世界で最も希少なクジラ「バハモンドオウギハクジラ」が初めて解剖され、その謎に包まれた生態が一部明らかになった。
今回解剖されたのは、今年7月にニュージーランドのビーチで発見された体長5メートルのオス個体だ。
このクジラはオウギハクジラ属に属し、マオリ文化では「宝物」を意味する「タオカ」として知られている。これまでに確認された標本はわずか6体、生きた姿を見た人は誰もいないという、まさに“幻のクジラ”だ。
解剖の結果、その上顎に小さな歯の痕跡があることや、9つの胃を持つ独特の構造が判明。今回の発見は、この希少な海洋生物の理解を深める大きな一歩になると期待されている。
極めて珍しいバハモンドオウギハクジラ発見の衝撃
2024年7月4日、ニュージーランドのオタゴ地方南部、タイエリ川河口付近で、体長約5メートルのオスのバハモンドオウギハクジラ(Mesoplodon traversii)の死骸が見つかった。その体は銀色だったそうだ。
調査に赴いたニュージーランド環境保全省(DOC)の職員らは、それが世にも珍しいバハモンドオウギハクジラであると知り、衝撃を受けた。
このクジラは、現代の大型哺乳類の中でも最も未知な部分が多い種の1つ。1800年代以降、世界中で記録された標本はわずか6つ。そのうちの1つ以外はすべてニュージーランドからのものです。科学的および保護の観点からも非常に重要です
(DOCコースタル・オタゴ支部の運営責任者、ゲイブ・デイヴィス氏)
謎に包まれたバハモンドオウギハクジラ
バハモンドオウギハクジラ(学名:Mesoplodon traversii)は、ハクジラ亜目 アカボウクジラ科 オウギハクジラ属に分類されるクジラの一種だが、世界で最も珍しいクジラともいわれている。
これまでの標本は、いずれも漂着してすぐに死亡したものや、骨の発見のみ。生きて泳ぐ姿の目撃情報は依然としてなく、その生態や行動、生息数についてもほぼ謎に包まれている。
体長は既知の頭蓋骨の大きさからの推測で、約5~5.5メートルと小柄。一般にアカボウクジラ科のクジラは潜水が得意で、深海に生息するため、このクジラも同様に深海に生息すると考えられている。
またオウギハクジラ属は、その名のとおり、扇形の歯が特徴だが、その1種のバハモンドオウギハクジラの場合は、下顎にトランプのスペードのように広がった歯をもつことから、英語圏では Spade Toothed Whale(スペード型の歯をもつクジラ)と呼ばれている。
痕跡のような歯と9つの胃を新たに発見
だが、このたび世界初となるバハモンドオウギハクジラの解剖を行った専門家らはその結果として、いくつかの新たな発見を明かした。
その1つが、上顎にあった歯で、厳密にいえば小さな痕跡のようだったという。
こうしたかすかな構造は、進化の名残と考えられている。つまり昔は重要な役割を果たしていたが、今では失われていることを意味する。
さらにこのクジラには胃袋が9つもあり、そこからイカの一部や寄生虫などが発見されたという。
いくつかの胃袋にイカのくちばしやイカの目のレンズ(水晶体)、複数の寄生虫、そして他の生物の一部らしきものが見つかりました。
(DOC 海洋科学顧問オウギハクジラ専門家アントン・ファン・ヘルデン氏)
複数の胃は、消火の効率化として牛などにもみられるが、実は同じ哺乳類であるクジラ類も、多くが牛と同様の4つの胃を持っている。
さらにバハモンドオウギハクジラと同科のアカボウクジラ科のツチクジラなどは、なんと13もの胃をもつそうだ。
そのため、この胃の多さがバハモンドオウギハクジラのみの特徴にはならなそうだが、謎ばかりのこのクジラの情報がこれでまた増えたことになる。
さらにヘルデン氏はこのクジラの体の構造などから、こんなことも見つけたそうだ。
摂食や音の発生に関する興味深い構造も発見しました。さまざまな筋肉や臓器の重量、測定などの記録ができたので、関連する種との比較に役立ちます。
この標本から今回得たすべてのものが、私たちが構築する知識体系に加えられます
文化的にも意義がある研究に
このクジラが漂着した浜辺は、先住民であるマオリ族が住むオタゴ地域にあった。そこから今回の解剖研究は、科学者とニュージーランドの先住民とが共同で進めたんだそう。
珍しいクジラの謎に迫る貴重な体験は、マオリの若者たちが主導する文化的にも意義深いものになったそうだ。
私たちにとって重要なのは、この希少な種について学び、それをマオリの知識にあてはめながら共有し合い、このタオカにふさわしい敬意を示すことです
(オタゴ地方マオリ部族の代表組織の議長、ナディア・ウェズリー・スミス氏)
進化や生態、行動への理解が深まる
なおマオリ語のタオカ(taoka)とは、「宝物」を意味し、特定の動物や物に対して使われるそうだ。
その後、バハモンドオウギハクジラには、マオリの人々からあらためて「Ōnumia(オーヌミア)」という名前が贈られた。
その名は、このクジラが打ち上げられた、伝統的な地域名にちなんだもの。このような命名はマオリの文化や伝統に基づいたもので、特別な敬意を示すものだ。
今回の解剖では、バハモンドオウギハクジラの進化や生態、行動などについての新たな理解が深まったという。
今まで幻に近い生物だったバハモンドオウギハクジラは、今のところ保護対象には含まれていない。だが、こうした知識が他の種との区別や、将来的な保護活動に役立つことが期待されている。
References: First Dissection Of The World’s Rarest Whale Reveals They Have 9 Stomach Chambers / バハモンドオウギハクジラ / WHALE WONDERS: 13 INTERESTING WHALE FACTS
大きさでクジラかイルカか分けるけど、これは見た目イルカよね
哺乳類の皮膚でも銀色になるんだ。構造色が気になる