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2024年10月31日 (木)

日本ガバナンス研究学会年次大会の様子(ガバナンスQ記事より)

(週刊文春デジタルの記事に基づき、オリンパスCEO辞任のエントリーについて追記しております)企業リスクコンサルティング事業を手掛けるディークエストHDが運営するガバナンスWEBマガジン「ガバナンスQ」において、去る10月5日に開催された日本ガバナンス研究学会の年次大会の様子が詳細に報じられております(久保利英明会長「日本ガバナンス研究学会」が“人権”をテーマに年次総会を開催《大会記前編・後編》)。

私も上記年次大会ではパネリストとして登壇しましたが、やはり年次大会の目玉はテーマにあるように1年を通じた研究成果を発表した「ビジネスと人権」を中心とした報告でした。各種ハラスメント対策、男女雇用機会均等、多様性社会、外国人就労、フリーランス、障害者差別解消等、今後様々な法改正が予定されているだけに、企業としてどのような人権侵害リスクがあるのか、リスクが顕在化した場合にどのように救済措置をとればよいのか等、キャッチアップしなければ、知らず知らずのうちに「グリーンウォッシング仲間」に入ってしまうおそれがあります。

ただ、調査結果によると、残念なことに「ビジネスと人権」に関する知見を有する取締役(社外取締役を含む)は数えるほどしか認められないとのこと。報告を聞いておりますと、かくいう私も平時からの取組みについてはよくわかっていないところも多いわけでして、私の(知ったかぶりに近い)認識と最前線の常識とのギャップを埋める良い機会となりました。

日本ガバナンス研究学会の活動にご興味がありましたら、ぜひ入会いただき、研究活動にご参加ください(こちらから申し込みが可能です。推薦者2名が必要ですが、協会へご連絡いただければ相談にのってもらえます)。ちなみに来年の年次大会は法政大学市ヶ谷キャンパスで開催されますが、ほかにも様々な活動がなされています。企業だけでなく、非営利組織のガバナンスに関する研究も活発なので、学校法人や医療法人、各種組合、公務員の方々も大歓迎です。

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2024年10月30日 (水)

企業不祥事の発見時における役員の義務と権利について(松井先生のご論文)

法曹時報第76巻第10号(2024年10月号)に松井智予先生(東京大学大学院教授)のご論文「企業不祥事の発見時における役員の義務と権利について」が掲載されておりまして、とりわけ不正の疑いを抱いた会社役員の違法行為是正措置に関する行動規範については、公益通報者保護法を学ぶ者にとってはたいへん参考になるところです。

とりわけ「告発者である取締役への退職慰労金不支給事例」(広島高裁令和5年11月17日)は、判決全文にあたってみる必要がありますが、有事における取締役の行為規範に関する会社法の解釈だけでなく、公益通報者保護法が会社法の解釈に及ぼす影響などにも触れられており、今後の有事における取締役の善管注意義務、注意義務の尽くし方を検討するためには理解しておく必要がある判例と認識いたしました(令和6年7月8日の宮崎テレビ事件最高裁判決との関係についても解説されています)。

私の名前も(注)でちょこっと出てきますが、松井先生が指摘しておられるように、これまでは違法行為の予防措置の懈怠に光をあてて法的責任を論じることはよくありましたが、いざ「疑惑」を認識した時点で、果たしてどのように取締役は振る舞うべきなのか(不正疑惑の報告をした者も、報告を受けた者も)、どのような調査方針を策定しておくべきなのか、といったレベルで善管注意義務違反、忠実義務違反を論じることはあまりなかったように思います。そのあたりを議論するにあたって参考になる裁判例が松井論文では整理されています。

まさに「公益通報者保護法は成立後間もないため、会社法との分担や双方の存在が双方の解釈論に与える影響は未知数」であります。前回の法改正の際には田中亘先生(東京大学教授)がいくつかの論点を整理するご論稿を出しておられましたが、公益通報者保護法も会社法も更なる法改正が予定されておりますので、松井先生の問題意識がさらに広く議論されることを期待しております。

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2024年10月29日 (火)

オリンパスCEOの違法薬物疑惑とコンダクトリスク(31日追記あり)

上場企業の現役社長の薬物疑惑(自ら会社に報告して辞任)といえば昨年の4月ころに一件ありましたが(東証グロース企業)、10月28日の各メディアが、オリンパス社のCEOによる違法薬物購入疑惑を報じており、疑惑のCEOは辞任されたそうです(たとえば朝日新聞ニュースはこちらです。取締役、代表執行役社長、指名委員の役職全てを辞任とのこと)。あくまでも「薬物疑惑」でありますが、オリンパスとしては捜査機関の捜査に全面的に協力することをリリースしています。なお、取締役会は社内調査の結果を受けて、企業理念に反する行動があったとして辞任を要求した(同CEOもこれに応じた)そうです。

同社のHPには、オリンパス行動規範とともに、同CEOのメッセージが以下のとおり記されています。世界有数の医療機器メーカーのトップによる薬物疑惑はかなり大きなイメージダウンです。

・患者さんの安全以上に重要なものはなく、私たちは患者さんの健康と安全の実現に全力を注がなければなりません。品質、患者さんの安全、そして適用される法規制の遵守は、私たち一人ひとりの責任です

・行動規範について質問がある場合、また、何か不安や懸念がある場合は、信頼できるマネージャーや人事、法務、GRC/コンプライアンス部門の担当者にいつでも相談してください。また、オリンパスインテグリティラインを利用することもできます。

今年9月に会社側からの相談を契機として警察も捜査をしているそうですが、現時点で薬物が押収されたわけでもなく、ひょっとすると今後不起訴処分となる可能性もあります。そこで「違法行為が確定していない現時点で辞任要求?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、たとえ薬物使用や所持の疑惑がグレーのままだとしても、おそらく薬物所持・使用を疑われる行動があったとすれば、同社の取締役会は「(当該疑惑を生む行為自体が)世界中の人たちの健康を推進する企業のトップが遵守すべきコンダクトに反する」と判断して辞任要求に至った、ということだと推測いたします。

昨日のエントリーでも触れたセクハラ対応もそうですが、たとえセクハラが認められなくても、そもそもセクハラと疑われるような行動があったとすれば、それは企業理念や企業行動規範に反する行為と評価され、懲戒規定上の「当社の役職員としての品位を害する行為」があったとして懲戒処分等の対象(役員の場合には辞任要求等)になることが多いですね。最近は大規模上場企業を中心に「役員行動規範」を別途策定して「社員よりも役員は高い倫理規範が適用される」として処分の対象となるケースもみられます。

