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2025.05.26

ドイツの徴兵制復活と2プラス4条約

 5月25日、ドイツのボリス・ピストリウス国防相が「2026年からの徴兵制復活の可能性」に言及した。この発言は、ドイツ連邦軍の兵力を2026年までに46万人(現役20万人、予備役26万人)に増強する目標を達成するための議論を再燃させるものだった。ピストリウスは、志願兵の確保が不十分な場合、徴兵制の再導入が不可避であるとも示唆した(Reuters、2025年5月24日)。これは、2011年に停止された徴兵制の復活を巡る議論が、具体的な政策として現実味を帯びてきたことを示す。
 ドイツは2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、軍事強化を加速させており、フリードリヒ・メルツ首相の「欧州最強の軍」構想(2025年5月14日施政方針演説)とも連動するものだ。ピストリウスの発言は、NATOの要求やロシアの脅威を背景に、ドイツの安全保障政策の転換点を象徴する。この発言はドイツ国内外で賛否両論を呼び、特に若年層を中心に反対意見が目立つ。

ドイツの状況変化

 2024年10月以降、ドイツの軍事強化計画は顕著に進展した。2024年10月17日のDW報道では、NATOの新海軍部隊設立が2プラス4条約に違反しないと明確に否定されたが、兵力増強(46万人目標)に関する議論は継続している。2024年12月、ドイツはリトアニアへの恒久的な旅団派遣を決定し、第二次世界大戦後初の海外軍事展開を実現した(BBC、2025年5月22日)。これは、NATOの東部戦線強化と連動した動きである。
 2025年3月には、ピストリウスが「兵役停止は誤りだった」と述べ、徴兵制復活の必要性を強調した。同月、Die Weltの調査で若者の61%が徴兵制に反対する一方、保守層や中高年層の支持が確認された。5月22日には、メルツ首相が軍事インフラへの追加投資(GDP比1.5%)を表明し、国防費のGDP比3.5%と合わせ、軍事強化を加速させる方針を示した。
 この半年間、ドイツは安全保障環境の変化に対応し、軍の近代化と兵力増強を急ぐ一方、2プラス4条約の37万人制限との整合性が議論の焦点となりつつある。ロシアの脅威とNATOの圧力は、ドイツの軍事政策を大きく転換させている。

ドイツ国内世論の動向

 ドイツ国内の世論は、徴兵制復活と兵力増強を巡って明確に分裂している。Die Weltの調査(2025年3月27日)によると、18~29歳の若者の61%が徴兵制復活に反対し、コストや個人の自由への影響を懸念する声が強い。反面、保守派や安全保障を重視する層は、ロシアの脅威やNATOの要求を背景に、軍事強化を支持している。特に2022年の「転換点(Zeitenwende)」以降、国防費増額や軍の近代化を求める声は高まっている。
 そうしたなか、5月25日のピストリウス発言は、ソーシャルメディアでも議論を巻き起こし、反対派からは「徴兵制は時代遅れ」「社会福祉に予算を優先すべき」といった意見が上がり、賛成派は「欧州の安全保障環境下では不可避」と主張した。戦後ドイツの歴史的な軍事アレルギー(第二次世界大戦の記憶)は依然として影響力を持ち、軍事強化に慎重な意見も根強く、この分裂は、ドイツ社会が安全保障と歴史的責任の間で揺れる現状を反映している。

プラス4条約違反の可能性

 原則的な問題がある。1990年の2プラス4条約は、ドイツ統一を規定し、統一ドイツの連邦軍を37万人に制限した(第3条)。しかし今回提案されている46万人目標は、この上限を9万人超えるため、条約違反の可能性が指摘されている。過去には、NATOの核共有協定に基づく米国の核兵器配備が、条約の「核兵器非保有」の約束に抵触するとの議論もあった。
 しかし現状、大手メディアでは、46万人目標が条約に違反すると断定する報道は少なく、専門家の意見として「抵触の可能性がある」とされるにとどまっている。。ドイツ政府は、条約の解釈や現在の地政学的状況での有効性について、公式な見解をまだ示していない。戦勝国(米国、英国、フランス、ロシア)との協議や条約の見直しが必要な場合、そのプロセスは外交的緊張を引き起こす可能性がある。特にロシアは、ドイツの軍事強化を牽制する立場を取る可能性が高い。

今後の展望

 ドイツの兵力増強と徴兵制復活の議論は、今後数年間でさらに具体化するだろう。ピストリウスの発言を受け、2026年の徴兵制導入に向けた具体的な法案や計画が2025年中に提示される可能性がある。46万人目標の達成には、志願兵の確保が鍵となるが、現在の志願者不足(現役約17.9万人、予備役約3.4万人)が続けば、徴兵制復活は現実味を増す。
 2プラス4条約の抵触問題は、ドイツ政府がどのように国際世論に対応するかにかかっている。条約の見直しや戦勝国との協議が進めば、外交的な波紋が予想される。特にロシアとの関係は、ウクライナ情勢と絡み、複雑化する可能性がある。一方で、NATOの圧力や欧州の安全保障環境は、ドイツに軍事強化を迫っており、このジレンマは今後も議論を呼ぶだろう。
 世論の分裂は、政策決定に影響を与える。若者の反対が強い中、政府は徴兵制の形式(例:選択的徴兵や短期訓練)や国民への説明を慎重に進める必要がある。メルツ首相の「欧州最強の軍」構想は、国内の支持と国際的協調のバランスをどう取るかが課題となっている。



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