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2024年4月26日 (金)

改正障害者差別解消法の施行と6月株主総会対策

銀行の取締役(監査等委員)として、支店における「改正障害者差別解消法『障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律』への対応実務」に万全を期している様子を確認することがありますが、一般の事業者においても4月に施行された改正法への対応は(銀行ほどではないとしても)ある程度は検討されているのでしょうか。

時節柄もっとも関心があるのが上場会社における定時株主総会対応です。差別が禁止されたり、合理的配慮が求められる対象者(身体障害、知的障害および精神障害のある株主)は公的な認定を受けている障害者か否か(たとえば「障害者手帳を持っている」)で判断するのではなく、申告者との建設的対話によって事業者が判断しなければならないので、きちんと対策をしておく必要がありますね(信託銀行や法律実務家による総会対策セミナーではどのように解説されているのでしょうか)。とりわけ知的障害者および精神障害者(「発達障害者」を含む)の方々は、目に見えない障害を抱えている少数株主の方が多いので、障害者雇用促進法におけるものと同様に「合理的配慮」のための建設的対話が求められます。上場会社の定時株主総会には、障害者差別解消法2条2号の「社会的障壁」がたくさんありそうなので要注意です。

具体的には障害者差別解消法8条1項(事業者による不当な差別的取扱の禁止)、同法5条(合理的配慮のための事業者による環境整備-努力義務)、同法8条2項(事業執行上の障害者に対する合理的配慮-法的義務)あたりの解釈と実務対応が重要です。企業における株主総会の開催も「事業の執行」にあたるので、①招集通知の記載、②障害者による事前表明の有無、③事前表明なき場合の当日の現場対応、「字幕」や「手話」の準備、当日議事の要旨説明の可視化、④バーチャル株主総会(参加型含む)の運営上の聴覚障害者への対処などが5条対応、8条対応として必要かと。当日の現場対応(8条2項)としては、株主ではない介護者同伴をどうするか、障害者のための洗面所の確保や株主権行使のための付き添い社員の体制整備等もありそうです。

法令違反があった場合、主務大臣による行政処分や株主に対する(役職員および事業者の)損害賠償責任が発生する可能性があるほか、(SNS等を通じて)「人権への配慮を欠いた企業」としてレピュテーションリスクの顕在化は避けられないでしょう。「環境の整備」は法的には努力義務ですが、「環境整備に後ろ向きな企業」というレッテルは「ビジネスと人権」が尊重される時代に貼られたくありません。したがって5条関係では障害者差別解消のための指針(ポリシー)の策定と従業員の研修・周知は必須かと(←最近は、障害者であることを社会に示す携帯マークがいろいろとありますので、対応する社員はマークの種類をひととおり理解しておくべきです)。その他、リスクマネジメントの視点からは、障害者株主の要求を拒絶する場合に、なぜ障害があることを根拠に拒絶できるのか(もしくは事業者による代替提案に応じなければならないのか)、その正当理由について事前に検討しておくことが必要でしょう。

また、これは障害者差別解消法とは直接関係ありませんが、株主総会参考書類等の電子提供が当たり前となりますと、株主は会場で堂々とWIFI接続中のスマホやタブレットの画面を見ることができますね。そうすると電子提供された書面の画面をみているのか、それともカメラで外部にWEB実況中継をしているのか、外部からはわかりづらくなります。議長の議事進行権限の行使がとてもむずかしい状況になりそうですね。

 

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2024年4月25日 (木)

女性監査役等50名の想い-進化するガバナンスの担い手として

001jpg 「虎に翼」(NHK朝ドラ)を毎日視聴しておりますと、昭和初期の女性の生き方、とくに職業婦人としていかに厳しいバイアスの中で生きてきたかということがよくわかります。たとえば経済的に豊かな男性は妾をもって当たり前だし、それを女性の前でも自慢するという風潮は、かなりリアルな描き方がされていると思います(ちなみに私が育った南大阪では、私が10代だった繊維業界全盛の時代までそのような風潮は残っていました。たぶん信じてもらえないかもしれませんが・・・)。

