有効な脅し - ルパン最後の恋(22)
※以下の文章は「ルパン最後の恋(22)」の内容に触れています。※
「ルパン最後の恋」は読んでいて理解に苦しむ場所もあります。しかし一方で、理解できそうな部分もでてきました。
創元推理文庫版では、コラが次のように言っています。
「(略)だいたい、わたくしがティユール館に滞在していることを知っている人は、まだほとんどいないのですから」(創元P130)
「違う」と最初に思ったのは、注目すべき点が違うということです。人数が限られているのは、コラがティユール城に滞在していることを知って居る人ではない。コラがレルヌ大公の娘ではなくハリントン卿の娘だと知っている人物では?!と思ったからです。
犯人がティユール城に滞在していることを知っていることは脅迫状で分かります。
「大尉殿
三十四番のはしけをご存知だろう。今日、昼の十二時に、そこで待っている。われわれから奪い取った金貨は、素直に返したほうが身のためだ。さもないとティユール城に滞在中の美しい令嬢が、このうえない辱めをこうむることになる。かつてインド総督まで務めたイギリス貴族の娘の名誉は、貴君に求められた代償に匹敵すると、納得していただけることと思うが……」(ハヤカワ・ポケット・ミステリ、以下早川と略す。P90-91)
この文面で注目するとしたら、コラがイギリス貴族の娘だと知っていることではないでしょうか。限られた人しか知らないはずの情報です(なのに、創元版は予審判事にしゃべっちゃってまってますが…)。ハリントン卿がインド総督を務めたというのは直接原作に書かれているわけではありませんが、元々ルブランはヒントをすべて書ききるようなことはしませんから。それに、名前を秘することによって脅しの効果が強まります。
「ルパン最後の恋」ではコラの出生は限られた人物しか知らないというのは前提で進んでいるとおもうのです。だからヘアフォール伯爵はティユール城を買ったのではないでしょうか。イギリス王室とは縁もゆかりもない他国の女性を英太子と結婚させるためにはそれなりのシナリオが必要です。まずヘアフォール伯爵が長く滞在したフランスに城を買う。気に入った国に別荘を持つのは自然なことです。その友人たる未来の英太子が訪ねていくのも自然なこと。そこにたまたまヘアフォールの友人の女性も滞在していて、英太子が見初めて結婚を願っても自然なこと(って文字通りに取らないでくださいね(^^;; 大衆に対する体裁がとれればいいのです)。ティユール城は仕組まれた自然を演出するための舞台だったのです。
こう考えると、ココリコ大尉が予審判事に手紙を持って行かせたわけも分かります。私も「何で自分で持って行かんのや」とは思いましたが、恋人(気取り)でない限り、見合い会場に乗り込むなんて間抜けたことはしないでしょう。
さて、ルパンはこの脅迫状を読んであわてました。
「大尉、さっき届いた手紙のことをお忘れでは? わたしとしては、大いに興味があるのだが」
「わかってます」と言うが早いか、サヴリーは手紙を取り出し封を切った。
そしてさっと目を通すと、怒ったような身ぶりで、くしゃくしゃの封筒をポケットに戻した。
「何ということだ」と彼はうめいた。(早川P90)
この前のシーンで脅迫状は何度か届いていたことがわかりますが、どうやら平気な感じだったのに、突然態度を変えています。
創元版はこれまでの脅迫状との扱いの違いが疑問だったのでしょう。
「でも、これまでにも、こういった手紙は何通も来ていたのでしょう? どうして、今日にかぎって、こんな馬鹿げた脅しを真に受けるのです?」
「これは本物の脅迫状です。これまでの手紙とは明らかにちがう。ただのこけおどしではないのです。文章から見て、おそらく書いた人もちがうでしょう。ちくしょう!いったい、どうなっているんだ? 確かに、奴らはこの数週間、ずっと私の行動を嗅ぎまわっている。(略)」(創元P124)
「書いた人も違う」そんなこと原作にありませんよ。じゃあこれまでの脅迫状を書いた人はだれだというのでしょう(というのが明示されていないので混乱するだけです)。
脅迫状に対する態度を改めたことについて、改めて原作を読むと気づいた(というか思いついた)ことがありました。
「それじゃあ、こんなこけ脅しを信じていると?」
「ええ、信じていますとも。何週間も前から、わざわざわたしの様子を探っていた連中がいるんです。昨晩盗まれた金貨をわたしが取り戻したことも、やつらはしっかり把握しています。そして自分たちのものだと思っているものを返すよう、迫っているのです。実にうまい手を考えたものだ。わたしにあきらめさせるのに、これ以上の策はないでしょうからね。(略)」(早川P91)
(ここ、創元P124と同じ個所です。)
相手がうまい手を考えてきたというわけです。今までの脅迫状と今回の脅迫状は何が違うのか。今までの脅迫状はいったいどういう内容が書かれていたのでしょうか。
彼は手紙の封を切らず、そのままポケットに入れた。
「読まないのですか?」とフルヴィエ判事がたずねる。
「ええ、中身は予想がつきますから。脅迫状ですよ」
「あなたに対しての?」
「ルパンに対してのです」(早川P85)
ああ、これか、と気づきました。つまり、いままでの脅迫状はルパンに対するものだった。しかし今回の脅迫状では、先ほど引用したとおり、ティユール城に滞在する令嬢を脅かすものだった。女性はルパンの弱点です。態度を変えるのは実に奴らしいじゃないですか。
「ほう」とホームズは驚いたように言った。「……でも、さっきは拒絶したじゃないか……自分のことでは……」
「自分のことだからですよ、ホームズさん。でも今は、ひとりの女性の運命がかかっている……愛する女性のね。ご存じのとおり、フランス人はこうしたことがらに、きわめて特殊な考え方をするんです。たとえその名がルパンだろうと、何の違いもありません。いや、むしろ、ルパンなればこそなんです」(「ルパン対ホームズ」ハヤカワ文庫P236)
相変わらずのようです(笑)
□2015/10/03 引用をハヤカワ・ポケット・ミステリに変更
※以上の文章は「ルパン最後の恋(22)」の内容に触れています。※
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