今年は国際millets年(International Year of Millets)。
インドが主導し、国連が宣言し、2023年の1年間を使って世界の人々にmilletsの良さを知ってもらおう、認知度を高めたいとの思いが背景にある。既に半年が経過し、後半に入っている。
インドや国連になり替わりとまでの大仰な気持ちはないが、取りまとめて紹介するに値する良さをmilletsが明らかに持っている、との思いから以下に紹介します。
何故に国際millets年が設定されたのか?の理由を考えることから始めてみます。
理由の一つは、milletsの生育条件・生育能力が、今まさに我々の世界が直面している危機の解決の方向性と合致していること。即ち我々がmilletsを取りこみ、活用していくことが異常気象下の我々世界の危機を軽減し、少なくとも望ましい方向へと導いてくれるだろうということ。
そしてもう一つの理由は、milletsが含有している栄養成分に、我々現代人(特に都市部にすむ人々)の多くが直面している健康上の危機を軽減する働きがありそうだ、ということ。
以下一つ一つのトピックを見ながら紹介を進めていきます。
1.Milletsの範囲
今年が国際millets年(International Year of Millets)と敢えて書いてきております。
理由は、日本と世界との間にmilletsの範囲に違いがあり、日本で使用されている国際雑穀年(人の心に訴えかける力の無い、情けないネーミングと思っています)の中の雑穀を敢えて避けて国際millets年と書いてきております。
そこでまず、雑穀とmilletsとの関係を調べてみました。
日本雑穀協会によると、雑穀は時代背景や主食の変遷につれて変化してきたものとした上で、現在の雑穀の範囲は次のものを含むものとしている。
キビ・アワ・ヒエ等のイネ科作物
オオムギ、ライムギ、ハトムギ、ソルガム等の主食にしていないイネ科作物
大豆や小豆
キノア、アマランス、ソバ等の擬穀
ゴマ、エゴマ、アマニ、ヒマワリの種
黒米、赤米、緑米等の有色米、そして玄米・発芽玄米や玄米胚芽
トウモロコシ、小麦全粒粉と小麦胚芽等々
一方、国連FAOによるとmilletsを次の様に規定しています。
小さい穀粒の乾燥地帯にも生育可能なイネ科作物で多数の種類がある。代表としては
Pearl、Proso、Foxtail(アワ)、Barnyard(ヒエ)、Little、Kodo、Browntop、Finger(シコクアワ)とGuinea(ホロホロアワ)そして黒と白のFonioおよびSorghum(ソルガム)がある。
即ち日本雑穀協会が雑穀の範囲としている上位2種の雑穀のみを、世界はmilletsとして考えていることになります。
どういう呼び名でmilletsを表すか、といった名称の問題は、ある意味、課題と掲げる活動、即ちmilletsを上手く社会に浸透させたいと考えた際に事が成就するかどうかを決めかねない、非常に重要な要素となり得ます。事実、例えばインドの財務相は演説中milletsを”Shree Anna(穀物の母)”と呼んでおり、さらにインドは現在「nutri-cereal(ニュートリシリアル;栄養価の高い穀物)」と呼ぶようにしているようです。
日本も国際millets年(International Year of millets)を本気で社会に浸透させたいのなら、全ての人々に訴求する良い呼び名をまずは考えることから始め、国際雑穀年なる訴求力の無いネーミングは避けるべきだったと思っております。
2.世界のmilletsの現状は?