さて、昭和49年商法改正を契機に設立された日本監査役協会も50周年を迎えました(おめでとうございます!)。その50周年記念出版として「女性監査役等50名の想い-進化するコーポレート・ガバナンスの担い手として」と題する書籍が上梓されました。長年、同協会の講師を担当していたことから、私もご献本いただき、さっそく読ませていただきました。ちなみに「監査役等」は監査役や取締役監査等委員、取締役監査委員をすべて含むものです。監査を担当する女性役員(監査役、取締役)というイメージですね。本書は50名の女性監査役等の皆様の手記(ご論稿)を一冊にまとめたものです。おひとりおひとり、装丁の素敵な写真も掲載されています。

私が興味深く拝読したのは、やはり長くその会社にお勤めになり、執行役員等を経て常勤監査役に就任された方々の論稿です。みなさん、ちょうど男女雇用機会均等法の施行前後(昭和58年から同62年ころ)に新入社員として入社された方々ですね。新しい法律のもとで、「女性も男性社員と同じように仕事をすれば昇格できる!」という理想と現実の狭間で悪戦苦闘、言葉にならないほどご苦労をされて、想定していなかったキャリアとして(?)監査役等に就任をする、そこで「監査役等として、自分が何をすれば会社の役に立てるのか」を真剣に考え、これを自分なりに実践し、ときに失敗をする。ご自分の同期やよく知っている後輩が社長になる姿をみて「社長は孤独だ」と感じ、社長が足りないところを、監査役等の特性を活かしながら一生懸命フォローしてあげようとする。←だから忖度せずに意見を述べることができるのでしょうね。

私がもっとも感銘を受けたのはSUBARUの常勤監査役の方のご論稿でした。ご自身が執行役員のときは目の前の利益向上に役立って「よっしゃー!」というのが達成感だったが、常勤監査役となった現在の達成感は一生懸命手入れをしていた花が枯れてしまった鉢植えに新芽を見つけたときのような感覚だそうです。女性の常勤監査役等の皆様の手記を拝見して、このような「信託の発想」こそ多様性だと痛感します。30年以上勤務されてきた末に監査役となり、社長や自分たちが退任した後に、この会社がもっとよくなるためにはどうすれば良いか、子供や孫の代まで見据えて経営に参画する人たちがいるからこそ「多様性」が求められるのだと認識しました。そういえば海外機関投資家がよく使う「取締役会の多様性」の意味には、日本人にはなじみの薄い信託の発想が含まれているので意味が通じにくいなぁと感じることがありますね。

本書は非売品ではありますが、おそらく日本監査役協会のHPにて、近い将来にPDHを閲覧できるのではないかと(本日現在、まだアップされていないようでした)。

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2024年4月22日 (月)

小林製薬紅麴問題とガバナンス-いつから「有事」だったのか?

4月21日の日経ニュースが「小林製薬が製造した紅麹(こうじ)原料を含む機能性表示食品の健康被害問題で、原料から当初の想定外の化学物質が検出され、原因究明は長期化の様相だ」と報じているように、小林製薬の紅麴問題は、本当に「紅麹」問題なのかどうか、かなり疑わしい状況になっています。健康被害が重大な状況ではあるものの、その原因が不明ということで、マスコミ報道もかなり難しい局面を迎えています。

そうなると、批判の矛先が向けられるのが「コーポレートガバナンス」ですね。早速、21日深夜の読売新聞ニュースでは「小林製薬紅麹問題、社外取締役への報告は社長報告から43日後…コーポレートガバナンスに課題」なる見出しで、大阪市長のコメントなども踏まえて同社のガバナンス不全が健康被害拡大と因果関係がある(その可能性がある)かのような報道がなされています。

