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2008/11/01

青空文庫「奇巌城」の底本について

ここで言う底本は、青空文庫の入力・校訂に使用された本のことではなくリライトの元となった底本のこと。青空文庫の作品解説には英訳と見られるとあるが、私は保篠訳だと思う。

青空文庫:図書カード:奇巌城
http://www.aozora.gr.jp/cards/001121/card46187.html


章題を見れば一目瞭然。岩波少年文庫は原作に忠実な例として挙げた。
・岩波少年文庫「奇岩城」榊原晃三訳、1983年5月初版、2001年7月新版第1刷
・新学社文庫「奇巌城」保篠龍緒訳、1976年初版、1992年重版(底本は別にあって初出はもっと古いと思われる)
・青空文庫「奇巌城」(底本:「小学生全集第45巻 少年探偵譚」興文社、文藝春秋社、1928年)

No.岩波少年文庫新学社文庫青空文庫
1銃声夜半の銃声夜半の銃声
2高校生イジドール・ボートルレ怪中学生怪中学生
3死体惨死体惨死体
4対決侠少年対怪盗侠少年対怪盗
5追跡後をつけて-
6歴史上の秘密千古の秘密-
7エギーユ論奇怪な古文書-
8シーザーからルパンまで奇巌城奇巌城
9ひらけ、ゴマ!神秘の扉-
10フランス王家の財宝金波狂瀾-


小見出しまでみると更にはっきりする。

新学社文庫青空文庫
夜半の銃声夜半の銃声
-懐中電灯の怪漢-懐中電灯の曲物
-遺留品は皮帽子一個-遺留品は皮帽子一個
-負傷犯人の行方は?-負傷犯人の行方は?
-馭者の残した強迫状-馭者の残した強迫状
-怪青年記者-怪青年記者
-暗中の怪人-暗中の怪火
怪中学生怪中学生
-医学博士の誘拐-医学博士の誘拐
-偽物は偽物です-偽物は偽物です
-怪少年の明察-怪少年の明察
-ルパン? 生? 死?-ルパン?生?死?
-探偵の手がかり-探偵の手懸り
-不可思議な暗号紙片-不可思議な暗号紙片
惨死体惨死体
-令嬢は生死不明-令嬢は生死不明
-漆喰の傑作-漆喰の傑作
-神秘のあなぐら-神秘の土窟
-惨死体-解かんとする謎の記号
-謎の記号-美少年の重傷
-美少年の重傷--
侠少年対怪盗侠少年対怪盗
-真相発表近し-真相発表近し
-ルパンの再現-ルパンの再現
-侠少年対怪盗-勝つものは誰か
-勝つものは誰か-悲痛の打撃
-悲痛の打撃-悲劇の真相
-悲劇の真相-不思議な一枚の写真
後をつけて-少女の罪
-ルパンの告白-父の手紙
-不思議な一枚の写真-秘密の古城
-少女の罪-古城の主
-父の手紙-夜陰の城へ
-秘密の古城-開かれた城の門
千古の秘密-戦勝の祝
-古城の主-火中から拾い出された本
-夜陰の城へ-大尉の子孫
-開かれた城の門--
-戦勝の祝--
-エイギュイユ物語--
奇怪な古文書--
-王妃の祈祷--
-大尉の子孫--
-火中から逃れた書--
-指間の水--
-百馬力の自動車--
奇巌城奇巌城
-三角形をなす都会-三角形をなす都会
-巨人の出現-ああ奇巌城
-ああ奇巌城-神秘の扉
神秘の扉-水雷艇
-解き得たり千古の謎-意外の招待
-二百年秘密の口-意外、意外、現われたその人は
-国家的大秘密-山なす宝
-第二十五号水雷艇-怪侠盗の真面目
-意外の招待-壮烈な肉迫戦
金波狂瀾-潜航艇で海底を逃走
-意外その人は-魔の黒雲
-山なす珍宝巨財-血の雨、血の涙
-怪侠盗の真面目--
-壮烈な肉迫戦--
-潜航艇で海底を逃走--
-魔の黒雲--
-血の雨、血の涙--