次いでmilletsの世界の生産量と消費実態をみてみると、
FAOによると、2021年の総生産量は3008万トン。インドが1293万トン(約43%)。他の主要な産地は中国とナイジエリアとなっています。この2021年の世界の生産量の傾向は、少々の変動には目をつむって大胆に言えば1960年代以降現在まで、ほぼ同じ状況が続いていると捉えることが出来ると思います。
そもそも世界の生産量の傾向を調べようとしても、的確な情報がネットに載せられていない状況があります。milletsはやはり家畜の飼料か、せいぜい小鳥の餌との認識が、特に多くの先進国(先進国・開発途上国と言う区分け・ネーミングも積極的には使いたくないと思っています)で支配的だった故と考えております。伝統的にmilletsを食糧と捉えていたアフリカやアジアの事情は世界の先進国の視界には全く入ってはいなかったのでしょう。
ついで消費実態をみてみる。FAOが世界のmilletsの利用実態を教えてくれている。
その1992~1994年の期間の平均として利用実態をみると
世界総生産量は2831.4万トン(食用2228.9万トン、飼料193.6万トン、その他409万トン)
途上国総生産量は2650.9万トン(食用2177.6万トン、飼料96.6万トン、その他376.7万トン)
先進国総生産量は180.5万トン(食用51.3万トン、飼料97万トン、その他32.3万トン)
因みに
アフリカの総生産量1118.8万トン(食用867.3万トン、飼料18.7万トン、その他232.8万トン)、アジアの量1528.4万トン(食用1310.3万トン、飼料74.8万トン、その他143.3万トン)
世界総生産量の94%程が途上国で生産されており、途上国の人々が世界総生産量の77%近くを直接食用としている実態が浮かぶ。先進国はほぼmilletsを当てにしておらず、小鳥の餌を含む家畜の飼料と見ているのが実情のようだ。
以上、生産量の観点ではmilletsの世界には大きな変化がないと言えるが、消費実態については注目しなければならない動きが1960年代以降のインドで起こっていた。それはインドの人々の一人あたりのmilletsの消費量であり、Hindustan Times 2022年7月28日 Increasing production and consumption of milletsによると、1962年の32.9kgから2010年には4.2kgへと大幅に減少している。
インドは世界最大のmillets生産国であり、今年を国際millets年とする運動を推進した国でもあるが、インドにおけるこの内実の変化は大いに注目しなければならない事柄であり、国際millets年である2023年以降に改善していくべきインドの目標の一つであろう。
動きが乏しいと見られがちな世界のmillets事情のなかでの注目すべきもう一つの点に、アフリカにおけるmilletsの動向がある。
ニジェールでは、穀物総消費の約75%がmilletsで占められ、そしてサハラ以南の他のアフリカ諸国もmillets の消費が30%以上になっており、近年millets の消費が増える傾向にあるという。
因みに日本のmillets消費は年間200t程。その大半が飼料用という、正に日本はアワ、ヒエ、キビは小鳥の餌程度の理解で停止してしまっている国と言えるでしょう。
インドにおける内実の変化を先に紹介したが、この原因を次に考えてみたい。
それはインドをも巻き込んだ1960年以降の世界を覆った緑の革命(Green Revolution)の影響であった。ある意味2023年を国際millets年とした背景要因に緑の革命の功罪があったとも考えられます。次に緑の革命を紹介します。
3.インドの緑の革命
1947年の独立後、インドの食糧事情は自給自足できる状況ではなく、PL-480プログラムのもとアメリカから穀物を輸入していた。穀物の輸入によりインドの飢えは緩和されたが、インドの外交政策上の自由度に困った影響を与えることとなった。インドは食糧の自給自足化を目指す政策に取り組むこととなる。
土地改革だけでは農業に変化をもたらすことが出来ず、農業発展には政策上のパラダイムシフトが必要とされた。そのためにインドは新農業戦略(New Agricultural Strategy, NAS)に進んでいった。電力確保と灌漑設備化のため、ダム建設に既に取り組んでいたインドは、新農業戦略において、緑の革命への取り組みに誘導する施策を農家に対し整えて行った。
