事故により死の淵をさまよい、病院のベッドで目覚めた彼はこう言った。
それを聞いたとき、天国にでも行ったのか、と周りの人々は笑うだけだった。それよりも、命が助かって良かったと。
数日後、彼は自死した。
その少し後、世界の複数地点で幼い子供たちが同じようなことを口走る、という奇妙な現象が観測された。
子供たちはこう言っていた。「生まれる前は幸せだった」あるいは「ここは前よりもつらい世界だ」と。
死は怖いものだ。痛く、苦しいものだ──その価値観にヒビが入っていく。
何者かが人類に与えていた、"死への恐怖"という幕が、取り払われたようだった。あるいは、いままでまったくの未知であった死後の世界への橋渡しを受けたような。
人間は滅亡に向かっているのかもしれない。恐怖を取り払った何者かの手によって。