私も3月22日時点(公表時点)では、ガバナンス上の問題についていろいろと考えていたのですが、報道されている情報に触れたり、自身が関与した過去の同種事案をふりかえる中で「そもそも、いつから小林製薬の有事が始まったのだろうか」という点をまず議論すべきと思い至りました。といいますのも、社外取締役や同社の監査役会の活動に期待される行動というのは、同社が有事に至った時点からの行動だからであります。有事だからこそ情報の共有が必要であり、非業務執行役員が前面に出る必要がある、と考えます。先日ご紹介した東洋ゴム工業(現TOYO TIRE社)株主代表訴訟地裁判決でも、役員の責任根拠は平時の内部統制構築義務違反ではなく、有事の出荷停止措置義務違反、公表義務違反の事実です。

ブログで詳しくは書きませんが、メディア情報を集約して考えた場合、私自身は小林製薬の社内で今回の健康被害状況が「有事」と判断できたのは、おそらく社外取締役に事実を報告した3月20日、つまり最初に医師から連絡が届いた1月15日から約2か月が経過した頃ではないかと推測しています。これまでも、小林製薬は長年にわたって、医師からの健康被害情報への対処を継続しているのであり、これに真摯に対応してきたわけですから、1月15日から2月1日にかけて3例の症例報告が届いた場面においても、いつもの医師からの情報提供と変わりなく、これに担当部署が誠意をもって対応すればよいと考えていたことが推測されます。

ただ、通常は①健康被害者の特異体質の問題なのか、②使用にあたっての異物混入の問題なのか、③対象商品の不具合の問題なのか、おおよその原因究明によって判明するわけですが、今回はそれがなかなかわからない。機能性表示食品ガイドラインには「因果関係があることの蓋然性が高いと判断した場合は報告すべき」と記載されているのですが、その「蓋然性」判定まで時間を要したので報告も遅延した。そのような中でようやく3月18日あたりで「原因は不明だが、特定のロットに含まれていた商品を服用した人たちだけが健康被害を訴えている」ことを突き止めて、いよいよ有事意識が高まった(つまり取締役会に報告すべきと考えた)と理解しています。したがって、小林製薬のガバナンスが機能していたか、いなかったのか、という議論をするのであれば、3月18日以前の様子よりも、同日以降の社内の様子をよく見極めることが前提だと思います。

もちろん「空白の2か月」を解明して、小林製薬のガバナンスの問題を批判したいという気持ちは(健康被害の重大性に鑑みて)よく理解できます。しかしそこに批判が集まるとなれば、それは平時の内部統制構築の問題です。そうなると、機能性表示食品問題だけでなく、医薬品の安全性問題とか品質不正とかリコール問題とか日本のメーカー全体の「リスクマネジメントの在り方」に影響が及び、サプライチェーンを含めて、これに対処するための社会コストは膨大なものになってしまうと思います(その社会コストは誰が負担するのか?といった問題もあります)。ということで、小林製薬の紅麴問題から同社のガバナンスや内部統制の不備を指摘するのであれば、かなり冷静に判断する必要があるのではないでしょうか。

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2024年4月19日 (金)

消費者庁・公益通報者保護制度検討会委員を拝命いたしました。

本日(4月19日)の自見大臣会見および消費者庁HPリリースのとおり、本日消費者庁において公益通報者保護制度検討会が設置され、当職が委員に任命されました。この検討会は、令和2年6月12日法律第51号(令和2年改正公益通報者保護法)附則第5条

政府は、この法律の施行後三年を目途として、新法の施行の状況を勘案し、新法第二条第一項に規定する公益通報をしたことを理由とする同条第二項に規定する公益通報者に対する不利益な取扱いの是正に関する措置の在り方及び裁判手続における請求の取扱いその他新法の規定について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。

に基づき設置されるものです。当職としては、令和2年改正公益通報者保護法制定のために平成27年に設置された「公益通報者保護制度の実効性の向上に関する検討会」の委員拝命に続き、2度目の委員就任となります。委員は11名、座長は山本隆司・東京大学大学院教授です。

公益通報者保護法の制度運用については、消費者庁も大いに課題を認識しており、今年2月の就業者1万人アンケート調査、同3月の企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析(経営者への提言)、そして昨日(4月18日)の令和5年度 民間事業者等における内部通報制度の実態調査報告書と、精力的に制度運用上の問題点を探る「叩き台」を提示しています(いずれの資料もこちらからご覧になれます)。