そういえば、反社会的勢力と認定できない人(もしくは団体)と親密な交際をしていた社長さんが、「(たとえ反社と認定できないとしても)世間から反社会的勢力と疑われている(噂されている)人と経営トップとの交際が会社のレピュテーションリスクを顕在化させる」として、社外監査役さんからの辞任要求は適切だったとした判決もありました(たとえばこちらのエントリー「富士通元社長事件判決と上場会社の反社対応実務への影響」参照)。

オリンパスのリリースでは「通報をきっかけに社内調査が始まった」とありますが、この「通報」は内部通報(オリンパスインテグリティライン)なのか、それとも外部への情報提供があり、調査要請がなされたのかはわかりません。ただ、過去には内部通報者(H氏)や内部告発者(W氏)への不適切対応で大きな問題を発生させた企業なので、今回こそ自浄作用が発揮されたものと期待したいです。

(10月31日追記)すでにご承知の方も多いと思いますが、週刊文春デジタルにて驚愕の報道がなされています。1年8カ月も前から文春は取材を続けていたのですね。事実関係からすると、コカインとMDの売人から社内に通報があったということなので、オリンパスとしては「自浄作用を発揮したとは評価できない」ことだけお伝えしておきます。

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2024年10月28日 (月)

セクハラ事件の調査とサプライチェーン・コンプライアンス

10月23日の東洋経済記事「VC大手『ジャフコ』のセクハラ事件に業界は沈黙-スタートアップ業界『セクハラ横行』報道の中で露呈」を読みました。こういったセクハラ疑惑事件の社内窓口支援を長年しておりますが、他社でも対応に苦慮する事件です。セクハラ加害者、被害者間の民事的解決方法や懲戒処分の在り方についても、最近は慎重な配慮が必要だと感じています。

5271 ただ、この記事でも取り上げられているように、最大の課題は企業自身による「セカンドセクハラ」だと思います(最近は「セカンドパワハラ」も深刻な問題です。ただし労働人口の流動性が高まるなかで「退職勧奨」自体はかならずしもハラスメントには結びつかないようにも思います。)。こういった「疑惑」が取引先に知られるようになりますと取引先から「ビジネスと人権」の問題として「疑惑を解明して報告せよ」と要求することが増えています。取引先にとっても「人権方針」に相いれない取引によってハンディを背負いたくないわけでして、まさにサプライチェーン・コンプライアンスの一環です。左にご紹介した新刊書「グローバルサプライチェーン再考-経済安保、ビジネスと人権、脱炭素が迫る変革」(2024年9月30日発売)は、経済安保や人権問題、気候変動などがビジネスに及ぶ影響の最新情報を伝えていますが、VUCAの中身として「ビジネスと人権」問題への対処が企業に強く要請されることを痛感します(私の常識が米国やEU諸国ではもはや通用しない可能性があることを実感しました)。

とりわけ「こういった疑惑があるようなので、きちんと報告してください。可能な限り、会社とは利害関係のない専門家による調査を行ってください」との要請があって、私が(疑惑のある企業から)ご相談を受けるケースも増えてきました(私の仕事的にはありがたいことですが)。「当社のセクハラ問題でまさか取引先から調査要請が来るなど、考えてもみなかった」・・・そうなんです、だからVUCAの一つなのです。そこに気づきながら対処するか、気づかずに対処しないかは、企業のレピュテーションだけでなく攻めのビジネスにおけるハンディにもなりうる問題であり、日本企業にとっては深刻ですね。

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2024年10月25日 (金)

弁護士によるインサイダー取引-「市場の公正性」はいずこに

メガバンク行員、裁判官(金融庁)、東証職員ときて、今度は弁護士とのこと(時事通信ニュースはこちら)。市場に関与していた弁護士ではありませんので「一次情報受領者」として株の売買に及んだようです。当該弁護士の方も課徴金処分となりましたが、同時に情報伝達者も処分の対象とされています。わずか数万円の利益のために重大な法令違反行為に及ぶとは、ホントに常識では考えられません。なぜバレないと思ったのでしょうかね?

まさか「バレても課徴金で済むレベルだから大丈夫」といった規範意識があったとすれば、もう一度インサイダー取引規制の在り方から考え直す必要がありそうです。

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江頭先生、菅野先生へのお祝いの言葉(追補あり)

江頭憲治郎先生(文化勲章)、菅野和夫先生(文化功労者)、誠におめでとうございます。 栄えあるご受章を祝し、謹んでお慶びを申しあげます。まだ11月3日の前ですが、商法、労働法の世界で基本書を愛読している者として、とてもうれしいニュースです。

ちなみに1960年以降で、文化勲章を受章された商法学者としては田中耕太郎氏、鈴木竹雄氏、大隅健一郎氏に次いで4人目ですね。

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東証社員によるインサイダー取引疑惑-どうなる「市場の公正性確保」

門外漢さんが「裁判官のインサイダー取引疑惑と民間出向制度の是非」にコメントされているように、立て続けにメガバンク、裁判官(金融庁職員)、東証職員のインサイダー取引疑惑が発覚しました。強制調査がなされている段階であり、まだ今後の展開は読めませんが、たいへんショッキングな事件です。自己売買や取引推奨など、実行行為は異なりますが、いずれも「なぜ、この立場の方が」との疑問が湧きます。そんなにインサイダー取引は魅力的なのでしょうかね?一連の事件を振り返り、企業のコンプライアンス経営の視点から3点ほど感想を述べます。

ひとつは「不祥事はどこの組織でも起きる。起きたときにどうするか、ということを平時から考えるべき」と常々申し上げておりますが、今回の例はまさに「(不祥事発生を前提とした)早期発見・早期是正重視の不正対策の重要性」を裏付けるような事例になったことです。どんなに頑張っても不祥事は必ず(どこの企業でも)起きます。東証社員の方はTOB関係資料をスマホで親族に送信していたそうですが(日経記事より)、もうここまでくると、東証が上場企業に勧めている「インサイダー取引防止体制」を模範的に整備していたとしても防止することは困難でしょう。まさに「内部統制の無視、無効化」、つまり内部統制の限界事例です。「やっても必ず捕まるのだから、やるだけムダ」という「機会喪失」に訴える手法には限界があるということです。東証も金融庁も、2020年のこちらのエントリーで紹介した大阪府警の取組みのように、「自組織でもインサイダー取引は起こり得る」という前提での対策をとることも検討されてはいかがでしょうか。

