2025-01

2012・2・4(土)ラ・フォル・ジュルネ(11)
マキシム・パスカル指揮アンサンブル・ル・バルコン

   サル・チェーホフ  夜10時15分

 権代敦彦の委嘱新作も初演されるコンサートということで、われわれ日本人取材班はどっと押しかけたのだが、――コンサートの中で良かったのは彼の作品のみ。

 その「新作」は、ラ・フォル・ジュルネからの委嘱で、公式プログラムには「チェルノブイリ及びフクシマの悲劇に云々」と記載されているが、その後「クロノス~時の裂け目」というタイトルに決定している由。静謐で清澄な美をもつ落ち着いた小品である。
 音楽の性格もさることながら、その作品のコンセプトからして、特に5月の日本での「ラ・フォル・ジュルネ」では、ロシアと日本に共通する悲劇をテーマにした作品ということで、ある意味での象徴的な存在になり得るだろう。

 1曲目にこれが演奏された時には、感動的でいいコンサートになりそうな感じだったのだが、そのあとがいけなかった――。

 2曲目に演奏されたのは、リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」で、小編成のオーケストラのために編曲されたもの。
 アレンジ自体はすこぶるよく出来ていると思うし――音色の変化で勝負する傾向の強いこの曲から、よくそのエッセンスを抽出したものだと感心したが――全曲ノーカットで演奏するとは思わなかった。そのあとにストラヴィンスキーの「きつね」が置かれている長いプログラムだったから、尚更である。
 しかし、アンサンブル・・ル・バルコンという室内オケの演奏もしっかりしているし、若いコンサートミストレスのソロも安定して、それなりにいい演奏で、聴きやすかったことは事実である。

 さて、そのあとの「きつね」の上演が、愚劣極まる。狐の尻尾をつけたり、雄鶏や猫の扮装をした男女数人が騒々しい奇声を発しながらプロレス(ごっこ?)を延々とやるだけ、という読み替え演出だ。その発想の貧困さにうんざりしているところへ、最後は歌手やオーケストラのメンバーも加わっての大乱闘と来る。
 歌手の声に使われたPAの大音量はオーケストラの演奏をも掻き消し、堪えられないほどうるさい。こんなグロテスクな上演の前では、われらの権代敦彦の新作の存在も何処へか吹っ飛んでしまった。

 後半のプログラムに唯一意味があったとすれば、まずストラヴィンスキーの師匠だったリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」を格調高く演奏し、休憩後にその曲のヴァイオリン・ソロの冒頭2小節ほどをコンミスがグロテスクに演奏し始めた途端、客席後方からけたたましく乱入したプロレス・グループが「新時代の」弟子ストラヴィンスキーを猥雑に標榜する――といった、歴史の流れを浮き彫りにしようというコンセプト(らしいが)だろう。

 これに比べれば、去る年にエクサン・プロヴァンス音楽祭でロベール・ルパージュが演出した「指芝居の影絵」による「きつね」の舞台の、なんと詩的で幻想的なユーモアに飛んでいたことであろう!
 
 倉庫だか工場だかを利用した会場の暑さもあって(但し、音響効果は意外と良い)いっそ来なければよかった、とさえ思えるようなコンサートになった。
 終演は夜中の12時。ほうほうのていで会場を逃げ出せば、外は降り積もる雪。

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