させる〝闇の快楽物質〟で、エンドルフィンは刺激に乏しいが長期的な幸福感や充実感に繋がる〝光の快楽物質〟だ、というような善悪二元論に陥りがちなのは私だけでしょうか。

 もちろんどちらも今日までヒトの脳内で機能し続けているということは、しかるべき役割を持つ脳内物質なのであって、ドーパミンを悪だというのはたとえば「砂糖は悪」だとか「脂肪は悪」だというような、そんな単純な話ではないわけですね。

 そんななかで今回はエンドルフィンについて――こちらも単純に全き善き快楽物質だとは言えない、もっと多義的なものだということで興味深い例を見つけたので、それについて書いてゆきます。

 

 *

 

 90年代にさんざん流行った多重人格というのはあれは結局なんだったんだろう、ということで和田秀樹の『多重人格』(1998)という新書を読んでいたところ、多重人格にはどのような生物学的根拠があるのか、という箇所で「残念ながらそれについてはほとんどわかっていない」(大意)と和田は率直に認めている。

 いっぽうで、トラウマやそれに伴うPTSD(Post Traumatic Stress Disorder=心的外傷後ストレス障害)についての研究はかなり進んでおり、多重人格はPTSDの類縁疾患と見做されているし、もっと言えばPTSDの亜型すなわちバリエーションだという見方もあるので、PTSDについて生物学的にわかっていることを参考にすれば、多重人格についてもかなり理解が深まるのではないかと和田はいう。

 

 そこで『多重人格』と、彼が同じ話をもう少し詳しく書いている『imago 特集:多重人格』(1993)所収の「MPDの生物学的アプローチ」(MPD=Multiple Personality Disorder=多重人格障害。これはDSM-Ⅲ時代の呼称で、現在は、人格の複数性よりもあくまで解離としての症状を強調したDID=Dissociative Identity Disorder=解離性同一性障害に改称されている)を参考に彼の話を追ってゆこう。また彼の推論は現在ではおおむね正しかったとされているのだが、それについては当記事の最後に少し触れる。

 

 まず彼は、脳内オピオイド(麻薬様物質、脳内モルヒネという俗称もある)とストレスの関係に注目する。それによれば、

 

 動物実験では、不可避のショックにさらされた動物が、その後、痛みなどのストレスを与えられた際に無痛状態を起こすことが知られている。しかも、この無痛状態がオピオイドの拮抗物質として知られるナロキソンによって元に戻るのだ。また、反復性のストレスを受けた動物の脳内オピオイド受容体が、注射等で外からオピオイドを投与された時と同様の状態で賦活されることもわかってきた。これらの知見から、少なくとも動物では、トラウマ体験の後遺症では、脳内のオピオイドが増えるか、その受容体を賦活させるかして、外からオピオイドを受けたのと同じように痛みを感じないでぼんやりした状態になるのがわかったのだ。

 (和田秀樹『多重人格』以下太字は安田による)

 

 という。

 なお受容体の賦活については「MPDの生物学的アプローチ」には出てこないので、その後の発見なのかも知れない。

Prescribing oral opioids for dogs probably doesn’t help them—and could hurt their owners

 

 そして、こうしたことは人間にも言えるという。

 

 人間でも、ストレス後やマラソンの後に、オピオイドの一種であるエンドルフィンが血漿中で亢進することが確認されている。

 ピットマンというPTSDの研究者は、ベトナム帰還兵に戦場のビデオテープを一五分見せたところ、正常対照群と比べて三〇パーセントほど痛み強度のレーティングが減少したという。しかも、これが前述の動物実験と同じようにナロキソンによる可逆的なものだったのだ。

 (同書)

 

 動物も人間も、ストレスを受けると脳内オピオイドを分泌して痛みを感じにくくしている、というわけだ。

 ところで和田の上の記述は、『多重人格』と「MPDの生物学的アプローチ」の間で興味深い異同があるので読み比べていただきたい。「MPDの生物学的アプローチ」の該当箇所では、

 

 人体においても、ストレス後や、マラソンの後、血漿β-エンドルフィンの亢進や、習慣性の自傷行為患者において、メトエンケファリンの亢進が認められている。ピットマンらは、PTSDのヴェトナム帰還兵に戦場のヴィデオテープを一五分間見せたところ、コントロール群と比べて、三〇パーセントの痛み強度レーティングの減少を認め、さらにそれが、ナロキソンの投与で可逆性のものであると報告している。

 (『imago 特集:多重人格』所収、和田秀樹「MPDの生物学的アプローチ」)

 

