妻を亡くして以来、心を閉ざして人生を歩んできた大学教授のウォルター。
学会に出席するために久しぶりにニューヨークを訪れた彼は、しばらく帰っていなかった自分の別宅にやってくるが、そこには見ず知らずの若者が住み込んでいた。一人はシリア出身でジャンベ演奏者のタレク。もう一人はタレクの恋人でセネガル出身の黒人女性、ゼイナブ。2人は不法滞在者であった。騙されてこの家に住み着いてたという事実を知り2人は立ち去ろうとするが、ウォルターは永住権の無い2人の状況を察し、引き止めてしばらく部屋を貸すことにする。そして、ウォルターの親切に感謝したタレクは、自分のジャンベに興味を持ち始めた彼に楽器を教え始め、そこから心の交友が始まる。親しくなる2人だが、あるときタレクに悲劇が起こる。地下鉄に乗ろうとしていたところを、無賃乗車と勘違いされ逮捕されてしまったのだった…。
2008年、アメリカ
【原題】
THE VISITOR
【監督・脚本】
トム・マッカーシー
【出演】
リチャード・ジェンキンス ヒアム・アッバス ハーズ・スレイマン ダナイ・グリラ 異なる人種、異なる文化、現代人がかかえる喪失感が絡み合い、人と人との触れ合いを丁寧に描き、そして残酷な現実に進み行く物語。
けれども人間の心の温かさを感じる作品でした。
この映画の邦題「扉をたたく人」が凄く好きです。
扉を「たたく」なのがしっくりきます。
妻を先に亡くし喪失感を抱きながら人生を歩んできた大学教授のウォルター。
どことなく寂しさが漂っていて、周りの人間を拒み物事に関心を持たないような60前後の男性の雰囲気を感じます。
そんなウォルターが自分とはこれまで交わらなかった異文化の若者とかかわりジャンベという、これまで好んできたクラシックとは全く違う音楽に興味を持ち始め
不器用ながらもそれまでの周りを拒み面倒な人間関係からは遠ざかっていたウォルターとはまるで別人のように、見知らぬことに興味を持ち始め、小さなジャンベとともに新しい扉を叩き始める。
シリア出身の若者タレクもまた人懐こい好青年で、自分とは明らかに趣味や生き方の違うウォルターにジャンベのリズムを通して、ずっと心を閉ざしてきたウォルターの心を理解し、自分の心を素直に彼に伝えて行きます。
この年齢も歩んできた道も違う2人の友情が本当に素敵。これこそ裸と裸の付き合いと言うのでしょうか。
扉を叩いてこそ始まる何かの偉大さを感じさせてくれます。
そして、この映画のいたるところに出てくる「はじめまして」のあいさつの代わりに出てくる「出身はどこ?」と言う台詞。
そのことを聞かれるたびに煩わしい表情を見せるタレクの恋人ゼイナブや、タレクの母。
映画を観ているこっちも、煩わしく感じちゃいますね。
確かに私も初対面の人にはつい聞いてしまう質問かもしれない。
でも、この「出身はどこ?」には知らないうちに人間を区分し、そこに安心を求めているように取れる。
単純に他に話すことが無いからとりあえず聞いてみる的な部分もあるのだろう。
その人自身に興味がないからこそ、知りもしない人に最初に聞いてしまう質問の一つなのかもしれません。
決して人種差別反対!とか偏見のある取り締まり反対!そういうことを声高らかに訴え平和に導こうとする映画ではありません。
厳しい取り締まりがあればそれで平和というわけでもないし、かといって取り締まりが無かったら維持できないものもある。
しかし今自分たちを守ってくれているものは、問題を避けるため面倒なことを断絶してるだけではないかと気付かされる作品でありました。
不法滞在とは無縁の生活をしている者には何の関係もないことなのだろうか。
事なきを得て面倒な現実から逃げたその先に前進する答えはあるのだろうか。
「この20年、本当は自分は仕事なんてしていなかった。していたフリだけだ。」
タレクの母親は、忙しく仕事を抱えるウォルターを気遣うが、そんなタレクの母親にウォルターがぶつけた本音です。
この本音は、上手く生きていこうとすればするほど核心をつかれるような言葉でした。
そしてタレクの釈放を願い面会に通い続けたあとに待っていた現実に対するウォルターの自分の無力さを訴える心の叫び。
愛する人を救えない無情さを訴えるように鳴り響くジャンベのリズムが荒々しく伝わってきました。
リチャード・ジェンキンスが演じた主人公のウォルターが、おとなしく物悲しい堅物の中年男性の雰囲気を醸し出していて凄くよかったです。そんな彼がジャンベに夢中になっていくからこそ、本心で訴えかけられるものがありました。
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