即ち緑の革命の取り組みには、肥料・灌漑設備・高収量(High Yield Variables, HYV)種子等のかなりの初期投資が入り用であることから、農家へのクレジットの拡張をおこなった。
4.緑の革命(Green Revolution, GR)の歴史
インドにおける緑の革命の展開に進む前に緑の革命の歴史を簡単におさらいしておきたい。
緑の革命の出発点は、1940年代のメキシコで始まった耕作法の革新とされる。
当時Borlaugさんは、メキシコで高収量品種小麦の開発を展開しており、近代的農耕法(化学肥料・農薬の多用・灌漑設備・農業機械の活用等)を併用する条件の下で、高収量HYV種子の特徴が最大限に発揮されることを見いだした。事実メキシコは1960年代には、小麦の一大輸出国に転換した。
この新しい技術を世界に拡大することを目的としてRockefeller財団とFord財団、そして多くの政府機関が研究開発に資金を投入した。メキシコはその後に国際トウモロコシ小麦改良センター(Centro Internacional de Mejoramiento de Maiz y Trigo, CIMMYT)を1963年に作っている。
米の方は1960年にRockefeller財団とFord財団の支援のもと、フィリピンに国際稲研究所(International Rice Research Institute, IRRI)が設立された。この研究所で1960年代に作り出されたのがIR8と呼ばれた米の改良品種であった。IR8は灌漑と化学肥料とを組み合わせると、1株当たりより多くの米粒が実るというものであった。
5.緑の革命が成功するための必要な構成要素の存在
緑の革命とは、外部から資源をタイムリーに、そして適切に投入することを前提にしている農耕技術に基礎を置いている。この外部から投入する資源についてみてみると、高収量種子の使用が先ず前提とされている。この高収量種子は矮性種子(Dwarf varieties of seeds)と呼ばれ、大量に投入される肥料の栄養分が小麦の穀粒に向くように、そして葉や茎にはあまり向かわないように設計されている。そして、肥料の栄養分に関しては、従来の堆肥では栄養素含有濃度が低いため緑の革命農耕技術には不充分とされ、高濃度のN,P,Kを含有する化学肥料の使用が条件づけられた。
よって大量に投入される化学肥料の栄養分は、優先的に小麦の穀粒に向きそれにより収穫量は向上する一方で、栄養分が茎には向かわないように設計されている為に、背たけは伸びず背の低い状態になり、風雨による倒伏被害も避けられることになる。これが緑の革命農耕技術の一大特徴と言える。
緑の革命が、小麦と米というその生育に水を大量に必要とする作物を選んだことが、必要以上に灌漑設備を整備することが、緑の革命が成功するかどうかを決める重要な構成要素に繋がったと言え、灌漑設備の整備の必要性も緑の革命農耕技術の特徴の一つと言える。また除草剤・殺虫剤・防菌剤等の化学薬剤の大量使用も緑の革命農耕技術の特徴と言える。
6.インドにおける緑の革命の功罪
インドが緑の革命に取り組んだ背景には、3番目の項目(インドの緑の革命)で触れたように、独立後のインドの食糧事情、特に1960年代の早い時期に人口増大圧力が高まり、自給自足できる状況ではなく、厳しい飢餓の恐れが生じていたことが大きかったと思われる。
そしてアメリカの農学者Norman Borlaugさんがメキシコで展開していた高収量小麦品種の開発の動向であり、その成果としてメキシコで1950年代の半ばには明らかな小麦の収穫増大が起こっていたこと、並びに1960年にRockefeller財団とFord財団の支援のもとフィリピンに国際稲研究所(International Rice Research Institute, IRRI)が設立された等の事情も大きく作用していたと思われる。
以下に緑の革命の功罪を紹介する形で、緑の革命について考えていただければと思います。
(1)緑の革命のプラス面
・飢餓が減少し、多くの農家が貧困から救われた。
・主要穀物の小麦(20年で生産量は3倍化)と米(生産量は2倍化)の生産性が向上したことから、PL-480を通じて穀物をアメリカに依存する形態から自給自足に変えることが可能となり、インドの外交上のフリーハンド性は高まり、そして外貨準備金の蓄積を大幅に増やすことにつながった。
・緑の革命は、農業向けトラクター・エンジン・シュレッダーやポンプ装置等の機械産業を育成する効果があった。結果としてインドの産業化にプラスの貢献をした。
・モンスーン時期の水を貯えて利用するダムが建設されたことにより、水力発電電力が産業の成長を促進するとともに人々の生活改善に役だった。