 となっている。脳内物質の名称の指定がより細かくなっていることもあるが、なにより自傷行為患者についての言及が『多重人格』では割愛されているのである。

 おそらく一般向け読み物である新書においては、当事者への配慮が必要な自傷行為についての言及を、当時はまだ推論段階だということもあって控えたのではないだろうか。

 自傷行為と脳内物質の関係については後でまた触れるが、こうしたオピオイドの働きについて、安田宏は次のように記述している。

 

 体内での作用はこれまで多くのことが明らかになっている。他のどんな薬をもちいても抑えられなかった末期癌の疼痛に対しエンドルフィンを用いると三日間にわたり痛みから解放され、お産に用いると無痛分娩が可能となり赤ん坊への副作用は認められなかった。鍼や灸の作用は脳内でのエンドルフィンの分泌を促すためといわれている。急性疼痛時は髄液中のエンケファリン量が増加する。一方、リウマチや腰痛症の慢性疼痛の患者の髄液中のエンケファリン量は逆に減少しているといわれる。

 (中略)

 現在ではエンドルフィンはこうした痛みに対してだけでなく、広い意味でのストレスに対する重要なモデュレーターと考えられている。

 (『imago 特集:脳内物質のドラマ』所収、安田宏「エンドルフィンの現在」)

 

 ここにも見落としてはならない言及がある。「鍼や灸の作用は脳内でのエンドルフィンの分泌を促すためといわれている」という箇所だ。

 これはつまり、和田のいう自傷行為と同じことを意味していないだろうか。すなわち鍼や灸じたいの作用というよりも、鍼や灸の痛み(?)によって分泌されるエンドルフィンの作用が目的だというのだ。もしその通りならば、鍼灸とは身体に針を刺したり熱いものを押しつけたりする技術的に管理された自傷行為…ってコト!?

 

Miss Cellania: Acupuncture | Acupuncture, Chiropractic humor, Acupunture

 

 オピオイドの働きにはじつに目覚ましいものがある。オピオイドは末期癌や無痛分娩に用いられるだけでなく、戦いにおいても大きな役割を果たす。

 ハーバード大学医学部精神科教授、マサチューセッツ精神医療センター神経生理学研究所所長等を歴任したアラン・ホブソンは、同僚が酒場で3人の酔漢に襲われたさいの出来事について述べている。それによると酔漢は新米の海兵で、同僚は当初はボコボコにされていたが、最終的にナイフで3人に深傷を負わせ返り討ちにした。3人の酔漢は逮捕されたが、あまりに傷が深かったので弁護士は逆にホブソンの同僚を傷害で訴えようとしたという。

 以下の記述は、同僚の痛みだけでなくナイフで深傷を負わされた酔漢の痛みについても包括して述べられたものだ。つまるところどちらも「喧嘩中は痛みを感じなかった」のである。

 

 生きるか死ぬかの時、脳の覚醒状態は急激に高まる。このとき、神経調整物質(腹側被蓋からのドーパミンや青斑核からのノルアドレナリン)や、ホルモン(漏斗からのコルチコトロピン放出物質や下垂体からのACTH)や、短時間作用型の鎮痛物質(エンケファリンやエンドルフィン)が、非常に高いレベルにまで上昇する。その結果、「生存」だけが必須課題になり、痛みや恐怖は感じなくなるのだ。

 (中略)

 暴力的争いのような状況で痛みを止める脳内物質は、エンケファリンまたはエンドルフィンと呼ばれている。エンケファリンの語源は脳を表す「エンセファルス」で、エンドルフィンの語源は内因性を表す「エンダジニャス」とモルヒネ(モルフィン)である。どちらの物質もモルヒネと同じ受容体に結合し、同じセカンドメッセンジャー(サイクリックAMP)を駆動する。そして速やかに分解されるので、作用はヘロンやモルヒネより短時間である。

 (アラン・ホブソン『ドリームドラッグストア 意識変容の脳科学』)

 

 ……ところでこうしてストレスと脳内オピオイドについての記述を読んでゆくと、きっかけとなるストレスにも、またオピオイドの作用にも、どちらもあまり心身の区別がないことが気にかかるかも知れない。

 これは思うに遺伝的時間単位においては心身のストレスは不可分だったためであろう。現代人のように「心のみのストレス」というのはほとんどなかった。ドーキンスも書いているように、ヒトは何十万年ものあいだ、群れでの関係がうまく行かないことは殺される危険に直結したのだし、会社をクビになったとか財産を失ったという「悠長な」悩みはなく、常に今日明日の食べ物はあるかというタイムスパンで生きていたからである。

 