ふたつめは「不正予防対策」の課題です。銀行や東証、金融庁、裁判所などは社会的に「無謬性」「廉潔性」が求められますから、「早期発見重視」といっても(それだけでは足りず)、どうしても未然予防重視の対策をとりたくなるはずです。「不祥事は起こしてはいけない。起こさないためにはどうすべきか」ということを検討します。しかし、AIの発達によって不正防止対策の実効性も上がってきたとはいえ、未然防止対策は日頃の通常業務に高い負荷をかけます。「職員への信頼」を前提とした性善説による内部統制ではなく、性悪説による内部統制は投下する費用も膨大になりますし、事業部門の活動に相当な手間をかけることになり、業務の有効性を低下させます(マルウエア攻撃によるシステム障害の防止対策が一番わかりやすいかと)。どっちを重視するかは経営判断となるはずです。

そして三つめは(市場の公正性確保に関わる大問題ですが)「インサイダー取引規制に精通している現役の金融庁や東証の職員でさえインサイダー取引をやるのだから、本当は(うまくやりさえすれば)不正取引が発覚する確率は低いのではないか?」との印象を国民に抱かせたことです。東証が市場を常時監視していて、不審な株取引は追跡しているわけで、私などは「絶対に発覚する」「運が悪くて発覚した、はありえない」と認識しています。しかし、それは市場関係者の「都市伝説」であり、人的資源に制約がある東証、当局はリスクアプローチで取り締まらざるを得ないのではないか、との疑念も自然に湧いてきます。この「疑惑」をこれから金融庁、東証はどうやって解消していくか。(専門家の範囲内でわかる)「安全」では足りず「安心」を国民に届ける必要がありますから、どうすれば「安心」を証明できるのか、その工夫が求められます。

「遺憾である」「論外」「許されるものではない」などとコメントする前に、以上3つの課題については組織のトップが真剣に検討すべきです。トップ以外に意思決定できる人はいません。

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2024年10月24日 (木)

今年の「会計監査界隈」で注目すべき事件(サンテック事案を追加)

Img_20241023_215704950_512 本日発売の竹内まりや「プレシャス・デイズ」を入手いたしました。デビュー45周年記念アルバム、前作から10年ぶりということで、学生時代からずっと「杉真理(まさみち)&竹内まりや」を追いかけてきた者としては、新曲「Days Of Love」をはじめ、ナミダモノの18曲です。69歳にして衰えない「まりや節」を拝聴できました。全曲解説付きの豪華44頁ブックレットを「老眼鏡」で読んでいる私はすっかり高齢者であることを実感します(笑)。

さて、10月17日に「今年の『会計監査界隈』で注目すべき三大事件について」なるエントリーを書きましたが、匿名さん(開示は控えてください、とのことでコメントは載せておりません)から「これも重大事件では」とご教示いただいたのがサどうもありがとうございます!)。たしかに第三者委員会報告書を読むと、中堅規模の上場会社や中堅監査法人では笑えないお話ですね。

会計監査人が意見不表明の報告書を提出するケースは、財務諸表に対する意見表明ができないほど会計記録等が不十分な場合や、監査証拠が入手困難である場合等に限られるわけでして、2024年3月末決算の上場会社においては当該1件のみです。電気設備工事などを手掛けるサンテック(東証スタンダード)において、前々事業年度に受注した特定の特殊工事に係る見積り工事原価の増額等について、監査人が適切な監査証拠を入手できなかったことで意見不表明となりました。

当該意見不表明により、第1・第3四半期財務諸表等に対して公認会計士等による期中レビューを受けることが義務付けられましたが、監査人の退任後、新たな監査人と監査契約が締結できず、監査人が不在状態になりました。そして、同社は、四半期末後45日以内に第1四半期決算短信を開示できない旨を適時開示していましたが、ようやく9月9日付で別の監査法人を一時会計監査人に選任した旨を公表しています。

意見不表明を出した監査法人は、監査を受託した初年度の監査だったわけで、会社との信頼関係が構築できなかった様子が報告書からうかがわれます。また、それまで40年も監査を担当していた監査法人の監査を「伴走型」と解説されていますが、会計監査人の監査の在り方として、何が正しいのか、ぜひこの案件から勉強してみたいと思いました。また、おそらくまじめな会社だとは思うのですが、上場会社としての会計監査との向き合い方にかなり大きな問題があったのではないかと(上場廃止リスクとかって、どんな風に社内で感じておられたのでしょうかね?)。このあたりは(私も存じ上げている)「てりたまさん」のブログをお読みいただいた方がわかりやすいと思います。

なるほど、本件はまさしく「会計監査界隈」では今年注目の案件ですね。以前は(わりと時間的余裕があったので)適時開示もマメにチェックしていたのですが、最近はサボっておりまして見落としておりました。マスコミやSNSで話題になっていないけれども「マニア受け」のする案件を見出すには、やっぱり自分で適時開示をチェックしないといけませんね。

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2024年10月23日 (水)

やはり(企業価値向上のために)社外取締役が持つべきは「時間軸」だと考える

10月22日の日経ビジネスのWEB記事「哲学者が監査役、僧侶が社外取、本質射抜く『心の時代』のガバナンス」を興味深く読みました。臨済宗派の寺院の副住職の方(東証プライムのIT企業の社外取締役、日経ビジネス「次代をつくる100人」にも選出されている方)が、取締役会に出席して重視していることは「時間軸を持つ」とのこと。「目先の利益にとらわれ、本質的なものを見失っているようなときに、目線の変えるように促す」そうです。

先日(10月7日)のエントリー「社外取締役評価において注目すべきは『時間軸でモノが言える人』」でも述べましたが、私もまったく同感でして、自分の発言したこと、相手が発言したこと、取締役会で意思形成したことを客観的にメタ認知できるかどうかが重要だと思います。ダニエルカーネマンの「ファスト&スロー」で喩えれば、経営執行部がファスト思考(97%は直感が正しい)で物事を判断するところで、社外取締役や監査役はスロー思考(直感が間違える3%を正す)で判断を行うということです。「ファスト思考」のなかで弁護士資格を持つ社外取締役が(法律的視点から)アレコレ発言してもあまり効果的ではありませんが、時間軸を意識した「スロー思考」における発言であれば取締役会の意思形成にも影響を及ぼすことができます。