・緑の革命の結果、地方の中産階級が生まれ、彼らは後に子弟の教育に投資することに結び付いた。
(2)緑の革命のマイナス面
・繰り返される作付けとその強度が増大されることで、土壌の肥沃度が低下する。
・チューブ式井戸の加速度的利用の拡大により地下水位の低下が起こる。
・肥料、殺虫剤、除草剤使用量の拡大により土壌の汚染と、毒性化が進行し、広範な水質汚染と地下水汚染が発生する。
・農場の生態系を歪め、環境悪化を引き起こす。
・農薬の過剰使用による、ガン・腎不全・死産・先天性障害の発症の増加。
・浸水事例の増加による、マラリア発生率の増加がおこる。
・緑の革命に合わせて始まった農業補助金制度が、現在政府の財政に悪い影響を与えている。
・緑の革命の高コスト性のため、コスト支払いが出来ない小規模な限界農家が発生している。一方資金余力のある農家は緑の革命の利益を得て、新たな支配層を形成するという地域社会における不平等が促進され、格差の拡大が問題化している。
・耕運機・トラクター・脱穀機などの機械化により、従来これらの農作業に従事していた人々の職が失われることとなった。
・豆類、milletsや油糧種子の生産は無視され、その結果現在インドは豆類と油糧種子は輸入する必要が発生している。
・作物の遺伝形質の多様性が世界的に低下する傾向を、緑の革命は助長した。
7.第2次緑の革命の必要性をインドが考える理由
これまでの緑の革命を第1次緑の革命と呼ぶと、第1次緑の革命は明らかに飢えを救い、貧困を減らし、生活は改善し、インドの産業化にはプラスの貢献をし、インドの外交上の自由度は高まり、そして外貨準備金の蓄積を大幅に増やすことにつながるという、目を見張る素晴らしい結果をもたらしたことは事実である。
その反面、第1次緑の革命を遂行したが為に不都合な部分も生じていることも緑の革命のマイナス面で紹介したとおりである。
かかる背景から、インドは第2次緑の革命の必要性を考えているという。その必要性の理由は次の点である。
(1) 第1次緑の革命から余り恩恵を受けていないBihar州、West Bengal州等幾つかの州などに特に焦点をあてる必要がある。
(2) 小麦と米とは別に、豆類、油糧種子やトウモロコシなどにも焦点をあてる必要があり、更により高い食料の自主性を目指す必要がある。
(3) 環境に調和した、持続可能なシステムで第2次緑の革命は遂行する。食糧安全保障は、土壌の肥沃度低下や地下水系の汚染進行や水位の低下や農家の健康の犠牲の上にあってはならない。
従って、第2次緑の革命はより包括的かつ持続可能なものであり、栄養の安全保障を目標とする必要があるとしている。
実は更に、現在我々はもっと大きな課題に直面している、との指摘がある。
一つは地球の陸地の40%が現在の乾燥地面積であるが、この肥沃度の低い乾燥地が2100年には50~56%に拡大することが予測されている。アジア開発銀行とポツダム気候影響研究所(Potsdam Institute for Climate Impact Research)の調査によると、インドの気温が今世紀末までに、最大6℃上昇すると指摘されている。これによりインドの各州では米の収量が2030年代には5%、2050年代には14.5%、2080年代には17%減少する可能性があるという。
そして科学者らは、気温上昇により米と小麦の栄養価の低下の可能性を指摘しており、また最近のジェット気流の強い蛇行現象により北米・東欧や東アジアにある主要穀倉地域に7%程の収穫量低下を起こす可能性があると指摘している。
異常気象が連日伝えられ、そして我々自身日々この異常性を実感しております。
今年は国際millets年(International Year of Millets)。
インドでさえ緑の革命の一面の見栄えの良さに気をとられて、米と小麦の収穫量は2倍3倍となった半面、一人当たりのmilletsの消費量が、1962年の32.9kgから2010年には4.2kgへと大幅に減少するという事態をまねいている。
milletsの存在を思い出し、良さを認識した上で、milletsを取り入れた暮らしをする人が少しでも増えたらと思っております。
因みに、ご飯に2割程アワを入れての暮らしを少し前から始めております。これだけで年に10kg近くのアワ即ちmilletsを食することになります。健康によさげな感じはしております。
今回はここまでとします。栄養面、健康面、栽培面でのmilletsの優秀性やその他の面の紹介は次の機会とします。
「護憲+BBS」「新聞記事などの紹介」より
yo-chan