[書評]ポアンカレ予想(ジョージ・G・スピーロ著)
長い間超難問題として知られてきた「ポアンカレ予想」が最近肯定的に解決されたことは、数学者のみならず多くの科学ファンにも知られている。その理由は「ポアンカレ予想」の不思議な魅力だけでなく、予想を解決した天才数学者「ペレルマン」の特異な行動にも因るのだろう。
「ポアンカレ予想」とはフランスの大数学者「ポアンカレ」によるトポロジーに関わる予想である。
ポアンカレは19世紀後半~20世紀初頭に活躍したフランスの数学者で、トポロジーや数理物理学で大きな業績を残している。数理物理学で特に有名なのは「三体問題」の解決で、これはニュートンの万有引力の法則に従う物体が3つ以上存在する場合は、一般的には解析的な解けないという驚く結果を導きだしている。余談になるが、本研究はカオス研究の先駆けとして知られている。この三体問題による業績によりポアンカレは大数学者として認められ、トポロジーに対して精力的な研究を行っていく。
トポロジーとはオイラーによって始められた数学の一分野である。トポロジーとは物の形の本質を見極める研究分野で、物の形をゴムのように伸び縮みを許すことで、どのような性質を導くことができるかを突き止める。ポアンカレはトポロジーの基礎を作った数学者である。
では「ポアンカレ予想」とは一体なんだろうか?誤解を与えるかもしれないリスクを踏まえてイメージ優先で敢えて答えるとすれば、「物体が伸び縮みできるとする。物体上に輪ゴムがあって、それがどのような場合でも1点に縮めることができれば、その物体は球面に変形できる。」ということである。(*厳密な記述でないことを再度強調しておきたい!)これを聞くと、なんとなくそんな感じがする。しかし厳密な証明には100年もの時間が掛かったわけである。
少しトポロジーの話を付け加えよう。物の伸び縮みが可能な場合、物の形を分類する手段は一体なんだろうか?一つは物に含まれる穴の数である。穴の数は伸び縮みしても増えたり減ったりしない。このような変形を行っても一定な数に保たれる数値を「不変量」と呼ぶ。穴の数以外にも不変量があるのだが、残念ながら物の形を完全に分類できる不変量は今のところ発見されていない。この話も実はポアンカレ予想と関係がある。
多くの超難問の歴史と同様、この予想も波乱万丈に満ちた歴史がある。その中にはとても人間臭いものがたくさんある。例えば、5次元以上の解決に関わった研究者の「業績争い」、そして何といってもペルトマンの「フィールズ賞受賞の固辞」。フィールズ賞とは数学のノーベル賞みたいなものである。
ポアンカレ予想が興味深い点の一つは、解決され次元が多次元からであることだ。実際には初め5次元以上で解決し(スメールら)、4次元(フリードマン)、3次元(ペルトマン)という順番である。5次元以上というと驚く人がいるかもしれないが、この解決法には帰納法を利用したことがミソである。5次元で解決すれば、更に高い次元でも解決できる。。。という論法である。多次元の場合空間に余裕があるため、多くの問題では逆に検討がしやすいらしい。
3次元の研究に見込みがついたのは、ハミルトンによる「リッチ・フロー」の研究が始まってからである。リッチ・フローとは、曲面の曲がり方を解析するためのツールである。リッチとは微分幾何学で大きな足跡を残していて、相対性理論等でも使われるリッチ・テンソルが特に知られている。リッチ・フローによってトポロジーの研究は微分幾何学のアプローチを取れることができた。これがポアンカレ予想を解く決め手となった。
ペレルマンはこのリッチ・フローを用い、更には物理学でよく使われる「エントロピー」の概念を導入してポアンカレ予想を肯定的に解決した。ただし、ポアンカレ予想に関わる論文は全てインターネット上の論文アーカイブに投稿され、査読が必要な数学論文誌には投稿されなかった。このことが、クレイ研究所が提案したミレニアム懸賞問題(解決した数学者には何と100万ドルが与えられる懸賞。7つの問題があり、その一つがポアンカレ予想)の受賞資格に値するのかどうか、大きな議論がされていた。
ペレルマンはポアンカレ予想を解決してから、故郷で隠遁生活に入ってしまった。どのような生活を現在行っているか詳細は不明であるが、おそらく数学を熱心に研究しているのではないかといわれている。
この本はポアンカレ予想を歴史的なエピソードを交えながら、数学的な予備知識をあまり知らなくても理解できる良書である。ただし数式等はほとんどないので、エピソード的な記述の側面が強いこと、やはりトポロジーの基礎知識があったほうが読みやすいことを、ここで付け加えておこう。この本によってポアンカレが進化させた「トポロジー」に興味を持って頂けば幸いである。
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