なお、この「時間軸を持つこと」をもう少し具体的に申し上げると(あくまでも「私の場合」ではありますが)、①社員の方々とコミュニケーションを図るなかで企業理念(パーパス)、企業文化の浸透度を理解する、②業界への知見を深めて目の前の課題を外部の目で理解する(中期経営計画との関係で)、③過去の意思決定と現在の議論との整合性を吟味する、といったところでしょうか。発言できるレベルまで、このような作業が日頃から求められるとするならば、やはり社外取締役の兼務は2社くらいが限界のような気がします。

企業不祥事だけでなく、セブン&アイや富士ソフトのように、いつ社外取締役にとって「有事対応」が求められるかわからない時代となりましたので、善管注意義務の視点からも兼務は少な目のほうがいいですよね(ちなみに最近は取締役会改革の一環として、このような(最適解としての)社外取締役の関与を意識した審議事項を取締役会に並べる企業も増えてきたように思います)。

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2024年10月21日 (月)

裁判官のインサイダー取引疑惑と民間出向制度の是非

つい先日「インサイダー取引防止体制の構築はストーリー仕立てで考えるべき」なるエントリーにて、取引推奨行為も犯罪や行政処分の対象になってしまうから気を付けましょうといった意見を述べましたが、もっとショッキングな「ベタなインサイダー取引疑惑」が話題になっております。

まだ強制調査段階の「疑惑」なので断定はできませんが、金融庁に出向している裁判官の方が出向直後からインサイダー取引を繰り返していた、との報道がなされています(たとえば読売新聞ニュースはこちらです)。企業開示課課長補佐の身分でTOB関連の情報に触れる機会を利用して「自己名義」で取引を繰り返していたとなりますと、うーーーん、どんな正当化理由があったのか(たとえば「すでにリークなどで開示されていた」とか「未だ重要事実に関する社内の決定事実がなかった」とか?)わかりませんが、あまり善解できそうな理由は見当たらないようです。

裁判官の民間出向制度は、読売新聞の記事にもあるように、最高裁が主に任官10年未満の若手を対象に中央省庁などへの出向させる制度でして、出向中は裁判官の身分をいったん離れ、裁判所に戻る際に改めて任官する、というものです。大手弁護士事務所等にも出向してM&A実務を学ぶケースもあり、おそらく商事部などの裁判官となった際には、出向時の知見が役に立つのでしょうね。裁判官が国の指定代理人を務める「判検交流」はいろいろと異論もあるものの、民間出向制度については有意義なものと一般には理解されていると思います。

ただ、今回の事件のように裁判所や金融庁の信用を毀損するような問題が発生するくらいなら、こちらのエントリー「変わるか?-最高裁の金融商品リスクへの評価アプローチ」でご紹介したように最高裁の中で裁判官の研修制度を作るほうが得策ではないかと。また、過去の監査学会で報告させていただいたような(こちらのエントリーをご参照ください)専門部事件への専門家の活用などで裁判官の知見を補完するということも検討されるべきではないでしょうか。裁判所や金融庁の「無謬性(むびゅうせい)」を重んじて、単純に個人の問題として捉えるには、やや問題が大きすぎるように思います。

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2024年10月18日 (金)

テレビ局による旧ジャニーズタレントの起用再開ー人権DDか再発防止策か?

西田敏行さんといえば私が高校生の頃のドラマ「いごこち満点」が(私にとっては)代表作です。司法試験浪人として長く下宿に居座る受験生役でしたが、初めて短答式試験に合格して下宿に帰ってくる様子は今でもよく憶えていますし、人生で初めて司法試験の難しさを認識したのもこのドラマでした。昔の話になりますが「池中玄太」で紅白歌合戦に出場したときの衣装も印象的でした。

さて、紅白歌合戦といえば出場歌手発表も控える時節柄からでしょうか、NHKが旧ジャニーズ所属タレントの起用再開を発表したそうでして(朝日新聞デジタルはこちら)、これを契機にテレ東だけでなく、他の民放キー局も再開に動くことが予想されます。起用再開の是非については様々な意見があると思うのですが、とりわけテレビ各局は起用を再開する理由については明確に説明する必要があると思います。

その「再開理由」ですが、テレビ局としては(取引先に対する)人権DD(デューデリジェンス)の一環として説明をするのか、それとも過去の不祥事に加担したこと、つまり自社の不祥事に対する再発防止策の一環として説明をするのか、明らかにする必要があるのではないでしょうか(私の素朴な疑問であります)。取引先が人権侵害を将来的に起こさない、ということを確認することで再開する、というのであれば現状を把握したうえでの説明でも足りるように思うのですが、旧ジャニーズ事務所の設置した調査委員会報告書で示されたように「テレビ局も共犯」ということを重視するのであれば、再発防止策の進捗状況の説明と起用再開との関係整理が必要です。

自社が二度と人権侵害企業に加担しない、という宣言を社会に説明することを重視するのであれば、やはり①創業家が旧ジャニーズ関連企業の株式を手放したこと、②旧ジャニーズ関連企業に原盤権や著作権等の無形資産に由来する利益が生まれないこと、③被害者救済に一定のめどがついたことをそれぞれ確認しなければ再発防止策の進捗状況の合理的な説明にはならない、つまり「起用再開」は、社会の風を読みながら「なしくづし」的に旧ジャニーズ問題にケリをつけたかように受け止められるのではないかと。よって、たとえテレビ局がタレントの起用再開に至ったとしても、これは人権DDの一環としての措置であり、人権侵害へ加担したことへの再発防止策の進捗としては、上記三点についてのモニタリングを継続する必要があるように思います。

「タレントの起用再開」問題はテレビ局だけの問題ではなく、タレントを起用する企業の問題でもあるわけですが、企業の場合には「共犯」とまでは断定されていなかったので、少し状況は異なります。いずれにしても、今後は「通信と放送の融合」が不可欠となる時代となり、日本を代表する放送事業者においては海外の通信事業者との共同制作に影響が及ばないような合理的な説明が求められるものと考えます。

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2024年10月17日 (木)

今年の「会計監査界隈」で注目すべき三大事件について

一昨日のエントリーについては、熊本市保健所の記者会見記事をもとに修正をしております。賞味期限の改ざん問題はけっこう根が深いことがわかりました。もしお時間がございましたら、そちらもご覧ください。

