独禁法と公益通報者保護法との交錯(上杉論文)
金融・商事判例2025年1月1日号(1706号)の判例紹介では東京高裁判決令和6年8月7日「事業者が公益通報を『理由として』解雇や不利益取扱いを行ったものではないと判断された事例」の判決全文および原審判決(千葉地裁判決令和5年11月15日)が掲載されていました。法改正が予定されている「不利益な取扱いからの救済(立証責任の転換)」とも深い関わりのある論点への裁判所の判断が示されたこともあり、きちんと理解をしておきたいところです。結論においては妥当なものかもしれませんが、公益通報者保護法の条文解釈への司法上のアプローチとしてはかなり進展した判決になっています。
ところで、上記1月1日号では、上記高裁判決を前提として、上杉秋則氏(元公正取引委員会事務総長)のご論文も掲載されています。題名は少し長いですが「独禁法が示唆する公益通報者保護法改正の方向性と令和6年8月7日東京高裁判決の及ぼす影響」。公益通報者保護法と独禁法の交錯する時代の保護の在り方について上杉先生の見解を述べたものであり、公益通報者保護法の解釈に公正取引委員会の考え方を採り入れるという点で強く共感する内容です。「今日のように企業のコンプライアンス経営やガバナンス向上への要請が高まった時代には、公益通報者保護法は独禁法と並ぶ重要な地位が付与されるべき」とのお考えにより、独禁法と公益通報者保護法との交錯について検討を加えておられます。
先日ご紹介した東京大学(大学院)の松井智予教授の「企業不祥事の発見時における役員の義務と権利について」(法曹時報76巻10号)では「会社法と公益通報者保護法との分担や双方の存在が双方の解釈論に与える影響が未知数である」とのことで、具体的事例を題材として、いかなる影響があるかを論じておられました。著名な実務家や学者の方々が、公益通報者保護法と商事経済法との関係について深く研究していただけるということが、公益通報者保護法の今後の実務への浸透という意味においても大きな意義があると思います。