さらに、令和2年改正公益通報者保護法施行後、暫く機能していなかった消費者庁による行政措置(助言・指導・勧告)ですが、2024年3月までの1年間で一気に24件もの行政措置が行われています(ビッグモーター社やダイハツ社に対する報告徴収、行政措置は報じられたところです)。したがって消費者庁としても、今回は法改正を含めた制度改革への意欲は相当に強いものがあります。内部通報や外部公益通報への企業対応などに毎日関わっている者として、改正公益通報者保護法や内部通報制度の運用について多くの課題があることを認識しておりますので、なんとかお役に立てるように頑張りたいと思います。

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2024年4月18日 (木)

ウエルシアHDトップの私生活上の不適切行為による辞任-「たかが不倫?」⇔「されど不倫」

ドラッグストア最大手ウエルシアHDのトップが「私生活上の不適正行為」により辞任に追い込まれました(たとえばロイターニュースはこちら)。日経で午前中に初報が出た時、Think!のコーナーで「ひょっとすると週刊誌による取材申込があったのかも」とコメントしましたが、そのとおりでした(デイリー新潮の記事はこちらです)。ウエルシアHDも、親会社のイオンも、メディアからの問い合わせではなく社内調査(たとえば内部通報)でHD社長の不倫行為が判明していた場合は対応は変わっていたでしょうか?ここ2年間で上場会社やグループ会社トップの不倫で当該トップが辞任に追い込まれたとメディアで報じられるのは3例目であり(過去、男性トップと女性トップおひとりずつ)、「不倫で辞任」はかなり定番になってきた感があります。

私が過去に関わった調査案件において、経営幹部の不倫が問題となった例は数件ありました。内部通報や取材申込が端緒となることが多いのですが、実際に調査によって経営者の不貞行為が認定できるケースもありました。「たかが不倫くらいで『中興の祖』である社長を辞めさせるわけにはいかないよね」という意見ももちろんありますし、「とりあえずメディアの取材申込がないので、そのまま『預かり』にしておこう」といった危機管理に乏しい経営判断に至るケースもあります。

ただちょっと待ってください。日大アメフト薬物事件のエントリーで何度も申し上げましたが、本丸は「大麻」ではなく「覚せい剤」なのです。社内での高校野球賭博の本丸は「風紀の乱れ」ではなく「反社会的勢力との接触」なのです。同様に「不倫」の本丸は「道徳倫理上の問題」ではなく「経営幹部による利益相反取引」(←新潮の記事はこの疑惑を報じています)、「セクハラ(性加害)」「ストーカー行為(犯罪行為)」にあります。「不倫」が不倫のままで終わることは滅多になくて、強大な権限を有する者の不倫は、そのほとんどが「二次不祥事」に発展します(私が対応した案件も、ほぼすべてが二次不祥事のおそれが認められました)。

ここからは私の勝手な意見ですが、そもそも「不倫」を不倫のままで終わらせる才能のある経営トップは、今回のように発覚などさせないのでありまして、自己管理が緩いケースだからこそ不倫が不倫で終わらず「二次不祥事」を招来すると思っています。いまウエルシアはツルハとの統合を控えて重要な時期にあります。「不倫」で止めておけばなんとかなりますが、不倫の延長にある「二次不祥事」を招来させてしまうと統合にも影響が出てしまうのでは、と危惧します。

もちろん解任や辞任勧告を行う会社側としては「役員行動規範に反する行為」「当社の企業理念に反する行動」との理由で厳格な処分に至るわけですが、部長・支店長クラスの不倫であればいざ知らず、社内で強力な権限を有する経営幹部の不倫となると緩めの処分で済ますことができないのは、その不倫の背後に控える「本当のコンプライアンス違反」を誘発するおそれが高いからであります。杏里の「夏の月」のような終わらせ方ができない経営者の不倫は(あまく・とろけるような蜜の味であることはわかりますが)代償が大きすぎるのでは。

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2024年4月17日 (水)