さて、まだ今年も2か月以上残しておりますが、2024年に会計監査関連の注目案件を挙げるとすれば、下記の三つではないでしょうか。もちろん自分的に会計監査の素人的な立場から興味があったものなので「これはおかしい」とか「他にこんなのもありますよ」という事件がございましたらご教示いただけると幸いです。そもそもこのような事案は何が正しい解決策なのか、どなたか持論を展開して「たたき台(たたかれ台?)」が登場してこないと議論が深まらないと思います。

まずなんといっても「エネチェンジ会計粉飾疑惑事件」ですね。これはおそらく当ブログにお越しの皆様にも異論のないところかと。最終的には会社側が会計監査人の適正意見をもらうために妥協をするわけですが、会社が設置した第三者委員会と会計監査人とで「会計不正(粉飾)」該当性で意見が分かれた、という問題は、ぜひ法律業界と会計監査業界で議論をしていただきたい、と強く願うところです。会計監査人が「見解書」を提出した、社外取締役や監査役から「誓約書」をとりつけた、といったビックリ事実も公表されていて、ガバナンス的にもとても興味深い事案です(ちなみに会計監査人に対する外部からの情報提供にて発覚)。

つぎに「レーザーテック株式空売り騒動」です。アクティビスト(スコーピオン?)によって「粉飾だよね」と300頁を超える報告書が開示され、これにレーザーテック社が調査委員会報告書によって「会計不正は見当たらない」と対抗したもの。株価は一時急落したものの、アクティビストによって指摘された疑惑を一つ一つつぶしたことで市場からは好感されました。風説の流布に該当するのではないか、といった意見も出て、ややグレーゾーンが残ったような雰囲気もありましたが、事後的に円満解決になったということであれば、今後同様の会計不正疑惑に関する意見開示の事案も出てくるのではないでしょうか(ちなみにレーザーテックさんとは関係ありませんが、エンロンの巨額粉飾事件を最初に指摘したのも米国大手ヘッジファンドでした)。

そして最後に環境経営総合研究所(ERI)の会社更生事件です。事実関係はまだ今年いっぱいくらいまで新事実が出てくるのかもしれませんが、ESGの時代にふさわしいビジネスモデルとして世間が注目するなかで、15年も前から虚偽の売上が計上されていたということで驚きの倒産劇です。資本金は24億を超えていますので、当然会計監査人による会社法監査は受けていたはず。しかし会計監査人が誰なのか、どんなガバナンスだったのか(取締役+監査役+会計監査人、という機関形態も可)謎に包まれたままであります。もし懈怠があるとすれば、会社法違反の罰則があまりにも緩いので、会社法を改正すべき論点だとは思うのですが。金融機関や格付け機関は同社のガバナンスをどのように評価していたのか、とても関心があります(金融機関からの会社更生開始申立によって発覚)。

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2024年10月15日 (火)

賞味期限の改ざん問題とサスティナブル経営(10月16日追記あります 10月17日訂正あります)

企業法務関連の知人の皆様は、大阪大学で開催されていた日本私法学会に参加された方が多かったようですが、私は地域のだんじり祭りと孫の世話であっという間に3連休が過ぎてしまいました(笑)。少子高齢化の波は「だんじり祭り」にも及んでおります。私の地域でも引手が少なくなったことでだんじりの統廃合が進んでおり、今年はやや寂しい思いをしました。

さて、10月14日の朝日新聞デジタルのアクセス1位の記事によりますと、熊本県の高級洋菓子店がショコラの賞味期限を改ざん(賞味期限のラベルの張替え)を行っていたとして、熊本市保健所から調査がなされていることが報じられています(朝日新聞デジタルの有料版記事はこちらです)。公益通報が端緒だそうですが、朝日新聞デジタルのこちらの記事などを読みますと、組織ぐるみで行われたことがわかるチャット画像なども公開されていますのでおそらく2号通報だけでなく3号通報(マスコミ等への通報)もなされていたのでしょう。

何が「公益通報事実」に該当するかといいますと記事にもあるように食品表示法違反ということになります。消費期限違反とは異なり、賞味期限を超えた食品を販売しても法令違反には該当しませんが、さすがに「賞味期限の改ざん」となりますと、そのことによって健康を害するおそれが生じる場合には食品表示法違反となる可能性が出てきますし、さらに悪質であれば詐欺罪にも該当しうるように思います。重要なのは、明白な法令違反事実とはいえなくても「法令違反の可能性がある」というだけで行政機関は2号通報として動くという点です。

ちなみに2022年1月に発覚したセブンイレブン店舗での「おでん」賞味期限切れ販売については、従業員のyoutube投稿が端緒となり、セブンイレブンが謝罪しましたが、このようなSNS投稿が「公益通報」にあたるかどうかは議論の余地があります。

洋菓子店の代表者の方は「現場でそのようなことが起きていたとは知らなかった」と話しているそうですが、私からしますと外部へ公益通報がなされるまで社内通報はなかったのか?という点に関心が向きますね。従業員は50名程度の事業者ということなので公益通報への対応体制整備義務は努力義務ではありますが、やはりこういった事例をみると中小規模の事業者においても通報制度を整備しておくほうが良いのではないかと思います(たしかに「チョコなんて味は変わらないのだから、何度かラベルを張り替えても問題ないよね」と考えている従業員もいるかもしれません。ただ、名店であるがゆえにプライドが許さないと考える従業員もおられるはず)。

なお、最近も食品の賞味期限に関する改ざん事例はよく聞きますが、そもそも美味しく食べることができるのに賞味期限を過ぎたからといって廃棄するのはとてももったいない、ということで再発防止策の一環として「もったいない」をできるだけなくす努力をすべきではないでしょうか。スタバが昨年から始めた「フードロス削減プログラム」のように、売れ残りを削減するために値引き販売を行うとか、保存方法包装を変えることで合法的に賞味期限を変更する、といった取り組みはかなりの事業者でも行われていますね。もちろん資源配分も必要ではありますが、ESG経営を推進することが、同時に不祥事防止策になるわけで、組織風土も変わるのではないかと考えております。

