ルパンの涙(その4) - まっとうな人間
※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
なぜエギーユ・クルーズを探させたのか。ヒロインの誘拐と同じ問題で、過去を捨てヒロインと結ばれるためです。
「(略)彼女は、わたしがルパンだったことを、いつか忘れてくれるだろうか?(略)忘れるに決まっているんだ! わたしが彼女のためにすべてを犠牲にしたのだから、忘れるにきまっている。わたしは、エギーユ・クルーズという難攻不落の隠れ家を犠牲にした、わたしの財宝も犠牲にした、わたしの権力も、わたしの自尊心も犠牲にした……これからだって、なんでも犠牲にするつもりだ……わたしはもうどんなものにもなりたくはない……人を愛することのできるまっとうな人間になれれば、それでいい……彼女はまっとうな人間しか愛せないんだから、まっとうな人間になれさえすれば、それでいいんだ……(略)」(岩波P374)
わたしの、わたしの、わたしの…自分のことしか頭にありません。わたしの自尊心も犠牲にした。しかし他人のそれにも気を配るべきでした。とくに「自尊心と意志の権化のような人物」(岩波P379)の場合には。しかしながら他人を思いやれる性格ではありません。隠れ家も財宝も捨てきれないからボートルレを巻き込んだのだし、この台詞自体が自尊心を捨てきれていないことを示してます。
繰り返される「まっとうな人間」。ここで、第1作でのセリフが今更のように響いてきます。
「とにかく、おれがまっとうな人間でないのがうらめしい……」(岩波「怪盗ルパン」P35/アルセーヌ・ルパンの逮捕(1-1))
懲りずにまっとうでない人の道を歩んで来ました。それでも改めて「まっとうな人間」になりたいと願ったわけは「まっすぐな心」を持つヒロインが現れたからです。
「これで、なにもかもおしまいだ……ひとりの若い娘がやってきたのだ、ブロンドの髪、悲しげな美しい眼差し、まっすぐな心、そうだとも、じつにすなおなんだ。そして万事が終わりになった……わたし自身の手でこのとほうもない建築物をこわしてやるのだ……この世には彼女のブロンドの髪……悲しげなまなざし……そしてまっすぐな心しかないのだ……そのほかのものは、みんな、ばかげていて幼稚に思える……」(岩波P353)
まっすぐな心(すなお)、まっとうな人間、どちらもhonnete(正直な、誠実な)という言葉が使われています。二人の立つ位置は全く違うのです。
だから変わりたいと願うわけですが、ルパンがした行為はまっとうになりたい人間がすることではありません。少年に脅しをかけ、老人や幼児に薬を飲ませ、若い女性のトラウマを抉り、恐怖で沈黙を強要した(大怪我はアクシデントだと思いたいけれど。拳銃を持ち出してくることまでは予測できなかったとして)。ルパンが誠実な人間になるのも土台無理と言うほかはなく、結婚生活も遠からず破綻をきたすのが見えています。
ともあれ、誘拐とエギーユ・クルーズの放棄とは、どちらもヒロインとの生活を望むための手段であり、同じときから始まっています。
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※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※
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