ポアンカレ予想についての本は前回紹介したが、ポアンカレ予想が解かれた今、一番有名な未解決問題と言ったら、多くの人は「リーマン予想」と答えるだろう。そもそもなぜリーマン予想はそんなに有名なのだろうか?
リーマンはドイツの数学者で複素解析から微分幾何まで偉大な業績を残した。リーマンが研究を始めたときには、まだ天才数学者ガウスが存命で、彼はリーマンの才能の激賞していた。リーマンの名前が付いた数学用語としてはリーマン面、リーマン積分やリーマン幾何学などが代表的である。特に相対性理論を語る上ではリーマン幾何学は必要不可欠である。
そんなリーマンであるが、素数の世界にも大きな業績を残している。これがリーマン予想と大きく関わる。
こんな関数を考えてみる。引数を自然数として、その引数未満に存在する素数の数を返す。自然数をNとして、この関数をπ(N)と書く。(πは円周率とは関係ない。)
では、このπ(N)は一体どんな関数になるのだろうか?
実はπ(N)≒N/log(N)であることが知られている。この関数の形を最初に予想したのはガウスで、証明を行ったのはアダマールである。ただし、証明にはリーマンの研究結果を活用している。
上記の式は≒と言う形をしている。これを=の形にできないのだろうか?リーマンはπ(N)をある関数を使って書き直すことに成功した。この関数が実はゼータ関数である。
ゼータ関数とはある分数列を無限個足したものを返す関数である。きちんと書くと、
ζ(s)=1+1/2^s+1/3^s+1/4^s.....
とかく。いま、^sはs乗を表している。このζ関数は非常に興味深く、例えばζ(2)は
ζ(2)=1+1/2^2+1/3^2+1/4^2.......=π^2/6
である。(上記のπは円周率)、なんと有理数である分数を無限個足すと円周率が現れてくる!これはオイラーが見出した。
ここでようやくリーマン予想が解説できる準備が整った。リーマン予想とは、
「s=a+bi(a,bは実数, iは虚数)においてζ(s)=0であれば、原則b=1/2である。」ということである。(超意訳なことを注意!)
リーマン予想はコンピューター計算の結果等によって多くの数学者が「正しい」と信じている。しかし、まだ証明するには至ってない。また、このリーマン予想を「正しい」ことを前提に多くの研究成果が発表されている。ということはリーマン予想が「正しい」ことを証明すると、それらの研究成果が全て「正しい」という結果となる。よってリーマン予想は普通の人にはわかりにくいにも関わらず、数学者にとっては変重要な予想なのである。
この予想が大きく注目を浴びることになった一つのポイントは、大数学者ヒルベルトによる講演である。今から100年ほど前にヒルベルトは数学者が挑戦すべき未解決問題を説明し、これが多くの数学者の刺激となった。その講演の中で説明した未解決問題には、もちろんリーマン予想も含まれている。天才数学者の努力により、この講演で解説した未解決問題の多くは解かれた。しかしリーマン予想は一向に解決への扉が見えない。
ところで20世紀はコンピューターの時代でもある。20世紀初頭までは解析的な研究が多かったが、それ以降はζ(s)=0となるsの性質が計算機によって調べられていった。かのチューリングもζ(s)=0となるsを計算機で調べている。当初、計算機による研究の一つはリーマン予想の反例を調べることであった。しかし、それが反例を見出す見込みがほどんとないことがわかると、今度はζ(s)=0のsの精密な情報を得ることにシフトしていった。それが一つのドラマにつながる。
実はリーマン予想と量子物理学には関係がある「らしい」。残念ながらこれは予想であって、まだ誰も証明していない。量子物理学とはハイゼンベルグやシュレディンガーなどが研究をした原子や電子の性質を扱う物理学である。この量子物理学で扱う「ランダムエルミート行列」の固有値がなんとほとんどζ(s)=0とあるsと似たような分布をしている。そのため、数学者だけでなく有名な物理学者でさえ、このリーマン予想を研究している状態である。
さて、話をπ(N)に戻そう。π(N)をゼータ関数で表せると述べたが、実はそのときにζ(s)=0となるsを全て使った、ある関数の足し算をする必要がある。そのため、π(N)を詳しく知りたいのであれば、どうしてもζ(s)=0となるsの性質を知る必要がある。これがリーマン予想は素数の世界で大変注目されているワケである。
以上がリーマン予想の大まかなストーリである。
本書の特徴はユニークな章構成にある。偶数章がリーマン予想の「人間臭い」ストーリー、奇数章が「数学的な解説」となっている。奇数章の数学的解説は無限和や積分の知識が必要なので、大学初年度レベルの数学知識が必要である。ただし、奇数章の数学的な解説は非常に簡潔に書かれているので、是非とも理系の人にはチャレンジして欲しい。
リーマン予想を物語として読みたいのであれば、「素数の音楽」を本書よりお勧めする。「素数の音楽」は非常に綿密に人間臭いストーリーを書いているだけでなく、数学的な解説を「数式に抜き」(!)で説明することに成功している。内容も数式の詳細以外は本書とほとんど同じである。しかし、理系人間からすると、数式抜きで数学解説本を読むと、どうしても納得できないことが多数生じてしまう。
一方本書は数式で重要な部分をきちんと説明しているため、ある程度のことは数学的に理解できる。当然込み入った部分は省略となってしまうが、本書を読むだけでも素数定理の話やリーマン予想のキーワードが「数学的に」きちんと理解できるはずだ。よって理系であれば、本書を読んだ方が理解が進むはずである。
もし時間的に余裕があれば、「素数の音楽」を読んでから本書に進んで欲しい。すると、歴史的な背景がすっと入るため、数式の理解も早いだろう。
リーマン予想という超難問を、簡単な数式でエレガントに説明する作者の努力には脱帽である。このような本がもっと世に広まることを期待したい。