(追記)10月16日の熊本市保健所による記者会見の様子をみると、「シール貼り替え」が不適正なのではなく、科学的・合理的根拠なく賞味期限を表示していたことが食品表示法(および食品衛生法?)に違反する、というロジックのようですね。昨日、私がブログで書いたように、たとえば保存方法包装紙を変える、保存場所を変える等によって、賞味期限が合理的根拠に基づいて変更できるのであればシールの貼り替えも適正ということになるはずです。しかしそうなると「改ざん」と「適正なシール貼り替え」との境界線は極めてあいまいとなりそうです。ただ、この洋菓子店さんのように「夢を売る」商売であれば、そもそも「賞味期限シールを貼りかえる」という行為自体がレピュテーションリスクを顕在化させますよね(^^;)。

(10月17日追記)読者の方より「包装紙を変えることでなぜ賞味期限を変えることができるのか」との問い合わせを受けまして、(保存技術を高めた包装容器のことを指したものの)表現方法が不適切と思われたので訂正いたします。失礼いたしました。

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2024年10月11日 (金)

エフエム東京元経営陣に会計不正による損害賠償責任が認められる(東京地裁判決)

セブン&アイHDの資本戦略が公表されましたが、大阪の中心部に事務所を構える消費者のひとりとしては、そもそも主力であるセブンイレブンの競争力がかなりピンチではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。近隣のローソンやファミマと比べると、店舗の活力は負けていませんが、どうも「がっかり商品」が増えているような気がしており、とても心配です(以下本題)。

9月27日のエントリー「エフエム東京社長のパワハラ辞任と同社の自浄作用」では、同社における複数の内部通報をきっかけに社長のパワハラ辞任という事態に至った事案を紹介しましたが、本日(10月10日)の各種ニュースでは、同社の元経営陣4名に対する2億8000万円の損害賠償責任が東京地裁で認められたことが報じられています。

エフエム東京の旧経営陣が不適切な会計処理をしたとして、2022年に同社が当時の会長ら元取締役4人に対して計約4億8000万円の損害賠償を求めた訴訟です。東京地裁は元経営陣4人が同社の子会社を連結子会社と扱わない会計処理を行ったり、2億円余りを貸し付けたりしたことで「取締役としての任務を怠った責任がある」「会計処理が会社法に違反するほか、貸し付けの判断に著しく不合理な点がある」と指摘し、4人の賠償責任(約2億8000万円)を認定しています。

ちなみに、この会計不正事件の端緒は同社の内部通報窓口への通報、会計監査人への内部告発が端緒となっていたように記憶しております。9月27日のエントリーでは「自浄作用が発揮されたのでは」と書きましたが、ここまで内部通報、告発がなされたとなると、同社では、もう少し深い要因があるようにも思えますね(あくまでも勝手な推測ですが・・・)。法律雑誌等でまた判決内容を確認したうえで、追加の意見を述べたいところです。

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2024年10月10日 (木)

インサイダー取引防止体制の構築はストーリー仕立てで考えるべき

今年7月、三菱UFJ銀行の行員の方が「業務で知り得た取引先企業の重要事実を公表前に親族らに伝えていた」との疑いで金商法違反(情報伝達行為)の強制調査を受けたことが報じられていました(「俺は親族が取引をするとは思っていなかった」と抗弁を出しておられるそうですが、どうなったのでしょうかね?)。同行員の親族らは、行員から聞いた情報に基づく株取引で計数百万円の利益を得ていた可能性があるとのことですが、まさに当ブログで(改正前金商法違反ではありますが)「家族を不幸にするインサイダー」「家族を不幸にするインサイダー(2)」で危惧していたような事案に近いものであります。

現行の金商法違反(インサイダー取引規制法令)は重要情報の伝達行為のほかに受領行為、そして(重要情報の提供なくして)取引推奨行為にまで規制が及んでおります。どんなに内部統制システムの構築(法令違反防止体制)に注力しても、上場企業社員にとっては「甘い蜜」であり、100%未然防止することは困難であります。不幸にして社内でインサイダー取引者が出てしまった場合には、企業としては体制整備を尽くしていたことを説明して「あくまでも不届き者の個人的所業」として抑え込み、法人あるいは役員に法的責任が及ばないようにしたいところです。

ただ、本当に(不幸な社員を作らないために)未然防止に注力するのであれば、役職員への研修においてインサイダー取引に関する知識を理解してもらうよりも、「わかっちゃいるけどやめられない」根本原因についてストーリー仕立てで解説するほうが実効性が高いのではないでしょうか。たとえば情報伝達行為や取引推奨行為を防止するためには、①義理人情シリーズ、②派閥争い、お家騒動シリーズ、③「ええかっこしい」シリーズあたりかと。

①は当ブログでも過去に何度か登場したビジネス上の貸し借りの対象になるというもの。「これだけの借金を返す気があるなら誠意をみせろ」と言われて、とりあえずインサイダー情報を教えることで誠意をみせた、という事例がありましたね。②はM&AやTOBといった重大インシデントを目論む一派とこれを阻止したい反対派での情報合戦に巻き込まれて、思わず(支持者を増やすことに躍起となり)関係者以外にも漏らしてしまったという事例です。関係者にとってはインサイダー取引どころではなくても、情報を受領してしまった者を違法行為に誘うことになります。③はスナックでの会話「ママ、いいから何にも聞かずに〇〇株を買っておけよ。悪くない話だって。年末のハワイ旅行の費用くらい、すぐにできちゃうかもよ」というのが典型例かと(いずれも過去の課徴金事例がありますね)。

上場企業の社員ともなれば、インサイダー取引が法令違反として処罰対象とされることくらいは理解しておられるはず。取引推奨行為についても勉強すればすぐに理解できると思うのです。ただ、理解したとおりに行動できないのが人間の性(さが)でして、甘い蜜の誘惑に負けないためのイメージ作りが未然防止にとっては不可欠であります。一度、検討してみてはいかがでしょうか。

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2024年10月 9日 (水)

社外取締役が増えると取締役会の審議が形骸化する(ように思う)

本日(10月8日)某社適時開示では、9月の定時株主総会において、会社法上社外監査役にできない人を社外監査役にしてしまった、とのことで、監査役会に欠員が生じてしまったことがリリースされています。会社法上の社外監査役→社外取締役の横滑りはできても、その反対はできないのですよね。選任決議がなされた後に気づくと結構手続きが煩雑となりますのでお気をつけください。

