もしあなたが無人島に本を一冊持っていけるとしたら。
前々回ご紹介した佐藤善博さんの巨峰が届きました。
すげーおいしいです! マイクル・コナリーの『転落の街』上下巻を読みながら
ひと房一気食いしました。巨峰の果汁がついて本がヘロヘロになったけど
文庫本だからいいや。どうせ自分しか読まないし。
『華氏451度』って小説があるでしょう。
レイ・ブラッドベリが1954年に書いた「本が禁じられた世界」の物語。
わたくしは本よりも先にフランソワ・トリュフォー監督の映画を見たのだが、
大量の本が燃やされるところと(本が発火する温度が華氏451度らしい)、
ラストシーンで主人公が一冊の本になるところしか覚えていない。
物語の世界では本を持っていることが罪になるので、
本を愛する人々は自分が愛している本を一冊選び、
それを丸暗記して、自分がその本になる。
その人が死ぬときは、誰かに口伝で伝える。
その人が代わりにその本になる。
人々は名前ではなく本のタイトルで呼ばれていた気がするが、
娘のころに見たきりなので気のせいかもしれない。
映画を見たとき、そんなに愛せる本に出会えるだろうかとわたくしは思った。
わたくしは当時太宰治にかなり入れ込んでいて太宰治を愛していたが、
自分が太宰治の本になるところは全く想像できなかった。
なぜだろう。オバサンになったらキライになるとわかっていたのかもしれない。
今は太宰治は全く読む気がしない。持っていた文庫本は全部捨ててしまった。
先日またメソメソした文章が出てきて、もっと読む気がなくなったのは
作品ではなく「人」としてどうかとか評価しちゃってるからだ。
愛しすぎてそうなってしまったのかもしれない。
それはともかく。
一冊だけ。
自分にとってものすごく大切な本があるとしたらなんだろう?
わたくしはこの考えにずいぶん長いこと取り憑かれていて、
最近ようやく「この2冊しかない!!!」というしぼりこみに成功した。
どちらも出会ったのは数十年前で、今も大切に本棚にしまってある。
その本のタイトルは以下である。
1.『香水』パトリック・ジュースキント著・文藝春秋刊
現在は文庫で出ているもよう。
『香水』は海外では有名な小説だが、日本ではイマイチだった。
しかしダスティン・ホフマンとか007のQ、ベン・ウィショーが出た
『パフューム』という悲しい映画を知ってる人はいるのでは。いないかな。
小説の、大切ではあるがちょっと冗長な部分を整理した映画版は、
なーるほどーこういう解釈ができるのか! 気づかんかったーと感心した。
何よりもわたくしの愛する故・アラン・リックマンさまが
『パフューム』に出ていたのだ。わたくしは小躍りして初日に行ったが、
客はほとんど入ってなかったがそれはまあいいか。
『香水』はわたくしの香りに対する考え方を変えた小説である。
『香水』前のわたくしと『香水』後のわたくしは明らかに変わり、
本棚にアロマセラピー、香り、嗅覚等の本が並ぶきっかけになった。
それが現在の共生微生物や皮膚常在菌への興味につながっている。
だからと言ってパトリック・ジュースキントの書くものが好きで
次々に買ったかというとそんなことはないのが不思議だ。
このあたりが、旧・太宰治や現・マイクル・コナリーみたいな
「作者が好きだから書くもの全部好きっ!!!」ってのとは違うのだ。
本を愛するってのはそういうことなのかもしれない。
2.『美食術』ジェフリー・スタインガーデン著 文藝春秋刊
現在は『すべてを食べ尽くした男』(文春文庫)で売られている。
ヴォーグに連載していたコラムを書籍にしたものなのだが、とにかくおもしろい。
ちなみにジェフリー・スタインガーデンはアメリカ版「料理の鉄人」の
審査員になっていたらしい。経歴を見たらエライ人である。
『美食術』には、フライドポテトが一番おいしいファストフード店はどこかとか、
油脂は何(昔ながらの馬の脂で揚げるため馬の脂を探すところから始まる)
で揚げるとおいしいのかとか、売ってるケチャップを全部食べてみたり
キャンベルのスープ缶の裏にかかれているレシピを全部作ったり、
どのエスプレッソマシンが一番おいしいエスプレッソを入れられるか実験したり
(ちなみにネスプレッソはカプセル内のコーヒーのg数が少ないという評価)、
食べものに関するさまざまな冒険がユーモアあふれる文章で綴られている。
そしてこの本もわたくしに大きな影響を与えた。
今の自分があるのはこの本のおかげだ。
何度読んでもちっとも飽きないし毎回笑える文章がすばらしく、
こんな文章を書きたい!! と、わたくしは思った。
そういう意味でも影響を受けているはずだ。
どちらの本も全く飽きず、読むたびに愛は深まりどんどん好きになる。
「愛すべき本」というのは、きっといつ読んでも発見があるのだ。
わたくしは老眼になってから本に対する愛情が急激に薄れ、
ここ数年、読まない本は全部整理して捨ててしまった。
とは言っても本棚には好きな本がまだまだ大量に詰まっている。
そのなかで、ほんとうに好きな本は? と言われたら、
わたくしは上記の2冊を迷わず挙げる。それ以外には考えられない。
わたくしは娘のころそんなことが可能だろうかと訝しんでいた
「自分がなってもいい本」に出会えたのだ。
なんというしあわせ、ではありませんか?
しかしわたくしは2冊のうちどちらかは選べないので、
誰かに「無人島に1冊だけ本を持っていくとしたら」と尋ねられたら
「おやつは持っていかないから2冊にして」と答えるつもりだ。
本のない世の中なんて、つまらない。
愛せる本に出会えてますかしら? みなさま。
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