すべては順調 - 金三角(9)、三十棺桶島(10)
第一次世界大戦中に書かれた「金三角(9)」と「三十棺桶島(10)」は、共通点の多い作品である。虐げられた人妻と彼女を想う独身の男というのはルパンシリーズお得意のシチュエーションだが、この2作ではその関係が前面に出ている。ルパン退職した予審判事が駆り出される人材不足の時代や、官憲の手の及ばない孤島で俄警察として活躍する(刑の執行までやってしまうので警察どころじゃないけど)。ルパンの登場が遅いのは大戦中という時節が関係するのかも知れない。
この2作品にはほかの作品にはあまり出てこないタイプの、ユニークなキャラクターが登場する。ヤボンとトゥヴァビヤンだ。2者は暗い時代と事件の中で、明るめの色を添える。この2者の類似点や相違点を考えるはなかなか面白いのだが(事件の本質を最も早く見抜いていたののはこの2者ではないかと思う)、類似点のひとつに名前があることに気づいた。
ヤボンはYa-Bonと綴る。
ya:(俗)il y a「…がある」
bon:良いこと、長所
Il y a du bon:(俗)うまくいっている。好調だ;好都合だ(=Y a bon)
(ロワイヤル仏和中辞書)
トゥヴァビヤンはTout-Va-Bienと綴る。
bien:順調に、都合よく
Tout va bien:すべて順調だ
(ロワイヤル仏和中辞書)
どちらも好調だ、順調だというような意味だ。
「金三角(9)」のヤボンはセネガル人の傷痍軍人で、顔面の負傷によりしゃべることができない。そのうちにヤボンと呼ばれるようになった(子供のころからの名前は別にあるはずである)。長身で、片腕を失っているが残る右手で猛犬を倒すなどの活躍を見せる。にもかかわらず温厚な性質で、上官であるパトリスの愚痴を笑って受け止める。
「三十棺桶島(10)」のトゥヴァビヤンは主人公ヴェロニックの息子の飼い犬だ。いっそうユニークなキャラクターで、ヴェロニックの前に現れては愛想を振りまいて去ってゆく。次々と起こる出来事に絶望するヴェロニックは、その一種能天気な名前ゆえに反発を覚えるのだが、この犬は最後には自分の名前が正しかったことを証明してみせる。
新潮文庫ではトゥヴァビヤンが「万事OK」と意訳されている。
「『万事OK』ですって?」
「フランソアがそう呼んで居ります。しかもこれ以上似合いの名はありませんの。いつも幸福そうで、生活に満足しているらしく……そのくせ勝手気儘で、時々何時間も、いやそれどころか時とすると幾日間も消えて居なくなるくせに、居てくれたらと思う時や、もの事が心のままに運ばなくって気がめいったりするような時には、必ずそこにいてくれます。『万事OK』は涙や小言や争いごとが大嫌いですの。人が泣き出したり、今にも泣き出しそうな顔つきになったりすると、早速その人の真向いにちょこなんとお尻を据えてすわりこみ、ちんちんをしたり、片目を閉じて残る片目を半開にして、いかにも笑うような顔つきをして見せるので、思わずこちらでも笑い出してしまうというわけです。そうなると、フランソアは言うのです、<そうだよ、あんたの言う通りだ、万事はOKさ。何もくよくよするには及ばないのさ、そうだろう?>とね。さて、人の機嫌が治ったと見てとると、『万事OK』は、さっさと駆けて行ってしまいます。役目が済んだというわけですのね」(新潮文庫「棺桶島」P68-69)
ところで最近「水晶の栓(7)」を読み返して気づいたが、ルパンは順調に行かなくても、打つ手がないと絶望していても、クラリス・メルジーを前にしては、順調です上手く行ってますという。それは正解だったのだ。
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