さて、今週はガバナンス関連のエントリーばかりですが、ダイヤモンドオンラインで八田進二先生による「社外取締役はオーナーと刺し違える覚悟を持て!」なるインタビュー記事が掲載されていて、毎度のことながら胸のすくような思いで拝読いたしました。「それだけの気概を持った社外役員がどれほどいるだろうか」「本当に刺し違える気概をもって刺し違えたら、おそらく他社からはもうオファーが来ないだろう」などツッコミを入れたくなるところもありますが(^^;)。

ただ、的を得ていると感じたのは「社外取を増やすほど取締役会内に重要な情報が入りづらくなります」とのご意見。まさにそのとおりであり、社外取締役が3名、4名となればなるほど取締役会の性格(場の雰囲気)は変わりますね。たとえ社外取締役が半数に満たなくても、全員が反対に回れば事実上、審議案件は通らないです。これをおそれて(? というか面倒なことにならないように)重要な案件に関する実質的な意思決定は「専務会」「常務会」といった要職の取締役、執行役員のみで構成された任意の機関でなされていて、取締役会は重要戦略の「お見立て会」「お披露目会」になってしまうことが多いように思います。

取締役会への上程事項についても、事実上、このような専務会・常務会で選別されてしまうので、不祥事案件を社外役員が知る機会もなくなるというわけです。唯一、社外取締役が取締役会議長を務めている企業では、この弊害から免れることができるかもしれません(取締役会の性格を変えるという意味では、やはり社外取締役が議長を務めることの意味は大きいと思います)。

ガバナンスを「見える化」しても、この専務会・常務会は目に見えるものではありません(機関投資家の方々も、あまり気づかないと思います)。集団浅慮からの脱却を図る良い機会であるにもかかわらず、取締役会が「とりあえず社外の意見も聞きました」で終わってしまうのはかなりもったいないように思います。社外取締役の数が増えるほど、上記の傾向は強くなっているので、社外取締役だけの意見交換の場を設けることも必要になると考えます。

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2024年10月 8日 (火)

不祥事続発-監査役員の復権に不可欠なシステムについて

10月10日から開催される日本監査役協会の監査役全国会議が満員御礼の大盛況ということで、誠におめでとうございます。対面形式による会議が普通に開催されるようになり、リアルでの講演ならびにシンポはやっぱり楽しいですよね。「激変するビジネス環境と監査役等の役割」がメインテーマということで、妥当性監査も含めた監査役員の活動に期待を寄せております。

さて、10月7日の日経ビジネス「実践コーポレートガバナンス」欄において、松田千恵子教授が「企業不祥事続発、監査は機能しているか 支える人材なしが過半数」なる記事を執筆されておられます。企業不祥事が頻発する中で、監査役員や内部監査の役割が注目されているが、現実には社内の人的資源が十分に配分されておらず、なかなか機能が発揮されていないことを危惧されており、私もまったく同感です。内部監査部や監査役スタッフが将来有望な若手社員のキャリアパスの一環になっていない、という現実があり、あいかわらず往査中心の監査職務に頼っているところがありますね。

ところで、私は監査役員のスキル向上や頑張りに期待するまえに、どうしても監査環境を整備することが重要と考えておりまして、なによりも監査役員就任者については社内の人事制度からの切り離しが不可欠と痛感しております。最近、監査役員の任期である最低4年間務めることなく、途中で退任して後継者にバトンタッチする会社が実に多い。この傾向は任期2年の監査等委員(監査等委員会設置会社)が急増するようになってから、ますます顕著です。監査役員の復権を阻む最大の壁は「同期の取締役が退任する時期に併せて監査役も退任する」という会社の人事慣行にありそうです。

つまり、監査役が社長の指揮命令から独立してその職務を果たすためには、当然のことながら職務の独立性が保障される必要があり、同期の社長が辞めようと、執行役員が辞めようと、(監査役であれば)最低4年は職務上の地位が保障されていることが前提です。「ウチの会社は以前からそうなっているので」ということで何の疑問もなく任期途中で辞任されてしまうのであれば、もはや社長に厳しい意見を述べることも期待できないと思います。監査役員の方々も、さまざまなスキルを学ぶ機会が多いとは思いますが、監査役員の役割を果たすためには、まず監査役員の独立的職務を尊重する会社の姿勢を人事制度の改革で示す必要があります。

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2024年10月 7日 (月)

社外取締役評価において注目すべきは「時間軸でモノが言える人」

土曜日(10月5日)は私が理事を務めております日本ガバナンス研究学会の年次大会が開催され、いつもながら自由論題、統一論題において様々な気づきがありました(お世話いただいた追手門学院大学の藤原先生、そして大学関係者の皆様に厚くお礼申し上げます)。そのひとつではありますが、金融庁企業開示課の方による特別講演の中で「まだあまり話題になっていませんが」との前置きで、10月2日に東証から公表された「アクション・プログラム2024を踏まえたJPXプライム150指数構成銘柄の状況」に注目してほしい旨のお話がありました。ガバナンス改革が企業価値向上に有意な影響力があるかどうか、今後様々な検証・分析がなされる際に参考になるのでしょうね。

さて「有意な影響力がある」といえば、一週間ほど前に、ブルームバーグニュースで「掛け持ち社外取締役は株価にマイナス、形式主義に投資家が厳しい視線」と報じられており、SBI証券のチーフアナリストの方の分析結果によれば、東証プライム指数を構成する1600社余りのうち、3割程度の約500社で兼任社外取締役を抱えているが、兼任社外取締役の存在する企業のほうが有意にパフォーマンスが悪いとのこと。「経営者に忖度(そんたく)せず、異なる常識を持ち込むことが大事とされる社外取締役で、掛け持ちを入れているのはガバナンスの弱さに関連している可能性がある」と分析のうえで、株価低迷の背景には取締役会の多様性確保で後手に回り、社外取締役の争奪線に加わらざるを得なくなったことがあると指摘しておられます。

私も(これだけ企業統治改革の実質化が叫ばれている環境であれば)兼任は2社までであり、それ以上の兼任は(本職をもつ社外取締役としては)むずかしいのではないかと考えております。なぜなら、私は「社外取締役は平面軸ではなく、時間軸で物事を考えることができる人」こそ、企業価値向上のために役に立つと思っているからです。これは私の社外取締役としての失敗経験や周囲で素晴らしい社外取締役から学んだ経験からであります。