東洋ゴム工業(現TOYO TIRE)株主代表訴訟判決(全文公開)とその射程距離

調査委員会の仕事が終わったら読もうと思っておりましたが、免震ゴム偽装に関する東洋ゴム工業(現TOYOTIRE社)株主代表訴訟の令和6年1月26日付け大阪地裁判決の全文が裁判所HPにて公開されておりますので告知しておきます(ようやく判決文にアクセスできました!)。なお、判決時の報道内容からコメントを残した1月30日付けのエントリーはこちらです。

まだしっかり読めていませんが、偽装と知りつつ出荷を継続してしまった取締役2名の善管注意義務違反の根拠、法令違反の商品が出回っていることを知りつつも、3カ月間、国交省への報告や世間への公表を控えていた取締役らの善管注意義務違反の根拠が相当詳細に指摘されています(「文系出身の取締役だから、安全性への疑念を抱くことができなかったので注意義務なし」といった理由も書かれていますね)。本裁判は確定していますので、この大阪地裁判決は重いですね。

また、学者の皆様の判例評釈をお待ちしておりますが、私自身もしっかり熟読したいと思います。平成18年のダスキン事件大阪高裁判決と比較して、その射程範囲はどの程度なのか、事件公表直後に設置された社外調査委員会の認定とどれほどの違いがあるのか、有事に直面した取締役の行動規範を探るうえでとても興味深いところです。また、小林製薬事案における公表・報告の責任判定にも参考になるかもしれません。当ブログをご覧になった皆様も、お読みになった感想をいただければ幸いです。しかし株主から提訴請求の通知を受けた当時の監査役の皆様は、どういった理由で「監査役会は(会社を代表して取締役らを)提訴しないことに決定した」との結論に至ったのか、そっちにも興味があります。

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2024年4月16日 (火)

株主エンゲージメントの活性化と金商法上の「重要な事項」の解釈(追記あり)

(追記:梅本先生のブログへのリンクを貼っておきました)

大谷翔平選手の元通訳であるM氏の証言は以前からよくわからないところがありますね。(M氏が24億円を窃取していたとされる)3年もの間、大谷選手が委託していた会計士に、M氏は「大谷氏は口座を会計士に開示することを望んでいない。」との要望があり、「利息や贈与の事実はなかった」とのM氏の報告だけで、それ以上に会計士は口座を確認していなかった、という証言は本当でしょうか?大谷氏との委託契約がどのようなものであれ、会計士は受託された業務のために口座を確認するのが最低限の役目ですので、会計士が口座を確認していなかったということはあり得ないと思うのですが(ドジャースからの報酬が入金されていた口座ですからプライベートな口座とは言えないはず)。おそらく日本中の人たちが「公認会計士の仕事って、その程度のもの」と理解しますよ、きっと。以下本題です。

調査委員会が終わったら、ぜひ触れておきたいと思っていたのが金商法197条1項1号の虚偽有価証券報告書提出罪の「重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」における「重要な事項」とは何をさすのか・・・という法律上の論点です。有価証券報告書によって開示された非財務情報(とりわけサステナビリティ開示)が、いよいよ第三者保証の対象となるか・・・という時期において、この非財務情報の正確性はどういったエンフォースメントによって担保されるのか、という問題です。

4月15日の日経ビジネス「増える開示規制、NGO批判、ESG訴訟 法務と連携し、勇み足防ぐ」でも「サステナビリティ(非財務)情報の開示拡充が喫緊の課題になっている」として、①サステナビリティ情報の開示義務化でリスクが増大、②根拠があいまいな開示は訴訟や批判の的になる危険、③開示の信頼性向上に法務部門との連携強化が不可欠等と指摘されています。当ブログは「人の褌で相撲を取るのはご法度」という暗黙のルールがあるのですが(私が勝手に作ったルールですが)、甲南大学の梅本教授のブログに感化されて本件について備忘録として記しておきます。