 ここで先に進む前に用語を整理しておくと、オピオイドには内因性と外因性があり、外因性オピオイドは、ケシから採集されるアルカロイドやそこから合成された化合物が主に鎮痛剤として医療に用いられている(代表的なものはモルヒネ)。いっぽう脳内で作るものを内因性オピオイドという。本稿で「脳内オピオイド」と書いているのはこの内因性オピオイドである。また内因性オピオイドペプチドというときの「ペプチド」は結合、配列の意味。

 内因性オピオイドにはエンドルフィン類、エンケファリン類、ダイノルフィン類の三種類があるが、ややこしいのはエンドルフィンには広義と狭義があり、「広義の」エンドルフィンはほぼ内因性オピオイドと同じ意味である(安田宏「エンドルフィンの現在」)。

 そして「狭義の」エンドルフィン=エンドルフィン類にはα、β、γの三種類があり、専らβ-エンドルフィンの作用が強いのでエンドルフィンというとβ-エンドルフィンの意味で用いられることも多い。エンケファリンにはメチオ(メト)エンケファリン、ロイシンエンケファリンの二種類がある。したがって、エンケファリンは「広義の」エンドルフィンの下位カテゴリーとも言えるが、「狭義の」エンドルフィンからすると並列関係にある。

 

 *

 

 さて和田の推論の核心部分に進んでゆこう。

 和田によれば、PTSD患者はストレスを受けない時に麻薬の離脱症状と似たような症状を起こすという。そしてオピオイドの離脱症状である不安、易刺激性、爆発的な感情、不眠、感情の不安定といった症状は、PTSDの症状内にほぼ該当するものを見出せる。

 いわばPTSD患者は、苦痛をやわらげるために頻繁に脳内オピオイドの分泌を繰り返した結果、脳内麻薬中毒になってしまったようなものだというのである。

 

opioid crisis

 

 さらに和田は『多重人格』のなかで、「PTSDの患者が、リ・トラウマゼーションといって、再びトラウマを受けたがるという不思議な現象」について述べている。和田いわく、

 

 レイプの犠牲者が再びレイプされるようなシチュエーションに身をおいたり、ベトナム戦争の帰還兵がわざわざ具合が悪くなるのをわかっていて、戦争映画を頻繁に見にいったりというふうに、外傷を再体験する傾向があるのだ。あるいは、虐待する親の元に、保護された子どもが帰っていってしまうということも少なくない。

 (和田秀樹『多重人格』)

 

 ……ところが困ったことに、リ・トラウマゼーションという言葉が、「よく知られている」と和田が言うわりには複数の精神医学系の事典を引いても載っていないし、ググってもほとんどヒットしないのである。

 このあたり、素人調査の悲しいところだが、海外サイトでは「リ・トラウマティゼーション」(Retraumatization)という言葉は見かける。しかしこれはフラッシュバックだとか恐怖症、悪夢のような症状を指す言葉で、和田が言うような「外傷を再体験する傾向」といった含意があるかどうかはわからない。あるにしても主要な症状ではないので言及されないのかも知れない。

 強いて言えば『現代精神医学事典』の【トラウマ】の項目に、「トラウマ体験の克服を求めるあまり同種の刺激の回避を怠りがちになること」といった記述があり、これがやや近いものの、「リ・トラウマゼーション」については僕はいまのところよくわからない。読者諸賢の教えを請いたい。

 

 ともあれ和田によれば、レイプ被害者が再び危険な状況に身を置いたり、ベトナム帰還兵のPTSD患者が具合が悪くなるのがわかっているのにわざわざ戦争映画を観に行ったり(彼らのうち20%がそうするという報告があるらしい)、虐待された子どもが虐待した親の元に帰ろうとするのは、つまるところ

 

 脳内のオピオイドが足りなくて禁断症状を起こしているPTSDの患者が、リ・トラウマによってオピオイドを増やそうという死にもの狂いの努力なのかもしれないのだ。

 (同書)

 

 と指摘している。

 そういえば以前、性的被害にあった女性でそれ以来レイプもののポルノを嗜癖するようになったという人の話を、その友人と称する人から聞いたことがある。友人氏は彼女のレイプもののポルノ嗜癖を強く問題視しやめさせたがっていたが、僕はレイプもののポルノ嗜癖自体はあくまで結果にすぎず、なんなら観ている間なんらかの鎮静作用を得ている可能性すらあって、それよりも元となる心の傷の治療にフォーカスすべきなのではないか、と言って友人氏とのあいだで多少の議論となった。

