2024・12・21(土)ヴェルディ:「ファルスタッフ」
神戸文化ホール 大ホール 2時
山陽新幹線の新神戸駅から地下鉄で3つ目、大倉山駅の傍にある神戸文化ホール。その開館50年記念行事のひとつが、この「ファルスタッフ」上演だ。
同ホール専属の神戸市室内管弦楽団(音楽監督・鈴木秀美)と神戸市混声合唱団(音楽監督・佐藤正治)とを中心として企画されたものだ。専属オケと専属コーラスの両方を持っているホールは日本ではウチだけだ、とホールのスタッフは豪語する。
今回の指揮は佐藤正浩、演出は岩田達宗、舞台美術は松生紘子。歌手陣は、黒田博(ファルスタッフ)、老田裕子(フォード夫人アリーチェ)、福原寿美枝(クイックリー夫人)、内藤里美(ナンネッタ)、林真衣(ページ夫人メグ)、西尾岳史(フォード)、小堀勇介(フェントン)、谷口文敏(カイウス)、福西仁(バルドルフォ)、松森治(ピスト―ラ)。他に黙役として、森本絢子(ファルスタッフの小姓ロビン)、福島勲(ガーター亭の主人)、貞松・浜田バレエ団の子供たち8人が出演していた。
オペラの舞台上演に手を染めるのはこれが初めて、という神戸文化ホールのオリジナル制作プロダクションだが、全軍突撃とでもいうような制作体制の甲斐あって、極めて水準の高い上演が実現していた。たとえ今後オペラをしばしば上演して行くという方針ではないにしても、このホールが出した成果は賛辞に値するだろう。
成功のひとつは、演奏水準の高さだ。佐藤正浩の指揮する神戸市室内管弦楽団は、ピットの中で活気にあふれた音楽を生み出した。2階席正面最前列で聴くと、金管楽器群と打楽器群がかなり出過ぎる傾向が感じられたが、これはしかし1階席でならまた異なった印象を生んだのではないか。
彼の指揮は、今回も明快で、このオペラを生き生きと再現してくれた。欲を言えば第3幕で、登場人物たちが入り乱れる各場面の音楽の対比━━音楽の性格が絵巻物のように移り変わって行くあたりを、もう少し際立って描き分けていてくれたらと思うが‥‥。
歌手陣も安定していて、アンサンブル・オペラの性格も強いこの作品での歌唱としては、聴きやすいバランスを示していたと言えるだろう。
題名役の黒田博は以前の二期会公演の時と同様に貫禄充分だが、今回は第2幕と第3幕に重点を置いたかのような歌唱を聴かせていた。ゴミ屋敷のようなガーター亭の妙な階段を上がったり降りたりするのは、あの肥満の扮装では大変だったと思うが、それもあってか、演技の面では前回のような際立った存在感は少々薄くなっていたかもしれない。
その他の歌手陣でとりわけ印象づけられたのは、まずフェントン役の小堀勇介で、先月の「連隊の娘」に続き今回も快調、第3幕冒頭では伸び伸びとしたテナーを聴かせてくれた。
クイックリー夫人の福原寿美枝の怪演ぶりも相変わらず迫力充分で、左手首の骨折治療中という体調を克服して見事な歌唱と演技を展開していた。彼女は何をやっても凄味を利かせる人だが、来年4月の「仮面舞踏会」の不気味な女占師役など、さぞ面白かろうと期待している。
岩田達宗の演出は、やはりご当地向けというのか、冒頭の音楽開始前に関西弁の寸劇を挿入したり、特に小姓や従者たちの動きを目まぐるしくして喜劇的な効果を強調したりしていたのは、なるほどね、という感。ちょっと動きが騒々しい趣もあったけれども、ただ小姓ロビンをファルスタッフの性格の側面、あるいは内面を異なった側面から表現する役割として設定していた(ように見えた)ところは、実に巧いアイディアだと思える。
それに加え、ラストシーンでファルスタッフが全員を己のペースに巻き込み、「この世は全て道化」とばかり「勝利宣言」をする瞬間に舞台装置を一回転させ、背景をファルスタッフの本拠たるガーター亭に戻すという設定も、この物語の本質を象徴して、極めて興味深い演出といえるだろう。
なおこの幕で、ファルスタッフが一同からさんざん虐められる場面に、蜂の子のような扮装をしたバレエ団の子供たち8人をして彼を突っつかせる役割を持たせたのは可愛らしく、観客からも好評だったようだ。
合唱団の演技は、ちょっと不器用だ。だが考えてみるとこの合唱団は、これまではずっとオラトリオやミサなどを舞台上で、直立不動で歌っていた人たちだったのだっけ? だとすれば、よくやっていたと言わなくてはなるまい。
20分の休憩2回を含み、5時10分終演。
※一部、お名前の間違いを訂正しました。大変失礼いたしました。
山陽新幹線の新神戸駅から地下鉄で3つ目、大倉山駅の傍にある神戸文化ホール。その開館50年記念行事のひとつが、この「ファルスタッフ」上演だ。
同ホール専属の神戸市室内管弦楽団(音楽監督・鈴木秀美)と神戸市混声合唱団(音楽監督・佐藤正治)とを中心として企画されたものだ。専属オケと専属コーラスの両方を持っているホールは日本ではウチだけだ、とホールのスタッフは豪語する。
今回の指揮は佐藤正浩、演出は岩田達宗、舞台美術は松生紘子。歌手陣は、黒田博(ファルスタッフ)、老田裕子(フォード夫人アリーチェ)、福原寿美枝(クイックリー夫人)、内藤里美(ナンネッタ)、林真衣(ページ夫人メグ)、西尾岳史(フォード)、小堀勇介(フェントン)、谷口文敏(カイウス)、福西仁(バルドルフォ)、松森治(ピスト―ラ)。他に黙役として、森本絢子(ファルスタッフの小姓ロビン)、福島勲(ガーター亭の主人)、貞松・浜田バレエ団の子供たち8人が出演していた。