梅本先生のブログでご紹介されていた証研レポート最新号のご論稿はこちらですね。梅本先生は上記ブログにおいて

有価証券報告書など法定開示書類に記載される事項は投資判断にとって重要と考えられる事項です。ここで念頭においている重要性は,抽象的・一般的な重要性といってよいでしょう。これに対して民刑事責任や課徴金で要件となっている「重要な事項」とは,当該虚偽記載が投資判断に影響を与えたか否かを問うもので,具体的な重要性を指しています。条文において「重要な事項」という同じ文言を使っていても,異なる2つの意味がある,という理解が重要です。

と述べられていますが、その理論的根拠(条文解釈)が上記ご論稿で示されています(24頁)。抽象的重要性と具体的重要性という区別はあまり意識していなかったのですが、よくよく考えてみると、たしかに梅本教授のおっしゃるとおりかと。私は、あまり理屈にはこだわらず「非財務情報はそもそも株主エンゲージメントの活性化や議決権行使に必要な情報の提供、という意味であり、そこに虚偽記載が含まれて問題になるのであれば経営責任を問われるもの(株式売却、役員交代等)。投資判断に影響を及ぼす定型的に重要な事項のみが法的責任の対象となる」と理解しておりました。金融庁の開示ガイドラインに示された解釈などをざっくりと参考にしています。

機関投資家としても、非財務情報(とりわけ将来予測)の内容が本当に重要だとすれば、その真偽の評価は過去の財務情報の信用性と財務報告内部統制によって判断するのが筋だと思います。そうでも理解しなければ、会社のIR担当者は(ハードロー違反のエンフォースメントに)委縮してしまって「おもしろみのない非財務情報」「金太郎あめの非財務情報(ボイラープレート化?)」ばかりになりそうです。これでは近時の企業統治改革2.0の趣旨は失われますよね。そのあたりのモヤモヤが、梅本先生のご論稿でかなりスッキリしました。

ただ、学者の方々の間でも、裁判実務でも、上記論点はこれまであまり議論されてこなかった、とのこと。うーーーん、でもガバナンス改革が進む中でもっと議論されてもいいのではないでしょうか。ちなみに日産ゴーン氏の役員報酬開示が争点となった裁判(ケリー氏が争っている金商法違反被告事件裁判)では、争点にはなっていないそうです。

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2024年4月15日 (月)

メディアは伝えないが大切な小林製薬「監査役会」の活動

先週、調査委員会の仕事も終えてホッとしておりますが、責任の重さを痛感するものでありました。いまは他の委員の皆様や、深夜2時、3時まで頑張っていただいたリーガルアドバイザー(法律事務所)の方々への感謝の気持ちしかございません。ということで(?)、報告書起案中でもウォッチしておりました小林製薬紅麹問題へのコメントです。

紅麴問題が初めて世に伝えられた3月22日以降、小林製薬のガバナンスや創業家役員も含む取締役の行動については多くの報道がありました。しかし、未だほとんど伝わってこないのが小林製薬の監査役(会)や会計監査人の有事活動です(立派な監査役さんが4名いらっしゃいます)。不正行為を知った取締役が直ちに監査役に伝えることや不正を知った監査役が取締役会に報告することは会社法上の義務なので、このあたりは「ガバナンスが機能していたかどうか」を知るうえでとても重要な論点です。私の日経インタビュー記事をご覧になった方からも、以下のようなメールをいただきました。この経理・財務ご出身の方は実際にNHKに抗議をされたそうです。

同社は、「監査役会設置会社」であり、①「監査役会」(「社外監査役」がいる)に「何時」、「本件事態」を「通知」したか、②「会計監査人」の「監査手続」上、「会計監査人」は、「「監査先」「経営TOP」との「ヒアリング」」を行う、従い、「何時」、「本件事態」を「通知」したか、も、また、重要であり、「この点の取材を欠く(NHKの)記事」」には、「重大な瑕疵」がある

たしかに厳しい批判に晒されているのは小林製薬の社内取締役や社外取締役の方々ばかり。しかし社内・社外取締役がいま全力を傾けるのは健康被害の原因分析、商品回収を含めた被害拡大の防止、健康被害を受けられた方々への対処、そして損害を受けた取引先への対応であり、自分たちの責任問題はそのあとでしょう。おそらく小林製薬の監査役会は、そのあたりの取締役の善管注意義務の実践を多方面から検証されていると思うのです。

