自動車研究家“山本シンヤ”が聞いた「MORIZOがニュル24時間へ挑む理由」

第5回:トヨタのドライビングドクター成瀬弘氏が考える「クルマづくりと人材育成」とは

モリゾウのドライビング技術の師匠である成瀬弘氏

 成瀬弘氏が2010年6月23日に、ニュルブルクリンク近郊の一般道でレクサスLFAニュルブルクリンクパッケージの開発テスト中の事故で亡くなる2か月前、4月17日~18日に東京お台場のメガウェブで開催された「MEGA WEB FESTA by 6 CARMAGAZINES」にフラッと立ち寄ってくれた。ここで3時間にわたるロングインタビューを行なったが、恐らくこれが第三者が聞く成瀬氏の最後のインタビューだと思う。

 筆者のPCには、この時録音したインタビューの書き起こしファイルが3つある。今も大事に保存しているが、今回はこの連載テーマにもつながる「クルマづくりと人材育成」についての“成瀬節”をお届けする。


山本シンヤ:成瀬さんがトヨタとレクサスのさまざまなモデルに関わってきたと思いますが、成瀬さんにとってクルマの「味」はどのようなものだと考えていますか?

成瀬弘氏:よく「トヨタの味は?」「成瀬さんの味は?」と聞かれますが、実は決まった味はありません。なぜなら、LFAはLFA、スープラはスープラ、ワンボックスはワンボックスと、すべては材料で決まってしまうから。

山本シンヤ:つまり、明確な基準はないわけですね?

成瀬弘氏:強いていえば「材料を100%活かす」、言葉を変えると「そのクルマの理想を目指す」だと思っています。味はすべて材料で決まる。うどんを持ってきて「これを蕎麦にしてくれ!!」は無理でしょ(笑)。チューニングメーカーからさまざまな部品が売られていますが、そりゃ合うはずがない。彼らはうどんを無理して蕎麦にしようとしているだけなので……。

山本シンヤ:成瀬さんが責任を持って出すクルマは、結果として「トヨタとして自信の味」だと?

成瀬弘氏:そういうことかな? 要するにバランスが重要だということです。サーキットだけ速いクルマなんて子供でもできますから(笑)。

山本シンヤ:では、成瀬さんにとっての「理想のクルマ」とは、どのようなものでしょうか?

成瀬弘氏:「このクルマ、もう1回乗りたいな」と直感的に思ってもらえるクルマですね。例えばレストランに行って「おいしい!!」と感じる時って、「どこがおいしい」じゃないでしょ?

山本シンヤ:確かにそうですね。

成瀬弘氏:「ここはうまいぞ!!」、「1万円を払ってもいいよ」と思わせる味を出すことが、僕の考えるクルマの理想に近いかな。

山本シンヤ:その実現のためには、数値では見えない感覚や官能の部分も重要になると……。

成瀬弘氏:数値は“結果”でしかなく、それよりも自分たちの重ねてきた“経験”のほうが大きい。1ついえるとしたら、「いいモノは味が出る」。味は数値では表せないでしょ?

山本シンヤ:その経験はどのように培ったのでしょうか?

成瀬弘氏:僕がこの仕事を始めた時、「クルマのことは分からないけど、見たら分かる人間になりたい」と思いました。そのためには走り込む必要がある、そのためには「多くのモノを見る必要がある」「さまざまな場所に行く必要がある」と思い、実践してきました。すると、いろいろなモノが見えてきました。その結果、僕はクルマを見て「ここはおかしい」と思ったり、いえたりするわけです。決して天性のものではなく、すべては経験がそうさせただけなんです。

山本シンヤ:では、成瀬さんはどのような目線でクルマを開発しているのでしょうか?

成瀬弘氏:僕は「こういうクルマを作る!!」と思ったことは1度もありません。常に意識しているのは、買っていただくお客さまのこと。

山本シンヤ:つまり、常にユーザー目線だと?

成瀬弘氏:お客さまは、われわれを信じて買ってくれるので、僕はどのクルマでも魂を込めてやっています。本気で取り組むからこそ妥協はできません。クルマって生き物なんです。計算したら「ダメならダメ」という答えしか出てきませんが、「これが違う」「ああじゃないよ」と対話していくと違った答えが出てきます。要するに感情があるんですね。だから、僕はテストドライバーではなく評価ドライバー、カッコ良くいえば「ドライビングドクター」かな!? クルマを健康状態でお客さまに届けるのが僕の仕事です。

山本シンヤ:ドライビングドクターになるには、何が必要なのでしょうか?