比較のため、大見出しの位置を合わせてみたが、保篠訳を踏襲していることが分かる。原作には小見出しがなく、仏語原文や英訳を基にしたとは考えにくい。固有名詞についてもフランス語読みの保篠訳に準じている。見出しからも分かるとおり、大きなエピソード(もしくはイベント)の省略はなく、その分描写があっさりしていて保篠版のダイジェストというのが最も適切かもしれない。

では誰が書いたかということになると、内容や文体について比較分析する力はないが、保篠氏ではないと思う。保篠氏の子ども向けのリライト版とは違っているし(閲覧したことがあるのは講談社の世界名作全集)、原文を直接読めて小説の書ける人ならもう少し構成(見出しの使い方)を変えてもおかしくない。

菊池寛訳となっているのを見かけることがある(青空文庫やWebに掲載された古書店の目録)が、菊池にしては文章があまり上手くないように思う。やっつけ仕事だったか名義貸しだったか分からないけれども。青空文庫の作品解説は、英訳を確認したり完訳版と比較した上での記述とは思えない。菊池寛訳であることを前提に書いているのだろうが、小学生全集の原本が菊池寛訳となっているのならその表記は疑わしいと思う。


補足として固有名詞の表現について。例えば、Aiguille Creuseの音訳は翻訳により種々雑多で、エイギュイユ・クリューズと言う表記は保篠訳と同じ。ドバルも保篠訳の特徴で、ダバルと訳されるほうが多い。保篠訳とどこまで一致するかまでは確かめていないけれど。

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コメント

保篠龍緒訳の「奇巌城」の初出は1919年(大正8年)の金剛社版とされています。(cf.徹夜城さんのリスト。このリスト諸家の協力もあり信頼性が高くなっています。)
その後相当色々の形で版を重ねていますので、訳文に手を入れたと云う事はあろうと思います。特に戦後は仮名遣いが変わっていますので、それを直す際に手入れをしたと云う事はありそうです。只、手許の鱒書房版と新学社版と試みに抜き出して見ると総ルビとパラルピとか新学社の編集部が註を入れているとかは別とすると違いはみつかりません。
これは単なる推測の域を出ませんが日本出版協同版あたりで新かなになったのでは思っています
他の巻の「黒真珠」は鱒書房版と講談社のスーパ文庫版とでは少し違いがありますので、その程度の違いを見逃していないとは断言出来ませんが、大要は変わらないと云っていいのではと思います。

小学生全集はいつぞや徹夜城さんのところで前に書いたのですが、アルス社の全集と競争になり小学校の先生あたりを動員して書いたらしい巻も少なくありません。(編集部編などというのは大体それ)
又当時は、版権の意識が乏しく、他社の例ですが「水滸伝」なぞ江戸の旧書からの焼き直しと云う例があります。

まあ、単なる和文和訳ではなく、一応英訳か何かを見ながら保篠訳を書き直していったのではと思います。

保篠龍緒氏は、児童版を拵える際に自身の訳書からではなく、原書を見ながら書いていったのではと思っています。児童版はルパン対ホームズしかもっていないのですが、鱒書房版と青い鳥文庫版では探偵の住所が違っているのです。青い鳥文庫版の方が原書通りなのです。他は推して知るべしと云う訳です。

保篠氏の初訳が「小学生全集」より古いのは知っていましたが、新学社文庫以外の訳は確認できていなくてその辺保留したのですが、初期のものとあまり変わりはなさそうですね。

徹夜城さんの「怪盗ルパンの館」の掲示板も拝読しております。そういう例もあるのだなと思っていました。その点についても調べられていませんでしたが、ゴーストライターが複数いたようですね。

こちらのプレビュー機能でその件について読むことができました。アルス社「日本児童文庫」との宣伝合戦や、坪田譲治が源平盛衰記のゴーストラーターをして小遣い銭を貰ったと述懐していることなど。
http://books.google.com/books?id=TDM6ZRdJ9pIC&hl=ja
体験的児童文化史 - Google ブック検索
滑川道夫、国土社、1993年
一九三〇年代の児童文化
『日本児童文庫』と『小学生全集』の役割(P39)

企画の意図や意気込みから見て、原文なり英訳なりを用意していたとは思いますが、主従どちらかというと英訳が従で保篠訳が主かなという印象を受けます。

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