オペラの舞台上演に手を染めるのはこれが初めて、という神戸文化ホールのオリジナル制作プロダクションだが、全軍突撃とでもいうような制作体制の甲斐あって、極めて水準の高い上演が実現していた。たとえ今後オペラをしばしば上演して行くという方針ではないにしても、このホールが出した成果は賛辞に値するだろう。
成功のひとつは、演奏水準の高さだ。佐藤正浩の指揮する神戸市室内管弦楽団は、ピットの中で活気にあふれた音楽を生み出した。2階席正面最前列で聴くと、金管楽器群と打楽器群がかなり出過ぎる傾向が感じられたが、これはしかし1階席でならまた異なった印象を生んだのではないか。
彼の指揮は、今回も明快で、このオペラを生き生きと再現してくれた。欲を言えば第3幕で、登場人物たちが入り乱れる各場面の音楽の対比━━音楽の性格が絵巻物のように移り変わって行くあたりを、もう少し際立って描き分けていてくれたらと思うが‥‥。
歌手陣も安定していて、アンサンブル・オペラの性格も強いこの作品での歌唱としては、聴きやすいバランスを示していたと言えるだろう。
題名役の黒田博は以前の二期会公演の時と同様に貫禄充分だが、今回は第2幕と第3幕に重点を置いたかのような歌唱を聴かせていた。ゴミ屋敷のようなガーター亭の妙な階段を上がったり降りたりするのは、あの肥満の扮装では大変だったと思うが、それもあってか、演技の面では前回のような際立った存在感は少々薄くなっていたかもしれない。
その他の歌手陣でとりわけ印象づけられたのは、まずフェントン役の小堀勇介で、先月の「連隊の娘」に続き今回も快調、第3幕冒頭では伸び伸びとしたテナーを聴かせてくれた。
クイックリー夫人の福原寿美枝の怪演ぶりも相変わらず迫力充分で、左手首の骨折治療中という体調を克服して見事な歌唱と演技を展開していた。彼女は何をやっても凄味を利かせる人だが、来年4月の「仮面舞踏会」の不気味な女占師役など、さぞ面白かろうと期待している。
岩田達宗の演出は、やはりご当地向けというのか、冒頭の音楽開始前に関西弁の寸劇を挿入したり、特に小姓や従者たちの動きを目まぐるしくして喜劇的な効果を強調したりしていたのは、なるほどね、という感。ちょっと動きが騒々しい趣もあったけれども、ただ小姓ロビンをファルスタッフの性格の側面、あるいは内面を異なった側面から表現する役割として設定していた(ように見えた)ところは、実に巧いアイディアだと思える。
それに加え、ラストシーンでファルスタッフが全員を己のペースに巻き込み、「この世は全て道化」とばかり「勝利宣言」をする瞬間に舞台装置を一回転させ、背景をファルスタッフの本拠たるガーター亭に戻すという設定も、この物語の本質を象徴して、極めて興味深い演出といえるだろう。
なおこの幕で、ファルスタッフが一同からさんざん虐められる場面に、蜂の子のような扮装をしたバレエ団の子供たち8人をして彼を突っつかせる役割を持たせたのは可愛らしく、観客からも好評だったようだ。
合唱団の演技は、ちょっと不器用だ。だが考えてみるとこの合唱団は、これまではずっとオラトリオやミサなどを舞台上で、直立不動で歌っていた人たちだったのだっけ? だとすれば、よくやっていたと言わなくてはなるまい。
20分の休憩2回を含み、5時10分終演。
※一部、お名前の間違いを訂正しました。大変失礼いたしました。
コメント
前投稿について、今回のソリストの内では、黒田氏、小堀氏に加え、福西氏も混声の在団歴はないようで、氏はびわ湖ホール声楽アンサンブルの方の在団歴がある方のようなので、訂正、お詫びしたい。また、東条氏の本稿では、竹内文敏とあるのは、テノールパートリーダーの谷口文敏だと思うので、ご報告申し上げたい。
びわ湖、神戸の2団体、共に疑いなく関西の音楽シーンに欠かせない存在だし、関東の知人によれば、関東には、このような自治体による声楽のプロ団体がなく、立ち上げの必要性を説く人も、まだ少ないようである。今後の変化が望まれると思う。
びわ湖、神戸の2団体、共に疑いなく関西の音楽シーンに欠かせない存在だし、関東の知人によれば、関東には、このような自治体による声楽のプロ団体がなく、立ち上げの必要性を説く人も、まだ少ないようである。今後の変化が望まれると思う。
とりわけ、混声でも多くのコンサートで親しませていただいた、福原氏の歌唱力、そして、困難な状況の中でも、素晴らしい演技を繰り広げておられたことには、大変、感動させていただいた。
演出の面でも、一つ一つのジェスチャーから立ち位置まで、岩田氏のアイデア、考えがきめ細かく行き届いていて、縦に、横に広々と、シーンにより、中心に集中させるなど総合力満載、とりわけ、東条氏ご指摘?の合唱団の森の演技の部分などは、主観で恐縮だが、夏の夜の夢やマクベスの大詰の所を彷彿とさせるなど、芝居を知り尽くした岩田氏の力を存分に拝見できたことと思う。
企画面でも先月上旬には、プレ企画でカヴァーの方々が歌う機会を拝見したが、これも演奏内容はもちろん、いろいろな意味で有効であったと思う。
次のオペラ企画が早くも待ち遠しい次第である。