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2010/10/06

隠れなき隠れ処 - 奇岩城(4)

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


セーヌ川河口の都市、ル・アーヴル(Le Havre)が「港」という意味の地名であることは、フランス語を知らずとも地名雑学好きなら知っている(私は知っていたってことで)。念のため改めて辞書を引いてみるとなかなか面白い意味を発見した。

havre
(1)避難所、隠れ家
(2)小港
(ロワイヤル仏和中辞典)

「奇岩城(4)」のキーワード「refuge」と似た意味だ。
ルパンの涙(その3) - 隠れ処と財宝

refuge
(1)避難所、逃げ場、隠れ場、たまり場
(ロワイヤル仏和中辞典)

そこで気になってくるのが次の箇所である。

 しかし、ル・アーヴルとその付近とが、灯台のあかりのようにボートルレを引きつけていた。
<フランス歴代諸王は、諸都市の運命を左右する秘密を有す>。
 意味のはっきりしないこれらの言葉が、とつぜんボートルレにとっては、光かがやく光明となった! これこそまさしく、この場所にひとつの町を作り出そうとフランソワ一世を決意させた動機の宣言ではなかろうか? そして、ル・アーヴルの運命はエギーユの秘密そのものにむすびついているのではなかろうか?
 「そうだ……そうだ……」とボートルレはもう夢中になってつぶやいた。「ノルマンディ地方の古い河口は、フランス国民が形づくられたときの本質的な起点、原初からの中核点にあたっている。そしてこの古い河口は、ふたつの力で完全なものになっている。
 そのひとつは、大空のまっただなかで、活気にみちて、世間によく知られ、大西洋をおさえて、全世界に向かってひらかれている新しい港という力である。ところが、もうひとつは、暗闇の中にあって、人に知られず、目にも見えず手にもふれられないだけに、なおいっそう不気味な力である。こうして、フランスとフランス王家の歴史の一面の全体が、ルパンの歴史全体と同じく、エギーユによって説明がつけられるのだ。精力と権力との同じひとつの源泉が、歴代諸王とルパンの財宝を、つねにやしない、つねに新鮮にしているのだ」(岩波少年文庫「奇岩城」P286-287)

世に知られた新しい港、人に知られない不気味な力、ル・アーヴルとレギーユ・クルーズを指しているが、どちらもル・アーヴルという言葉で表すことができるのである。ル・アーヴルが世に隠れなきル・アーヴル(隠れ場所)なら、真に秘めたるル・アーヴルがレギーユ・クルーズだ。<フランス歴代諸王は、諸都市の運命を左右する秘密を有す>という言葉は、フランソワ一世がル・アーヴルの名士たちの前で宣言した言葉である。ル・アーヴルという場所でなされることに意義があった。

「ル・アーヴルの運命はエギーユの秘密そのものにむすびついている」という部分の「ル・アーヴルの運命」は原文では「ル・アーヴル・ド・グラースの運命(sort du Havre de Grace)」となっている。単にル・アーヴルと訳されてしまうことが多いが、集英社文庫は「ル・アーヴル・ド・グラース」、ハヤカワ文庫は「《恩恵の港ル・アーブル・ド・グラース》」と訳されている。

ル・アーヴル・ド・グラースというのはル・アーヴルの昔の名前だ。ここにル・アーヴルという地名の本来の意味が表されていると見るべきだろう。「恵みの港」いや「恵みの隠れ場所」「恵みの隠し場所」という、まさに「エギーユの秘密そのもの」の意味が。


□おまけ
カッシーニの地図(18世紀)
Le Havre de Grace - Geoportail(外部リンク)

□2010/12/29 最終更新


※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

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