世間の関心が高まっている「(健康被害認知から公表までの)2か月の空白」「厚労省・消費者等への報告遅延」がなぜ発生したのか、そこを社内で最も冷静に監視・検証できるのは4名の監査役の皆様(常勤監査役2名、非常勤監査役2名)だと思います。健康被害の原因が(おそらく)今後もよくわからない状況が続く中で、小林製薬はガバナンス改革に臨むことになると推察されますが、監査役会が機能していなければガバナンス改革は不十分なものとなります。ぜひ、今後は小林製薬自身によって監査役会の活動状況や意見表明を公表していただきたいですし、メディアも監査役会や会計監査人(いつ、紅麹問題を知り、業績への影響をどのように認識しているか)の活動に関心を向けてほしいと考えます。

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2024年4月 8日 (月)

某社の調査業務もあとわずか・・・単なる言い訳ですが。

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小林製薬関連のエントリーに一老さん、星の王子さまさんからコメントをいただきました(どうもありがとうございます)。同じ案件でもいろいろと視点があることを気づかされました。ちょっと続編の参考にさせていただきますね。

さて、某社の調査委員会の職務もあとわずかでございます(ブログの更新が止まっておりまして申し訳ございません)。状況次第では公表される可能性もありますが、社内での情報管理もたいへん難しい案件です。本日も休日ではございますが早朝より起案に勤しんでおりまして、夕方に少しだけ近所の浜寺公園にて花見散歩してまいりました。ちょうど満開でした。しかし小林製薬関係者にしたらお花見どころの話ではないでしょうね。

企業のサイバー攻撃対応力を国が5段階で格付けする施策(経産省)など、とても興味深いニュースもありコメントしたかったのですが、ちょっと関連情報をインプットする時間的余裕がなかったのであきらめました。あと1週間くらいで少し時間的余裕もできそうな気がします。

ということで、引き続きよろしくお願いいたします。

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2024年4月 2日 (火)

適時開示からみた監査法人の交代理由-日本企業の非財務情報開示の「深い闇」

Img_20240329_163739896_hdr_512  もう15年ほど前に、こちらの「ふしぎな開示研究会」でご一緒させていただいた鈴木広樹先生(公認会計士、事業創造大学院大学教授)が、またまた私好みのマニアックな書籍を上梓されましたので、さっそく入手しました。「また」と申し上げたのは、2013年に「検証-裏口上場 不適当合併等の事例研究」を執筆され、上場会社の適時開示から日本企業の深い闇を垣間見る鈴木先生のスタンスがとても印象深かったからです。そのスタンスは変わらず、今回は「適時開示からみた監査法人の交代理由」(鈴木広樹著 清文社 2024年4月5日初版 3,200円税別)なる新刊書が発売されました。

いやいや期待に違わぬ面白さです。なんで「監査法人の交代理由」に関する適時開示がおもしろいのか、たかが会計監査人の交代理由の開示情報にすぎないではないか、と言ってしまえばそれまでです。ただ、一見開示規制に対する誠実な姿勢が窺がわれる日本の上場企業ではありますが、実は不都合な真実への「なんちゃって開示」にひそむ刹那的な人間模様が垣間見えるのであります。まさに副題のとおり「日本企業の開示姿勢を検証する」ところに本書の面白さがあります。

著者は(交代理由の開示規制が厳格化した)2019年から2022年までの730件余りの「監査法人の交代理由」に関する開示例を分析して、そこに日本企業が自分の会社をよく見せたいときに「ついついやってしまう」開示姿勢の傾向を見出しています。著者も(そして私も)そのような「なんちゃって開示」を非難したり揶揄するつもりはなく、悲しいかなそれが日本企業の哀愁漂う「開示規制に向き合う性(さが)」だと思うのです。「これまでは大手監査法人でしたが、監査の品質を向上させるための報酬値上げを要求され、ちょっとお高いので、たとえ品質は落ちても(ウチの会社に見合った)報酬の安い中小の監査法人にしました。たぶん、大手監査法人さんも、ウチとは(不正リスクを考えると)縁を切りたいので高くふっかけてきたと思います」とは口が裂けても言えない。いろいろ腐心して交代理由を説明するのですが、そうなると矛盾したり違和感を覚える表現になってしまうのですよね。

