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2008/05/22

「奇岩城」探求(その13) 奇巌城・前

※以下の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※


“奇巌城”とは何か。これは案外厄介な問題である。作品の邦題であるが原題の翻訳ではない。“奇巌城”はどういう意味かと言うと、これも答えられる人は少ないと思う。ここは最後に“奇巌城”と邦題をつけた保篠龍緒氏の訳を取り上げるほかはない。保篠訳のスタンダードな翻訳と同じものどうか不明だが、ここでは新学社文庫版を用いる。


しかもその全形といえば巨大、剛堅、怪偉、厳乎げんことして破壊すべからざる面魂、大海に荒れる狂瀾きょうらん怒涛に対するも大天おおぞらに狂う暴風劇雨おおあらしに対するも巍峨としてあえて壊れそうにもない。頭を包む長蛇のような絶壁を侮り、脚下をめぐる茫漠無限ぼうばくむげんの広いうみわらって、不朽壮厳、不滅偉大、屹然きつぜんとして聳立しょうりつするこの奇巌城!(新学社文庫「奇巌城」P282)

新学社文庫では邦題の他に作中でも用いられているが、見出しを除く奇巌城の初出はここである。部分だけ抜き出しているのでわかりづらいが、ボートルレが最後にレギーユ(尖った岩)を発見した場面である。“奇巌城”この言葉は普通名詞ではなく固有名詞だと私は思う。だからこの場面で使うのはいかにも唐突に思える。そうでなければ何かのたとえか。しかしこの後で、ボートルレもルパンも“奇巌城”という言葉を使うので、両方とも成り立たない。固有名詞なのだとしたら、情報が伝達されていないのに同じ名前で呼ぶことはできないだろうし、比喩なのだとしたら独立して使うのには違和感が残る。

また、“奇巌城”という言葉は数例あるが、原文のAiguille並びにAiguille creuseの出現必ずしも対応してはいない(“奇巌城”はレギーユではないと逆主張することもできる)。この場面でも話題になっているのはAiguille(尖った岩)ではroc(岩)であり、まだ空洞であることが分からない場面なのである。実際のレギーユを写真を見て知っているからかもしれないが、それが奇巌城と言えるかというと私は言えないと思う。外見だけで言えるのなら、ボートルレが数少ない発見者とは鳴らなかっただろう。だから城というのは人が住む建物ではなくて、あえて言うなら、簡単には落ちそうにない堅固な様子の意味を添えたものくらいにしか言うことが出来ない。


青空文庫所収の「奇巌城」では「ああ針の形をした奇巌城はついに発見された。」とある。「ついに」というと、長い間探していたものを発見した場合に使われる言葉だから、奇巌城がすでに出てきたかと錯覚するがここが初出である。一体何を探していたのか分からなくなってくる。訳者が菊池寛になっているが、私は菊池の名義貸しで、誰かが保篠訳を元にリライトしたものだろうと思う。固有名詞がフランス語読みの保篠訳に準じているため、英訳が底本とは考えにくい。エイギュイユ城が2つ出てくるのも原文から直接訳していないからだろう。
青空文庫:奇巌城
http://www.aozora.gr.jp/cards/001121/card46187.html

講談社版「奇巌城」では城と明言しているが、この文章では本末転倒だと思う。城と言えるなら中が空洞だという必要はない。

この岩の塔は――針のようにとんがったこの奇怪ないわおの城は、中が空洞になっているのだ。(講談社文庫P249)


※以上の文章は「奇岩城(4)」の内容に触れています。※

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