 別にそれは専門的な議論の場でもなんでもなく、お互いにさしたる根拠はなかったが、今にして思えばなぜ性的被害者である女性がレイプもののポルノを嗜癖するようになったかについては、和田のいうリ・トラウマゼーションのモデルがかなり当て嵌まるように思う。つまり僕と友人氏の議論はどちらも一長一短だった。たしかにレイプもののポルノ嗜癖にはその場での鎮静作用はあったのだが、それをずっと続けてゆくことがまったく無問題というわけではなかったのである。

 

 そして「MPDの生物学的アプローチ」のほうでは、自傷行為もまたこうした理路で説明されるのである(このあたりの話のセンシティヴさが、新書で自傷行為について扱わなかった理由なのではないか?)。

 

 グリーンによるとチャイルド・アビューズを受けたサンプルの四一パーセントが自傷行為を行っている。逆に自傷行為をする患者の殆どが、チャイルド・アビューズあるいは、セクシュアル・アビューズの既往があることが知られている。これらの観察により、外傷に対する嗜癖という考えかたが生まれてくる。つまり、外傷を受けることで、高いレベルの内因性オピオイドを経験すると、それが高いレベルでない時、一種の離脱症状が起こり、それが苦しいため再び外傷体験を受けようとする。それが自傷行為であったりするわけだ。

 (和田秀樹「MPDの生物学的アプローチ」)

 

 もっとも、「MPDの生物学的アプローチ」では別の機序の可能性についても触れられている。それについて本稿で詳しく検討する余裕はないが、ざっくりいえば「ストレスの無風状態になると離脱症状が起きてつらいので内因性オピオイドを分泌するため自傷するのではなく、ストレスがかかると内因性オピオイドが分泌されて朦朧とし、離人的になり、痛みに鈍くなるから自傷を起こしやすくなるのでは?」という、ニワトリが先か卵が先か、みたいな話である。

 これについては、薬理学的にはどちらも支持できる所見が出ているというのでなかなか決着がつけ難いらしい。麻薬中毒患者の離脱症状を抑えるために投与するクロニジンが自傷行為を減少させるというのは前者の機序を支持するし、いっぽうでナロキソンによって無痛状態を起こらなくしたところ自傷行為が減少したというのは後者の機序を支持する。

 だがいずれにせよ、和田によれば「何等かの脳内オピオイドの作用が自傷行為に関連していることは間違いなさそうである」ということであり、多重人格における人格スイッチングにも、これが何か関係しているのではないかと指摘してこの話を締めくくっている。

 この箇所で和田が言いたかったであろうことを僕なりに補うと、「多重人格とはPTSDの一種であり、脳内オピオイドが足りている時と離脱症状を起こしかけている時で思考や言動が違うために違う人格に見える」ということではないだろうか。後者の状態=リトラウマゼーションの過程においては、患者によってさまざまな表れかたがあるだろうが概してスリルを好む、短絡的、粗暴、活発、アブナい性格に見えるということはいかにもありそうである。それが多重人格の中心的メカニズムだとまで言えるかどうかはわからないが、一考に値するのではないか。

 

 *

 

 和田の推論の、自傷行為がエンドルフィンやエンケファリンの分泌に繋がり気分が落ち着くといった部分は、今日では日本医事新報社や精神保険福祉協会、心療内科のサイト、その他多数のサイトや論文によって確認され、ほぼ通説になったと言ってよいだろう。精神科医の斎藤環は次のようにツイートしている。

 

 

 『現代精神医学事典』によると、自傷行為は「境界性パーソナリティ障害の代名詞のように考えられるが、解離性障害や摂食障害や気分障害の患者にも広くみられる」という。

 これがウィキペディアだともっと直裁に、「自傷行為をする者に最も疑われるのは境界性パーソナリティ障害、解離性同一性障害である」という(いちおう「英国国立医療技術評価機構 2014」がソースだとしてリンクが貼られている)。

 自傷と解離性同一性障害の結びつきについてはこれが最も強調したものなので、これを掲げて本稿のオチにする(「多重人格から始まった話が、PTSD、脳内オピオイド、自傷行為ときてまた多重人格に戻ってきたわけだ、ウロボロス!」)ことも出来るが、残念ながらそうとも言い切れない。手元にある『南山堂医学大事典 第19版』では、患者に自傷行為が見られるさいに考えられる疾患・症候群については「境界型人格障害、統合失調症、精神遅滞」が重要とされ、解離性障害、解離性同一性障害には触れらていないのである。おあとがよろしくない。

 

 *

 

 ともあれ、書きたいことはおおむね書いた。本稿が幾許か解離性同一性障害、PTSD、脳内オピオイド、自傷等々について理解の手助けになったなら幸いである(知ってる人にはハイハイその話ね、といった程度かも知れないが)。

 

 では今日はこんなところです。また(・ω・)ノシ

 

 

 

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