[書評]西洋音楽史I―バロック以前の音楽
クラシック音楽で人気がある作曲家と言えば、バッハ、モーツァルト、ショパン、ドビュッシーなどを思い浮かべる人が多いだろう。これらの作曲家を歴史的に分類すると、バロック、古典派、ロマン派、印象派に相当する。クラシック音楽として普段聴いたり演奏されている曲の多くはこのジャンルに相当する。また、ある程度クラシック音楽を知っている人は現代音楽についても知識があるかもしれない。現代音楽をざっくり知りたい方は是非私が解説している現代音楽入門ページを読んで頂きたい。
ところで、かなりのクラシック音楽通でもバロック以前すなわち中世・ルネサンスの西洋音楽について詳しく知っている人は稀ではないのだろうか?中世の西洋音楽は知名度が低いため、多くの人によって誤解されている音楽である。例えばバロック以前の音楽は完成度が低いと言うイメージがあるようだ。実は私もそう思っていた。しかし本書で紹介されている代表的な中世音楽を聴くと、そのような先入観は完全に間違っていることに気がつくはずだ。
さて、本の紹介に移ろう。本書は一見するとよくある新書サイズの音楽解説書だが、とてもユニークな試みを行っている。この本はCDが付いてないにも関わらず、本で取り上げられている代表的な曲を聴くことができる。実は本にはパスワードとURLが書いてあって、読者はブラウザ上で音楽を再生可能な仕掛けになっている。使用している音源がNAXOSレーベルであることも興味深い。
NAXOSは古今東西のあらゆる西洋音楽を録音している意欲的なレーベルである。廉価な価格でCDをリリースしたり、PCでストリーム配信を積極的に行っていることでも知られている。更にはポピュラーではないが、音楽的に重要な音楽を数多く録音しているため、コアなクラシックファンには大変人気がある。今回本書で紹介している曲は実際Amazon等で収録CDを購入することができる。
中世・ルネサンス音楽の入門書である本書の特徴は、中世音楽が音楽的に発展する流れを歴史的背景を踏まえてわかりやすく解説しているところだろう。図表も豊富、新書サイズなのでさくさく読める。ただ、個々の作曲家に割いているページ数は1~2P程度であり特定の作曲家を深く知りたい人にはちょっぴり物足りないだろう。。もし本書を読んで特定の作曲家に興味を持った場合、その作曲家のCDを実際に買ってみたり、あるいはもう少し本格的な解説書:例えば皆川 達夫著「中世・ルネサンスの音楽 (講談社学術文庫)」を読んでみることをお勧めする。
せっかくなので本書で書かれている中世・ルネサンス音楽について超特急で解説をしておこう。バロック以前の西洋音楽はキリスト教と密接な関係があった。例えば有名なグレゴリオ聖歌はその名のとおり教会で式典時に歌われるものである。
グレゴリオ聖歌を聴くと現在の音楽とちょっと違って神秘的な薫りが感じられるだろう。これは実は旋律に特徴がある。普段聴きなれている西洋音楽では長調、短調によって旋律を分類することができる。しかしこの時代に音楽は教会旋律と呼ばれる、長調にも短調にも属しない独自な旋律から成り立っている。
記譜法も歴史が経つにつれ次第に確立していく。最初は相対的な音程、次第に絶対的な音程が記述され、最終的には音の長さをきちんと書くようになった。そのため、中世の音楽を演奏するとき、作曲時期によっては音の長さを歴史的考察によって解釈する必要がある。すなわち同じ曲でも演奏によって随分印象が変わってくる。本書では同じ曲で全く正反対の解釈による演奏が聞けるので、とても興味深い。
中世は単旋律から複雑なメロディーへ進化する歴史でもあった。最初はグレゴリオ聖歌のように皆が同じメロディーを歌うところから、次第にメロディーの掛け合いや対比をするようになる。これを音楽用語では対位法と呼ぶ。ルネサンス時代にはこれら対位法が高度に発展する。特に本書で紹介されているルネサンスの代表的作曲家パレストリーナのミサ曲は感動的に素晴らしい。
ほんのちょっとの解説ではあったが、中世・ルネサンスの音楽の雰囲気を感じて頂けたかもしれない。ただ音楽というのは実際聞いてみないと、その素晴らしさはわからないと思う。本書によって当時の歴史的の背景を読んで頂き、それを踏まえて音楽を聴くことで、古い形式の音楽の素晴らしさ、素朴さ、荘厳さを実際に体験して欲しい。きっと新鮮な感動が得られることだろう。
中世の音楽は合唱曲が多いので、ヒーリング効果も抜群である。クラシック音楽の歴史に興味がある人にはもちろんお勧めの本だが、ストレスで最近疲れた人にも気分転換に是非読んで聴いて頂きたい本である。
なお本書は音楽歴史書シリーズの第1巻でバロック音楽等の解説書も既にリリース済みである。バロック音楽やロマン派音楽に興味がある方も本シリーズをチェックして頂きたい。
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