成瀬弘氏:正しい走りをして、正しい判断ができること、クルマからの情報を聞き取れること、その情報を言葉にして伝えられること。つまり「できる・わかる・いえる」の3つができる人ですね。

山本シンヤ:ただ、成瀬さんのような感覚を数値に置き換える必要もあります。

成瀬弘氏:われわれはこう感じるけど、データはそう示さない。でも、そこをすり合わせていくことが大事で追いかけっこだと思っています。日本とドイツの違いは、ドイツは「実践で走ってから計算」の繰り返し、だから良いモノが計算でもできる。でも、日本はまだ計算が先行していて実践が足りませんね。

山本シンヤ:だから、成瀬さんのような人材がトヨタにもっと必要だと思います。

成瀬弘氏:だから人材育成が大事なんです。人が鍛えられると、クルマも自然と良くなりますから。ちなみに僕はLFAの専属ではなく、他のクルマもちょろちょろとやっています。例えばiQの限定車(=GAZOO Racing tuned by MN)やMR-Sのハイブリッド4WD(=GRMNスポーツハイブリッドコンセプト)などもやっています……。

2009年に出た「iQ “GAZOO Racing tuned by MN”」

2009年に出た「iQ “GAZOO Racing tuned by MN”」

2009年に出た「iQ “GAZOO Racing tuned by MN”」

山本シンヤ:GRMNスポーツハイブリッドコンセプトは量産も視野に入っているのでしょうか?

成瀬弘氏:それは秘密(笑)ですが、キッカケは「人材育成」でした。MR-SのGRMNは、これからはエコが大事→トヨタにはプリウスがある→だったらハイブリッドのスポーツカーを作ってやろう……と。ただ、普通にやっても面白くないので、若い奴にモノづくりを教えながら進めていこうと考えました。

山本シンヤ:まさに「技術の伝承」というわけですね?

成瀬弘氏:世にないモノを一から作り上げたほうがより鍛えられる。その他にもアイゴをベースにしたFR(=GRMN FRホットハッチコンセプト)も作りましたが、考えは同じ。

GRMN FRホットハッチコンセプト

2BOXボディというホットハッチをコンセプトに、1.5リッターエンジンをフロントに縦置きに搭載し、スポーツドライビングやチューニングを誰もが気軽に楽しめることを目指したモデル

山本シンヤ:ちなみに成瀬さんは今も現場でトンカンやっているんですか?

成瀬弘氏:もちろん、自分で切ってやっていますよ。ただ、何の計算もせずに自分の経験だけを信じて進めています。

山本シンヤ:コンピューターは全く使わず?

成瀬弘氏:でも、僕のカン(勘)ピューターは入っているので、あるべき姿は外していません。

山本シンヤ:この2台、東京オートサロンでお披露目されて反響も高いです。

成瀬弘氏:そもそも人材育成のために作っただけでしたが、ショーの担当者から「何かありませんか?」と聞かれ「あるよ」と。ただ、お披露目したことで反響を見られたのは良かった。「こんな反響があるなら作ろうか?」と発展しますから。そこから先は若い人がやってくれればいい。

山本シンヤ:成瀬さんの頭の中には、まだまだそんなアイデアがたくさんあるわけですね?

成瀬弘氏:そうね。もちろんLFAもここで終わりじゃないですよ。僕個人的にはレーシングカーもやっているので、「これにナンバー付けたら面白くないかな?」って。まさにお金持ちのお遊び道楽のためのクルマ(笑)。どうせなら、夢は大きく持たないとね。

山本シンヤ:アイデアを絵に描いた餅に留めないところが、成瀬さんらしいですね。

成瀬弘氏:本当の教育ってそういうことだと思いますよ。与えられた教材をばらして組み立てるだけでは、人は成長しないし育ちません。よく「何でこの年までできるの?」と聞かれますが、やっぱり夢だからです。夢は見るものじゃなくて追いかけるもの、どんどん大きくしていくものだと思ってます。残念ながら今の若い人は「俺はこうなりたい!!」ではなく「与えられたモノでいいや」って人が多い。そうじゃないよ……と。

2010年1月に「東京オートサロン2010」にて発表したオープンミッドシップ・ハイブリッドの「GRMN SPORTS HYBRID」

GRMN SPORTS HYBRID

GRMN SPORTS HYBRIDのコクピット

山本シンヤ

東京工科自動車大学校・自動車研究科卒業。自動車メーカーの商品企画、チューニングパーツメーカーの開発を経て、いくつかの自動車雑誌を手掛けた後、2013年にフリーランスへと転身。元エンジニア、元編集者の経験を活かし、造り手と使い手の両方の気持ちを分かりやすく上手に伝えることをモットーにしつつ、クルマの評論だけでなく経済からモータースポーツまで語れる「自動車研究家」として活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員、ワールド・カー・アワード選考委員、日本自動車ジャーナリスト協会会員。YouTubeチャンネル「自動車研究家 山本シンヤの現地現物」も運営中。