たしかに取締役会評価において「スキルマトリクス」が重要視される時代となれば、取締役会の審議において自身の専門的知見をもとに、様々な角度から意見を述べることは期待されていますし、それなりに有識者となれば期待に応えることができるかもしれません。しかし、「3か月前の決議に至るプロセスからみたら今回の議論はおかしいのではないか」「半年前に条件付きで承認とされたあの案件の進捗(条件は成就されたかどうか)はどうなっているのか」「1年前に『継続審議』とされたあの案件は、なぜ再度上程されないのか」といった時間軸を前提とした議論を行うためには、過去にさかのぼって何度も勉強しなおす時間が必要であり、本業を持つ人がそのような考察に時間を割くことができるのは多くて2社まで、と考えています(経営判断に責任をもつ、というのはこういったことではないでしょうか)。

取締役会改革が進んでモニタリングモデルの取締役会が主流となった以上、監督責任を果たすためには事務局からの「議題に対する事前説明」だけでは足りません。本当に経営理念に沿った判断を行うのであれば、取締役会における審議は「言いっぱなし」に終わらず、過去の発言に責任を持ち、時間軸に沿って動的に判断を下す必要があると思います。

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2024年10月 3日 (木)

関西送配電社の虚偽報告発覚と「自浄能力」

すでに昨日報じられているように、関西電力グループの関西電力送配電社において、過去の柱上変圧器の不適切事案に関する国への虚偽報告が問題となっております(詳しく伝える朝日新聞ニュースはこちら)。。10月1日付けにて、虚偽報告を指示したとされる同社副社長さんが辞任されたこともリリースされています。

なお、同社のリリースを読みますと、昨年11月に(おそらく電気事業法違反の事実を伝える)公益通報が窓口に届き、社外の弁護士が調査を行い、報じられているような虚偽報告の事実も明らかになったとのこと。同社はこれを自ら公表し、責任者である副社長さんが辞任されたとあるので、おそらく関電グループとしての自浄作用を発揮されたものと推測いたします。

ただ、通報があったのは2023年11月ということで、公表まで11カ月を要しています。まだ全容は解明されていないようですが、そもそも国民の安全に関わる不正を申告してから11カ月もの間、通報者としてはじっと調査結果を待っておられたのでしょうか?私が同様の調査を行っている経験上、通報者が会社の調査結果を待っていられるのは3か月程度が限界であり、もし通報者の目に見えるような対処が認められない場合には、通報者は監督官庁やマスコミに内部告発(いわゆる「外部公益通報」)を行うことが多いです。ということは、今回公表に至ったのは、果たして自浄作用を発揮したのか、それとも外部公益通報によって発覚してやむを得ず公表したのか、やや疑問が残るところです。

本件リリースにおいては、もし自浄作用を発揮して公表したのであれば、内部通報の実効性が高いことを示す好事例となりえます。したがって、なぜ11カ月を要したのか、そのあたりをもう少し詳しく説明されたほうが良いのではないかと感じました(ひょっとすると、通報者も副社長の関与を知ったうえで通報していたのかもしれませんが、そのあたりも不明であります)。

しかし大阪に猛威を振るった2018年の「台風21号」がなければ、そして同社社員による勇気ある公益通報がなければ、国民の安全に関わる問題が明らかになることもなく、そのまま放置されていた可能性があると思うといろいろと考えさせられるところがありますね。

 

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2024年10月 1日 (火)

危機管理ビジネスの高額化に伴い不祥事未然防止対策への関心高まる

ある雑誌にも寄稿したところですが、危機管理ビジネスの成熟化に伴って、最近は(経営コンサルタントからの示唆もあり)不祥事をいかに防止するか、という「未然防止対策」への関心が高まっています。私も危機管理ビジネスの恩恵(?)にあずかっている者の一人ではありますが、不祥事が発覚して大きく社会的信用を毀損することになりますと、調査委員会だけでも数千万円から数億円の経費を要するだけでなく、(上場企業の場合には)代表取締役の再任も危うくなるわけでして、その代償は大きいです。よってこのような風潮にも「なるほど」と思うところがあります。

企業不祥事防止対策として、よく「企業風土を変える」とか「経営者のコミットメントが大切」「内部統制を整備する」と言いますが、それだけでは抽象的であり、なかなか実現困難なものであります。そこで、実際には以下のような対策がとられます。

まず事業者団体、業界団体による「不祥事撲滅活動」ですね。健康食品の安全性確保のために民間団体による認証制度を創設する、人権リスクの顕在化を防ぐために万博協会自身が点検作業を実施する、といったところが今年の典型例です。今年は大手損保の情報流用問題などもありましたが、損保協会が先頭に立って代理店出向指針を策定することも想定されていますが、このような部類の施策です。特徴として、業界トップの企業が音頭をとらないと実現は困難、ということです。

つぎにAI、DXの利活用による未然防止策です。以前であれば「全件調査」など不可能だったわけですが、AI、DXの高度化によってこれが可能となり、不正をやりたくてもできない体制を構築するというもの。情報に関する銀証分離に問題があり、金融庁から業務改善命令を受けたMUFGではAI録音検査によって従業員の会話を分析してアラームを鳴らすというものであり、たしかに未然防止の実効性は高そうですが、かなり費用は高額化するでしょうね。品質不正の防止にも品質管理のDX化が図られ、会計不正にもAI監査が導入され、いずれも不祥事の芽の段階での捕捉を狙いとしています。

さらには「ステークホルダーとの協働」も指摘できます。カスタマーハラスメントなどは被害を受ける側の協力がなければ未然防止はむずかしいですし、独禁法違反は下請先や取引先、業法違反は監督官庁、そして労働法違反は従業員の協力がないと未然防止は不可能です。お金はそれほどかからないかもしれませんが、人的資源は投入する必要がありそうです。自社の不正を予防するためにステークホルダーに協力を要請するというのは、リスクマネジメントの発想を転換しないと実現できないかもしれません。

なお、これらの施策が不祥事未然防止という結果に向けて実効性を維持するためには、「リスクマネジメントの失敗を許容する経営陣の姿勢」が不可欠です。当然のことながら、最初からうまくいくはずもなく、失敗と反省を繰り返しながら、ようやく実効性が高まるというわけでして、そのあたりの環境作りにガバナンスの機能発揮が求められるところだと考えています。ちなみに、私は不祥事防止のために巨額の投資ができる企業からのご相談はあまりないので、平時から(有事を想定して)自浄能力を高める仕組み作りを目指す企業を応援することが多いですね。

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