ルパンシリーズのホームズ(その2) 本物のホームズ
実はルパンシリーズにはシャーロック・ホームズも出てくる。といっても名前が出るだけだけれども。一つは先にあげたガニマールを評する箇所で、それを含めて原文でも「シャーロック・ホームズ」となっている箇所を紹介する。(ひょっとするとテキストによって異なるかもしれない)
■「獄中のアルセーヌ・ルパン」(「怪盗紳士ルパン」偕成社全集、竹西英夫訳)
ガニマールとルパンの会話
「ずいぶんと愛想がいいね。」
「とんでもありません。ぼくはあなたに対してはいつも最高の敬意を表しているのですよ。」
「光栄のいたりだね。」
「ぼくはいつもこう主張してきているのです。ガニマールこそ、フランス一の名探偵である。シャーロック=ホームズにほぼ―ぼくは率直でしょう、ほぼといっているのですから――匹敵する。(後略)」
■「女王の首飾り」(「怪盗紳士ルパン」偕成社全集、竹西英夫訳)
「いやあ! わたしには意見なんてありません。」
それに対して、みなが異議をとなえた。(中略)こういう問題については、すばらしい判断力と鑑識眼をもっていることを立証したばかりだったのだ。
「たしかに、その道のエキスパートたちでさえあきらめたような事件を、このわたしが解決したこともあるにはあります。しかし、それだけのことで、自分がシャーロック=ホームズであるなんて考えられるわけではありませんし……。(後略)」
■「金髪の美女」(「ルパン対ホームズ」偕成社文庫、竹西英夫訳)
ガニマール警部は、その操作方法をもって一派をなし、その名が司法史上に残るような偉大な警察官ではない。彼には、デュパンやルコックやシャーロック=ホームズ級の人びとのもつあの天才的なひらめきが欠けている。だが、彼にはさまざまのすぐれた平均的な長所があり、観察力があり、聰明さと忍耐力があり、直観力さえもそなえている。彼の真価は、絶対的な独立性をもって行動するところにある。
ルブランが生んだ探偵2人を評するときに共通して引用されている探偵は、実は3人である。デュパン、ルコック、そしてシャーロック・ホームズ。ガニマールの箇所は名前がそのまま出ているが、ショルメスの箇所では「コナン・ドイルの頭脳から生まれでた英雄」と表現されている。
■「金髪の美女」(「リュパン対ホームズ」創元推理文庫、石川湧訳)
それに、とにかくシャーロック・ホームズ(※)である。つまり、直観・観察・明敏・聡明の天才だ。まるで自然は、想像力が生み出した最も異常な警察官の二つのタイプを取ってたわむれたかのようである。すなわち、エドガー・ポオのデュパンと、ガボリオーのルコックとを採って、さらにいっそう異常で非現実的な独特のタイプを作ったみたいだ。そして人は、彼をして全世界で有名ならしめた功績の物語を聞くとき、この人、シャーロック・ホームズ(※)もまた伝説上の人物、大小説家、たとえばコナン・ドイルの頭脳から生まれでた英雄ではないか、と疑うのである。
※原文ではエルロック・ショルメス
シャーロック・ホームズはドイルの頭脳から生まれたはずでは? シャーロック・ホームズを目の前にして、コナン・ドイルの頭脳から生まれでた英雄、すなわちホームズではないかと疑うなんて実に滑稽だ。ここはエルロック・ショルメスだからこそ成り立つ描写なのに。なお、偕成社文庫版ではその1で引用したとおりドイルに言及した文が欠けている。
■「バール・イ・ヴァ荘」(偕成社全集、大友徳明訳)
「(前略)それでは、あなたがぼくに会いにきた理由は、多くの人たちがシャーロック=ホームズをベーカー街の自宅にたずねて、彼に相談するのと同じというわけか! それなら、どうぞ、いろいろお話になって、必要な情報をぜんぶぼくに教えてください。できるだけ、お役にたちましょう。さあ、お話をうかがいます。」
ちゃんとホームズはベーカー街にいるのだ。そしてショルメスはパーカー街219番地(※※)に住んでいる。だからホームズとショルメスは別人なのだ。ただし、ホームズはルパン世界にいるというより、ルパン世界にある小説の中にいるように思える。
■「山羊皮服を着た男」(「ルパン最後の事件」偕成社全集、榊原晃三訳)
真実は、まことしやかな仮説を立てるだけでは、とても知ることは出来ない。それは厚く、完全な、憂慮すべき闇である。(略)世界中のシャーロック=ホームズはなにも気がつかないし、こういう表現をお許しねがえるとすれば、かのアルセーヌ=ルパンでさえさじを投げるであろう。
※※「金髪の美女」より。この箇所も児童書では改変されている。
□青い鳥文庫、保篠龍緒訳
「では、さっそくそういたしましょう。……あの人の住所は、どこでしたでしょうか?」
「バーカー街二百十九番地(※)です。」
その日の夕がた、クローゾン夫妻はシャーロック=ホームズ(※)にあてて、一通の長い手紙を送った。※原文ではパーカー街(Parker Street, 219)
※原文ではエルロック=ショルメス
□偕成社文庫、竹西英夫訳
「あのかたの住所をごぞんじですか?」
「ええ。ベーカー街二二一番Bです。」
その夜、クローゾン伯爵夫妻はブライヒェン領事に対する告訴をとりさげ、シャーロック=ホームズあてに連名の手紙を出した。
ウィルソンを変えていない創元推理文庫でさえ、住所をベーカー街219としている。青い鳥文庫のバーカー街が誤植だとしても、正しくパーカー街219なのは新潮文庫しかない。
出版元 (翻訳者) | 英国探偵 | 助手 | 住所 |
---|---|---|---|
新潮文庫 (堀口大學) | シャーロック・ホームズ※ | ウイルソン | パーカー街219 |
創元推理文庫 (石川湧) | シャーロック・ホームズ | ウィルソン | ベーカー街219 |
偕成社文庫 (竹西英夫) | シャーロック・ホームズ | ワトソン | ベーカー街221B |
岩波少年文庫 (榊原晃三) | シャーロック・ホームズ | ワトソン | ベーカー街221B |
青い鳥文庫 (保篠龍緒) | シャーロック・ホームズ | ウィルソン | バーカー街219 |
ポプラ社文庫 (南洋一郎) | シャーロック・ホームズ | ワトソン | ベーカー街221 |
原文 | Herlock Sholmes | Wilson | Parker street, 219 |
※街やストリート、漢数字やアラビア数字といった表記の違いは無視している。
※新潮文庫「813」ではヘルロック・ショルメス
改めて言うと、ウィルソンはワトソンだったことはないし、ショルメスはベーカー街に住んでたことはない。助手の名前や住所まで変えてしまうのはちょっと違うんじゃないか?と思う。そもそもショルメスの名前を改変してしまっては、「金髪婦人」でわざとホームズの名前を出してみせ、ホームズが登場するかと思えばホームズとは異なる住所を出し、その後ショルメスを登場させるというルブランの仕掛けと皮肉が味わえない。「813」におけるルパンの愛犬シャーロックの存在についても然り。
ちなみにガニマールは印刷会社のガリマール氏の抗議により、舞台版に登場する警部はゲルシャールとなったらしい。「ミステリマガジン」2005年11月号によれば、ルパンがロパンであったというのは嘘らしい。
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