生涯教育(CE)

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2023/07/24

第204回コラム「長崎におけるInternational Advanced Pharmacy Practice Experience」

ニューメキシコ大学薬学部 武田三樹子

 アメリカの薬学部では、最終学年になるとAdvanced Pharmacy Practice Experience (APPE)と呼ばれる臨床実習が課されている。学生は、病院、薬局、老人施設など様々な研修施設に行き、1か所の施設で4-6週間かけて臨床実習を行う。実習内容は様々で、指導薬剤師のもと、薬剤師業務の体験(例:調剤業務、外来での患者の診察、病院における回診への参加など)を通して、これまで学んできたことを活かし、知識を確かなものにしていく。またAPPEは、医療における薬剤師の役割や責任を学び、職業意識を高めることにもつながっている。Accreditation Standards and Key Elements for The Professional Program in Pharmacy Leading to The Doctor of Pharmacy Degree (通称Standards 2016) は、日本のコアカリに相当するもので、座学、演習、APPEなど、薬学部の教育の履修内容を定めたものである。APPEには、必須APPEと選択APPEの2種類がある。必須APPEでは、病院での一般内科での実習、外来、薬局などで患者との関わりを通して、薬物の有効的かつ安全な使用を学び、患者とのコミュニケーションも研鑽せねばならない。選択APPEでは、必ずしも患者との関わりを必要とせず、代替医療の実習、研究、教育などを指導薬剤師から学んだり、また、FDAや製薬会社での研修などのユニークなものも認められている。また、自分が深く興味を持っている分野(例:感染症など)を専門的に学ぶ実習なども用意されている。必須APPEはアメリカ国内もしくはアメリカの領土で行うことが定められている。しかし、選択APPEでは、米国と同等の実習内容が保証されている場合、特に、1)職業人としての成長を促す機会を与える実習、2)米国薬学部での履修・学習内容を深める実習、3)様々な学習内容を経験できる実習である場合は、米国外での実習も認められている。

 ニューメキシコ大学 (University of New Mexico College of Pharmacy, 以下UNMCOP) と長崎大学薬学部は2020年に学部間提携を締結した。学部間提携までには、UNMCOPと長崎大学はお互いの特徴を理解し、研究、臨床、教育の分野において相互の発展が望めることを確認した。臨床の分野で興味深かったのは、薬剤師のへき地医療への貢献が双方の共通課題であったことだ。長崎県は日本の中でも高齢化の割合が高く、また、海に囲まれ、100以上の島嶼がある地理的条件のもと、へき地医療の充実に向けて様々な取り組みが行われている。医療従事者の教育においても、長崎大学では医学部、歯学部、薬学部、看護学部の学生が離島実習を体験できるようにカリキュラムが組まれている。ニューメキシコにおいても、へき地医療の充実は医療における優先課題である。全米で5番目に広い土地を持つニューメキシコは、先進医療を担う医療施設が州の中心部のアルバカーキ市に集中しており、それ以外の都市では、医療従事者の不足が深刻で、また、医療へのアクセスが限られている。例えば、アルバカーキの専門医に診察してもらうためには、56時間かけて運転してこなければならない患者も少なくない。そのような地域では、薬剤師が医療の担い手として、また、患者に身近な医療・健康に関する相談相手として、重要な役割を果たしている。UNMCOPでは、薬学部生がへき地の薬局や医療施設で実習を行うことが義務付けられているが、長崎大学のように多職種が連携してへき地医療に取り組んではおらず、また、アメリカでは、日本で一般的に行われている薬剤師主導の在宅ケアも行われていない。そこで、長崎大学と協力し、2019年から長崎におけるUNMCOPの学生のAPPEの実施を検討し始めた。2020年のCOVID-19の感染拡大で双方の行き来ができない間、UNMCOPと長崎大学薬学部の教員たちは何度もウェブでの会議を重ね、APPEのスケジュールをまとめた。長崎でのAPPEInternational APPEと名付けられ、2023年の3月に実行された。私が日本での薬剤師免許を持っていること、英語と日本語の両方が話せることから、International APPEの指導薬剤師兼通訳として長崎に行くこととなった。学生の選考は前年度の秋に行われ、日本でのAPPEに興味を持っていた学生が選ばれた。今回のAPPEでは、UNMCOPの臨床実習の責任者 (the Associate Dean for Experiential Education) も同行した。

 UNMCOPでのAPPEは、一つの研修先に4週間を費やす。International APPEも同様に4週間のスケジュールで行われた。第一週は、講義と自主学習の組み合わせで、日本の医療制度、医療保険制度、薬剤師先導の在宅ケア、日本独自の調剤方法(粉や水剤の調製、一包化など)、漢方薬について、日本の薬学部の教育に関して、そして日本や長崎の文化を学んだ。第一週目のアメリカ時間の木曜日に日本に向けて出発した。日本到着は金曜日の午後で、時差による睡眠や体調の調整をした後、日曜日に長崎へ移動した。

