もったいない
風子のスピ要覧画像の爺さま、ご存じでしょうか?
70年間、飲食せずに生きるプララド・ジャニ氏(87歳)。
食べないし飲まないので、排泄もしないようです。
その不思議を解明しようと医師たちが検査を重ねましたが、
結局のところ、なぜ生きているのかが解からないそうです。
彼はサドゥ(行者、苦行僧)のひとりだそうです。
サドゥとは家や仕事、家族を持たない存在で、
インドの法では死者という扱いをされています。
そのサドゥ、インド全域とネパールには、
なんと400万人から500万人いるというから驚きです。
(偽サドゥや、観光サドゥもいる)
修行を経て宗派の認定を得た本物のサドゥたち。
彼らの目的とは、なんだと思います?
!(・。・)……『悟り?』
そう思うでしょう?
どっこい!
『悟り』は、仏教の開祖である仏陀の造語。
彼らが目指すのは『梵我一如』なんですって。
※梵我一如
紀元前1000年前のウパニシャッド哲学の真理で、
宇宙の根源ブラフマン(梵)と人間の本質アートマン(我)
の両者が究極的に同一であることを認識すること。
その真理を知覚することによって輪廻の業(ごう)、
すなわち一切の苦悩を逃れて解脱に達することができる。
いわゆる輪廻転生を省略(スキップ)して、
『ワンネス』に留まることなんですねぇ。
ん?……それが可能な魂って、
1000回生まれ変わったキリストくらいなんですが……。(^_^ ;)
このウパニシャッド哲学は仏陀生誕の
さらに500年以上も前からあった
ヒンドゥー教の聖典のひとつらしいです。
★ヒンドゥー教(開祖なし)
・インダス文明時代の土着信仰から生まれる。
・バラモン教(アーリア人の)と融合した多神教。
仏陀はヴィシュヌ神の9番目の化身とされている。
・『悟り』をひらくという概念はない。(悟りは仏陀以降)
それにしても……。
400万人から500万人が、
『梵我一如』を知覚するために、
世捨て人、やってるって?
寝る間も惜しんで瞑想したり、
何十年も片手を挙げ続けたり、
後ろ向きに歩き続けたり、
立ち続けたりすれば、
輪廻の業(ごう)を回避できるって?
( ̄~ ̄;) ……な、なんでやねん❢
ってか、なんともまぁ……もったいない。
どんな人生ストリーでもいい。
私たちは喜怒哀楽の全てを
“体験するために”生まれたんですよぉ。
もっとも前回の記事に書いたタデウスゴラスのように、
瞬時に覚醒する人もいますが、
たいていは懸命に生き、輪廻を重ねることで、
誰もが『梵我一如』に至ると思うんです。
インドという国の特徴
●世界のIT業界を左右する技術者を多数輩出する。
●53.2%が携帯電話を持っているのに、トイレ付の家は46.9%。
●自宅近くでも道路でも、至る所でゴミを捨てる習慣。
●汚水が未処理のまま水源に流され水質汚染MAX。
●それによって人々の健康が脅かされている。
●『梵我一如』を目指して生きる人が400~500万人。
なぜ……(。・?_?・。)
インド人は、この世の一切を『苦』と捉えます。
輪廻転生を信じてはいるようですが、
今生の『一切苦』は、自らのカルマのせいだと信じて
“悲観的運命論”を受容している感が強いわけです。
端から、この世に絶望しているわけですから、
自らにはもちろん、政府にも期待しない。
パイプラインや公共施設の整備が遅れている要因のひとつとして、
そんな国民の悲観意識が拍車をかけているんですねぇ。
カースト制度は廃止されても、
マハラジャたちには膨大な年金を払い続けた政府。
未だにマハラジャ(藩王)は特権階級のようで、
平民との格差は広がる一方のようです。
世界のIT業界を左右する技術者たちって、
多くはハラジャの子孫たちなんでしょうね。
これほどの格差社会ではふつう、
大衆による革命とか起きるのでしょうが、
肝心の大衆は運命論を受容するばかりで『梵我一如』ですもんね。
日本の改革、明治維新……その立役者のような人いないんでしょうか。
せめて生命維持のための基本政策を打ち出す議員や、国家元首がねぇ。
いるようで、いないも同然なんでしょうか。
行きたくない国のひとつですが、
インドって、摩訶不思議な国ですよねぇ。
釈迦や、ガンジーに限らず、次のような覚者を輩出しているのに……(^_^ ;)
すべての人が、道を知っている。
わずかな人だけ、道を歩いている。
心に、差別なきことを、正と言い、
心が、差別をすることを、邪と言う。
求めること有れば 皆、苦であり、
求めること無ければ、皆、楽である。
菩提達磨(5世紀後半~6世紀前半)
通称 達摩大師。インド人。中国に渡って禅宗を伝える。
数千年も経ったら、
あらゆる生物が進化していることでしょう。
ですが数千年経っても地球人の“伝承真理”は同じ。
『意識の進化』って、超がつくほど難題なんでしょうね。(*´ェ`*)