2023年から「ガバナンス改革2.0」が始まり、非財務情報の開示がますます要請される時代となりました。そこにはおそらく「会社をできるだけよく見せたい」との思いから、かなり虚偽情報も混じることになるのでしょう。しかし非財務情報の虚偽記載はその真偽が明らかにはなりにくいことから、(よほどの告訴や内部告発がないかぎり)行政処分や刑事処分の対象になることも少ないと思います。つまり、非財務情報を利用する人たちにとっては、その真偽を自己責任で判断しなければならない。本書の切り口は「監査法人の交代理由」ではありますが、こういった非財務情報開示への企業の姿勢を、いくつかのパターンで理解することが参考になります。

上場会社と監査法人(会計監査人)との「微妙な距離感」は、昨年にもニデック違法配当事案やいなげや決算訂正事案等にもみられましたが、なんとなく深い沼に沈んでしまいました。私はこういった日本企業の「深い闇」が大好きなので(笑)、思わず本書を手に取ってしまいましたが、監査法人の皆様や、非財務情報開示に携わる企業実務家の皆様にも楽しくお読みいただけるのではないかと。

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2024年4月 1日 (月)

内部通報制度の大切さをいかに社長に伝えるか(消費者庁の提言)

最近のデロイトトーマツ・グループによる「調査レポート 内部通報制度の整備状況に関する調査2023年版」では、日本企業の内部通報制度の最新事情がアンケート調査集計として示されており、制度を取り巻く現実の厳しさがよくわかります。①高い倫理観をもつ従業員が内部通報制度を知っていて(認知度が高く)、②組織が信頼されており(信頼性が高く)、なおかつ③通報者個人に対してもなんらかの見返りがある(メリットが大きい)とき、組織にとっての有益な通報が促されるものと考えます。」と締めくくられています。

また、KPMG社の日本企業の不正に関する実態調査 2022によりますと、日本企業(単体)における不正発覚の経緯の35%が「内部通報」によるものだそうです。通報受領後の対応のまずさによって新たに「二次不祥事」を発生させている企業もあることを考えますと、適切な内部通報の整備・運用こそ「自浄能力に高さ」を示すためのメルクマールではないかと思います。

ところで形式だけではなく、実質的にも内部通報制度を適切に機能させる(実効性を高める)ためには社長自身の本気度が極めて重要と言われていますが、では、社長にどのように伝えれば「その気」になってもらえるのか、そのヒントを消費者庁が提言としてまとめて公表しています(「2023年度調査-企業不祥事における内部通報制度の実効性に関する調査・分析‐不正の早期発見・是正に向けた経営トップに対する提言」3月27日公表)。この提言は、デロイトトーマツ弁護士法人が、平成31年1月以降に公表された企業不祥事に関する調査報告書265本を収集・分析した結果を受けて、消費者庁が経営トップに対する提言としてまとめたものです。これだけ膨大な調査報告書を一定のテーマに従って収集・分析することは、なかなか個人では難しいところでして、とても貴重な資料ですね。

世間にあまり公表されない「内部通報制度がうまく機能したので、大きな不祥事に至らなかった事案」も紹介・分析されています。経営陣だけでなく、管理部門のマネジメントに携わる方々にもご一読をお勧めいたします。ただ、私の実務感覚からしますと、(この提言が実効性向上につながるためには)通報制度の実効性を高める土壌としての「職場の心理的安全性」を確保すること、たとえばハラスメント研修も一緒に実施することやリスクマネジメントの失敗を歓迎すること、つまり「20件の通報のうち、1件でも会社にとって重要と思われる通報が上がってくれば制度を設けた意味がある」という思想を全社的に浸透させることが必要かと思われます。

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