 第二週目は、長崎大学薬学部の学生さんによるお茶会から始まり、長崎大学薬学部での事前実習、長崎大学病院での研修、漢方専門薬局の見学、学生のプレゼンテーションを行った。事前実習では、処方箋を見て、処方解析、そして、模擬薬局において粉や水剤の調製、軟膏のミックス、一包化などの練習を行った。学生には事前実習に真剣に取り組んでもらうため、長崎大学の実務教員と私が作成したOSCEに合格することを病院実習開始の条件とした。長崎大学病院では、薬剤部の各部署の見学が主であったが、実際に患者のバンコマイシンの投与設計を行ったり、調剤業務を体験することができた。また、漢方専門薬局での見学をすることで、日本における漢方薬の使用状況、漢方薬の調剤(乾燥した薬草を用いた調剤)を学んだ。最終日の学生のプレゼンテーションでは、長崎大学の教員と学生に、これまで自分が体験してきたAPPEの内容を話した。第二週目の週末は、長崎観光と上五島への移動に充てられた。長崎観光は、長崎大学の学生さん3名がボランティアでUNMCOPの学生を長崎市内の観光地に連れて行ってくれた。

 第三週目は、上五島での研修に充てられた。上五島は、最近放送されていたNHKの連続テレビ小説、舞い上がれの舞台でもあった。長崎市から高速船で約二時間ほどのところに位置している。上五島は高齢者の割合がかなり高く、薬剤師による在宅ケアは高齢者の医療を支える重要な仕事である。上五島では、薬局での調剤、患者さんへの服薬指導、在宅訪問への同行などを体験した。また、上五島病院では、薬剤部も含めた病院見学も行われた。在宅訪問では、薬剤師が調剤や調剤した薬の配達をするだけではなく、薬剤師によるバイタルサインのチェック、薬歴のチェック、患者さんとのコミュニケーション、そして他の医療従事者との間で密接に関わり、医療を支えている現実を学ぶことができた。最終日には長崎大学薬学部に戻り、UNMCOPの学生は今回のAPPEで学んだことのまとめを長崎大学の教員と学生、そしてUNMCOPの引率の教員に向けて発表した。

 第四週の始めにUNMCOPの指導薬剤師と学生はニューメキシコに戻り、水曜日までは時差による疲労からの回復に努めた。そして木曜日には、引率の薬剤師と学生は時間をかけて日本での実習を振り返り、どのような学びがあったか、また、来年に向けて改善すべき点などを話し合った。そして最終日には、International APPEに参加した学生は薬学部の教員、学生、スタッフ向けのプレゼンテーションを行った。このプレゼンテーションに参加した学生や教員は、初めての日本でのAPPEに高い興味を示し、プレゼンテーションの後の質疑応答では多くの質問を受け、ディスカッションは15分以上にも及んだ。

 このAPPEを通して、UNMCOPの学生が異なる文化と異なる薬剤師の役割を積極的に学んでくれたことは大きな収穫であった。実は、長崎とニューメキシコは意外な接点がある。第二次世界大戦中に長崎に投下された原子爆弾はニューメキシコで作られものである。UNMCOPの学生が長崎の原爆資料館で学んだ原爆の被害は、彼の想像をはるかに超えたものであったそうだ。また、在宅ケアにおける薬剤師の役割が大きいことに感銘を受けていた。また、このAPPEの副産物として、UNMCOPの学生と長崎大学の学生が思った以上に深い交流を始め、APPE後も双方の薬学教育のこと、進路のこと、日米の文化のことなどの情報交換を積極的に行っているようである。

 これから改善すべき点として挙げられるのは、言語の問題、実習内容、臨機応変な日程の変更である。今回のAPPEに参加した学生は、日本語はほとんど話せなかったため、現地の指導薬剤師との会話は私が常に通訳をしていた。学生もかなり努力をして日本語を積極的に話してはいたが、やはり専門用語の理解と使用までは難しかった。実習内容に関しては、今回の実習で体験したことがアメリカですでに学んで重複している内容もあった。また、上五島は離島であるため、天候の変化により、高速船の欠航がある。今回は長崎市へ戻る日程で天候不良が予測されていたので、大事を取り、予定を1日早く切り上げて長崎市へ戻った。それに伴い、上五島でのホテルのキャンセルや長崎市では新たにホテルを予約しなければならなかったりと思いがけない出費があった。

 今回の日本でのAPPEでは、様々な学びがあり、UNMCOPの学生が将来アメリカの薬剤師として日本の薬剤師業務を取り入れ、アメリカの医療の向上のための足掛かりとなったと思う。2024年の3月にも再び学生を長崎に送る予定である。International APPEの指導薬剤師として、今年の学びを活かし、来年のAPPEがさらに学びの多いものになるよう、努力をしていきたいと思う。

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