「《初出版》アルセーヌ・ルパンの逮捕」感想
※以下の文章は「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」の内容に触れています。※
「ミステリマガジン」2012年7月号に「《初出版》アルセーヌ・ルパンの逮捕」が掲載された。初出誌「ジュ・セ・トゥ」に忠実なテキストに従って翻訳されたものだ。「解説」に書かれているように、単行本になった際に加筆があるため、アルセーヌ・ルパン初登場の姿が初めて翻訳紹介されたことになる。挿絵も雑誌掲載時のものが使用され、前置きの文章(あおり文)もしっかり訳されている。
単行本版(ハヤカワ文庫「怪盗紳士ルパン」平岡敦訳等)と読み比べてみると、話は基本的には変わらないが、初出のほうが描写が簡潔で、よりプロットが引き立っている。末尾の加筆部分はがらりと場所や視点が変わるが、「逮捕」のあとがきというよりも、単行本全体のまえがきという性質を帯びているのだろう。
以下、作品の本質に触れるので、未読の方はご注意を。
「アルセーヌ・ルパンの逮捕」には重要なアイテムとして、無線電信がある。電信内容に触れる箇所が複数あるのだが、実はここに着目すれば怪しい人物が浮かび上がるのである。私はもう何度も読んだはずなのに、怪しい人物に初めて気づいたときは驚いた。乗客の中に賢しらな人物がいれば途中でGAME OVERだ。でもこの話を支配しているのはアルセーヌ・ルパンという犯罪者なのである。
ルパンは最後には正体を見破られるが、見破った人物がたどった道筋と、読者がたどれる過程とが異なり、回答は分かっても解き方は示されない。もっとも、あの最後に何を足しても野暮というものだ。解説役(あるいは解説を必要とする役)がいないというのは、ルパンシリーズにたびたびある(「奇岩城(4)」など)。
電信内容に気づいたあと、いくつかの翻訳本や解説の文章をひっくり返したみた。気づいているのか気づいていないのか分からない文章ばかりだった。ポプラ社のリライト本では電信内容を読み上げている人がいる。その人物は読み上げるだろうか? 同じ理由で、本作品の紹介やあらすじ等で全文が引用されているのを見ると、フクザツな気持ちになる。(そのうえ、ポプラ社版では三人称に書き改められていて、この作品の最大の特徴が反映されていない。)
くもん出版の漫画版やTBSブリタニカのオーディオドラマでは読み上げていい人が読み上げている。整合性はとれているかもしれない。でも何か違うのだ。私にとってこの話を成り立たせているのは何なのか。たぶん、電信内容だけではないからだ。
2011年に登場した漫画「アバンチュリエ」では、電信内容が出てくる部分が原作のままだったので非常にうれしかった。小説の外見を描写しないですむというという利点が使えないけれども、よく注意を払って書かれていことが分かるし、彼の反応も書かれている。うれしくて、後は好き勝手やってくれてもいい!とまで思った。(タイトルが「アバンチュリエ」であり、冒頭があの内容であるからには、原作を大きく逸脱する事はないだろう)。
原作の彼は実に素直だ。驚く時は驚くし、つい本当のことを漏らしてしまったりする。なぜそうするかということも書かれている。その理由たるや
βακα..._〆(゚▽゚*)
と思っちゃうのは否めない。でもちゃんと安全を確保しつつ発言しているし、保身のための行動をとったりもしている。ライバルの株が下がって、自分にお鉢が回ってくるのを喜ぶっていうのは、まあなんですな。分からんでもないというか分かってしまうというか。同調はできなくても、そういう輩もいるだろうって程度に、どこにでもいそうな青年。だから読んでいて面白がれる。今回初出版を読んでみて、この彼の姿は変わらなかった(いくつか加筆はあるにせよ)。
他に、初出と単行本を比べてみると、電信内容の2度目の箇所が、初出版ではあっさりしていて、単行本版では描写が足されて会話になっている。少し危うさを感じてしまった。ばればれとも言えるネタで一点突破しようというのだから、描写は簡潔でできるだけ気づかれないほうが好ましい。だから読み飛ばされるほうが正解なのかもしれない。
※以上の文章は「アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1)」の内容に触れています。※
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