生成AI(人工知能)はあらゆるビジネスとビジネスパーソンにとって必須のテクノロジーになりつつある。DX(デジタルトランスフォーメーション)での後れを引きずる日本企業は、いかに起死回生を図ればよいのか。新刊『BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)から抜粋・再構成して解説する。第3回の筆者は、ボストン コンサルティング グループ(BCG)で生成AI領域の日本リーダーを務める中川正洋氏と、生成AI関連の先進プロジェクトを多く手掛ける金融グループのアジア太平洋地区リーダー、陳昭蓉氏。
投資規模が大きくならない悪循環
技術の進歩から企業での活用まで、生成AIに関するニュースは毎日のように報じられている。ただ、多くの日本企業では、使われ始めてはいるものの本格的な活用には至っていないのが実態だ。個人にアカウントを付与して利用を促進するような企業はあっても、企業全体でのイノベーションにつなげている例がまだ少ないのである。
BCGが2024年に実施した調査でも、生成AIを業務で使用する人の割合は管理職・従業員ともに15カ国中日本が最低だった。世界平均は管理職で56%、従業員で43%のところ、日本は前者が31%、後者が16%と顕著に低い。
経営層の割合が高いのは各国共通の傾向である。経営リーダーはビジネス戦略の観点から、生成AIを事業にどう活用できるかを理解するため、ChatGPTなどのツールをいち早く試していたことが関係しているようだ。
生成AIを含めたAIの業務での活用についても意識調査を行った。AIが仕事に与える影響に対する意識として「不安を感じている」をあげたのは日本が最多で28%。一方で「(効果を)確信している」と答えた割合は日本が最も低く、27%にとどまっている。
なぜ日本はAIに対してネガティブなのか。これにはいくつかの理由が考えられる。
まず、AI導入以前のDXが他国に比べて遅れている。DXを進めるにはそれに適した組織運営とインフラの整備が必須だが、その素地がまだ十分にできていない。
それを乗り越えても、業務体制が縦割りであることから投資規模が小さくなり、いまひとつ投資対効果を実感できていない場合が多い。生成AIに関心のある日本企業の多くは、個人にアカウントを発行したり、各事業部門に生成AIでの改革のアイデアを募ったりと、現場に使い道を見いだそうとする。
しかし、現場にアイデアを募っても、メールの返信や議事録の自動生成など目の前の仕事は効率化するものの、会社全体で働き方が根本から変わるほどの効率化には至らない。そのため生成AIで得られる実績は小さな改善のみとなり、「大したことはできないな」という感想のまま投資がなされない、という悪循環に陥る。
また、日本企業はあらゆる面で要求水準が高くミスが許されない風潮がある。社会全体でサービスのレベルが高いことに加え、人が行うサービスと比較し「機械が行うサービスは完璧にできて当たり前」という期待も根強い。顧客対応は、自然な対話を得意とする生成AIの強みが生きる領域の一つであるものの、ハルシネーション(もっともらしい誤答)リスクのある生成AIを導入するには乗り越えるべき基準が特に厳しく、なかなか現実的な活用にまで至らない。
「領域特化型」というチャンス
グーグルやマイクロソフトのようなメガテック企業が1兆パラメーター規模のモデル開発でしのぎを削り、GPU(大量の計算を同時に処理できるAI半導体)の大量確保やデータセンターの新設を進めるなか、日本としてそこに真っ向から戦いを挑むのはあまり現実的とはいえない。データの有限性や計算資源の不足といった懸念点も踏まえると、考えられるのはいままでのように汎用性が高い、あたかも優秀な大学生のようにあらゆる面に賢い生成AIではなく、領域に特化した専門家タイプ、かつ省エネモデルの開発である。
たとえば金融のデータを重点的に学習させて、特定の用途に合わせてチューニングすれば、金融領域のプロと呼べるモデルができあがる。大規模化を追求するこれまでの進化の延長線上ではなく、領域ごとに細分化されたモデルを使い分けたり、他のテクノロジーと組み合わせたりといった方向に展開していく可能性がある。
実際に、大規模言語モデル(LLM)よりパラメーターの小さい小規模言語モデル(SLM)がにわかに注目を集めている。国内では、グーグル出身の著名なAI研究者が日本で設立したスタートアップ「Sakana(サカナ)AI」が、日本語など特定の言語に対応したSLMを開発している。
経済産業省も領域特化モデルに勝機を見いだすべく、国内の基盤モデル開発力の底上げと企業の創意工夫を促進するため、「GENIAC(ジー二アック)」を立ち上げた。計算資源の提供、利活用企業やデータホルダーとのマッチング支援、グローバルテック企業との連携支援やコミュニティイベントの開催、開発される基盤モデルの性能評価など、多岐にわたる活動を進めている。
現時点で、「どちらが勝つか」の答えは見通せない。汎用モデルが領域特化モデルを駆逐してしまうシナリオも考えられるし、領域特化でなければ対応できない場合がどうしても出てくることも考えられる。両方がうまく併存するシナリオもありうるだろう。
他のテクノロジーとの組み合わせという方向では、生成AIとの組み合わせを前提に、調理や家事、介護などを代行・支援するロボットの開発も、国内では東京大学松尾豊研究室やデンソーなどを筆頭に競争が激化している。産業用では、すでに導入されているロボットに生成AIを付加するアプローチで活用が進んでいくとみられるが、サービス用ロボットは今後新たに市場が立ち上がっていく可能性が高い。
生成AIはホワイトカラーの業務を中心に影響が出ると考えられていたが、ロボットとの組み合わせによりブルーカラーの領域も無関係ではいられなくなるだろう。極端にいえばすべての働き手が影響を受ける前提で、リスキリングを含めた対応を考えていかなければならない。
データの独自性が競争優位を左右する
生成AIモデルの価格はこの1年で大幅に低下してきている。このままコモディティ化が進むと、誰もが使う最低限のインフラとしてビジネスや生活の一部になっていくことは間違いない。生成AIを使いこなすことが当たり前の時代を前に、企業はただそれを導入し、使っているというだけでは本質的な競争力を得られない。差異化に重要なのは「自社が持つデータを活用して、いかに高度な手を打っていくか」である。
独自性があり質量ともに十分なデータの獲得には、インフラ構築と運用を含めたデータ獲得戦略が重要になる。何らかの理由で自社内に死蔵されており活用されていないデータをいかに発掘し、有効活用するかも鍵となるだろう。
データはあってもすぐに使えるような形で整理されていない場合には、それらのデータを生成AIで整理したり、生成AIを使って信頼に足るデータを新たにつくり出したりする必要も出てくるだろう。さらに、データは一度獲得すれば終わりではない。継続的に収集し最新化できる仕組みも必要になる。
他社が持たない1次情報を学習させることで生まれるアウトプットの独自性が、いずれは企業の勝敗を分けることになるだろう。
以上の現状を踏まえながら、日本企業が生成AIからより高い効果を引き出すには、導入にあたり(1)取り組むべき“大玉案件”、(2)推進組織・体制と役割分担、(3)投資予算の判断軸、意思決定のタイミングを明確にすべきだ。特に(1)は、規模が小さいがゆえの悪循環に陥らないために重要となる。
ボストン コンサルティング グループ編/日本経済新聞出版/2200円(税込み)