1
AKB48渡辺麻友とJKT48センディ

JKT48センディ:ダンドゥットは私の誇り

JKT48はメンバーそれぞれが長所とユニークさを持ち合わせている。歌だけではなく、ダンス、演技、モデルといった分野で才能を発揮するメンバーもいる。そうした中でボーカルの面で目立つメンバーの1人がセンディ・アリアニだ。

1993年8月12日生まれのセンディはポップミュージックだけではなく、ダンドゥットや中国歌謡といったジャンルにも精通していることで知られている。JKT48加入以前から、センディはそれら2つのジャンルでキャリアを重ねてきた。「LangitBerita」は7月29日月曜日のJKT48アチェ震災復興チャリティイベント終了後、センディに簡単なインタビューを行なった。詳細は以下のとおり。
センディは幼稚園の頃から歌に興味を示していた。その頃は中国語の歌をよく歌っていた。中国語の歌を好んだ背景には家族的な要因がある。センディは祖父から中国系の血筋を引いているからだ。

ダンドゥットを知ったのは小学6年生のこと。この出会いにはユニークなエピソードがあるとセンディは言う。

「昔、町内で歌のコンテストがあって、始めは中華ポップスで出るように言われていました。ただ、(コンテストで)歌うとなると、(決勝へ進んでいたので)1位、2位、3位の取り合いになる訳で、そこで私はダンドゥットを歌うように言われたんです。ちょうどイヌール・ダラティスタが活躍していた頃で、私は小学6年生でした」とセンディは話を始めた

「そこから私は勉強を始めたんです。ダンドゥットってどういうものなんだろうって。当時はまだ『ビブラート』というものができませんでした。もっとも今でも勉強中ではありますが。ダンドゥットを勉強し始めると、周りの人たちが私はダンドゥットに向いているよと言ってくれたんです」とファンやJKT48メンバーから「ダンドゥットの女王」と呼ばれるセンディは話を続けた。

当時のセンディと同年代の子供たちはダンドゥットを時代遅れやダサいものとみなすことが多いのだが、彼女は自分なりの考えを持っていた。このインドネシア生まれの音楽に真剣に取り組むことでモチベーションを得てきたのだという。

「当時の私くらいの子供たちって、ダンドゥットを見たら大抵は『ええ、何なのこれ?』って言うと思うんです。でも、私は特に気になりませんでした。ダンドゥットというのはインドネシアの音楽ですから。ダンドゥットもポップもクロンチョンも(全てが同じ)音楽です。プロの歌手になりたければ、できなければなりません。私はそれをきっかけに勉強を始め、『どんなジャンルでも歌いこなしてやる』と思っていました」と、アチェの被災者のために思い出の時計を進んでチャリティオークションに提供したセンディ―は語った。

ダンドゥット音楽の世界に飛び込んだセンディだが、そこでは悲喜こもごもの様々な経験をしてきた。そうした経験を乗り越える上で、センディにとっては父親の存在が重要なものとなっていた。

「ステージ歌手になってからは嬉しいことも悲しいこともありました。あの頃はまだ車ではなく、よくバイクを使っていました。歌うように言われた時、雨に降られることもありましたが、お父さんはどんな時も私に付き添ってくれました。昼から夜まで私とずっと一緒にいてくれたんです。そして、悲しいことや時には嬉しいこともありました。どうしても歌えない曲があったのですが、歌手仲間に『これもできない、あれもできないって、あなたは本当に歌手なの?』と言われたこともありました。時には『私はまだ勉強中なんです』と答えたりもしていましたが。中には、歌の勉強を手伝ってくれた先輩の歌手もいました。昔は歌える曲がそれほど多くはなかったんです」

27名の他の参加者ともにJKT48のオーディションに合格したセンディはダンドゥット音楽から離れなければならなかった。だが、センディはこの点に関して驚きや苦労といったものを感じてはいない。JKT48に加入することで、ボーカルテクニックに磨きをかける上で新たな経験が得られるからだ。

「私はもともとポップジャンルの曲も歌っていたので、それに対する驚きはありませんでした。ただ、驚いたと言えば、ソロだけではなく、JKT48は大人数で歌うという事ですね。私はここで自分の声ばかりが目立たないように、みんなと合わせていくことを学びました。私たちはJKT48では、声を合わせるという事も含めて、みんなで力を合わせていかなくてはいけません。ひとりよがりではダメなんです。JKT48のメンバーがたくさんいるという事は、1人で突き進んではいけないという意味だと思っています」と大学の情報システム学科で学ぶセンディは語った。

センディにとって最も印象的な出来事のひとつが、彼女がダンドゥットを歌っていた頃の熱心なファンが、今はJKT48のファンとなり、これまでと変わらぬ声援を送ってくれていることだという。

「私が突然ダンドゥットの世界から姿を消してしまったので、『セン(ディ)、君はどこに行っちゃったの?』と尋ねる人もいました。私は昔使っていた携帯を失くしてしまったので、私のダンドゥットのステージをよく見に来てくれたファンがいたのですが、私のお父さんに連絡を取ったそうです。今ではJKT48のファンとして応援してくれています」とセンディは語った。

ダンドゥット歌手としての経験はセンディ自身が認めるように、JKT48メンバーとしての自身のキャリアを支える重要な土台となっている。だからこそ、センディはダンドゥット音楽に取り組んできたことに感謝しているのだ。

「ダンドゥットの歌手であったことを誇りに思っています。ダンドゥットの経験があったから、ポップジャンルの曲が歌えているんだと言ってくれる人もいますので。ポップの歌手がダンドゥットを歌うことは難しいです」