第118回コラム「調剤薬局での実務実習」
磯 友菜 はじめに 私は昨年8月に、フロリダ州にあるNova
Southeastern UniversityのAdvanced Standing Classに入学しました。Advanced Standing Classは薬剤師免許所有者向けのPharm.D.プログラムで、通常のコースは卒業に4年かかるところ、3年で卒業できるコースです。そのため、私たちはほとんどの授業を通常コースの2年目の学生と一緒に受けるようになっています。まだ入学して半年ほどですが、その中での体験を報告します。 IPPE(Introductory
Pharmacy Practice Experiences) 1年目から2年目は、IPPE という実務実習が課されます。1年目は調剤薬局、2年目は病院で所定の時間をこなさなくてはなりません。薬学生はStudent Pharmacistと呼ばれ、Intern
Licenseという州が発行する実習のための免許を取得する必要があります。 そして薬学生はテクニシャンの業務はもちろんのこと、最終確認(監査)を除くすべての薬剤師業務をプリセプター(実習生を指導する薬剤師)のもと、行うことができます。私のような渡米したての留学生にとって、この免許を取得することが最初の関門となりました。というのも、この免許を取得するにはソーシャルセキュリティーナンバーが必要なのですが、正式な入学日以降でないと申請できないうえに、基本的には仕事がないと発行されないので、手続きが複雑で時間がかかります。私は運良く期限内に手続きが進められたため、実習を始めることができたのですが、クラスメイトのうち何人かは学期中に実習ができなくなってしまいました。 実習前の準備 実習に先立ち、CPR、標準予防策、HIPAAトレーニングの修了証を取得しなければなりません。CPRはアメリカ心臓協会のBLS(Basic Life Support)トレーニングを消防士の方々が学校に出向いて教えてくれました。(内容は日本で受けるものと同じでした。)標準予防策とHIPAAトレーニングはオンラインで勉強するようになっており、レクチャー後のテストに合格すると修了証がもらえます。HIPAAとは日本でいう個人情報保護法のようなもので、患者さんの保険や健康に関する情報にアクセスする従業員はかならずこのトレーニングを終えなければならないことになっています。実習先でまず始めに、「患者さんの情報は薬局のエリアから一歩も出さないように」と注意があるほど、情報の取り扱いにはとても気を使っていました。また、新規の患者さんにはこのHIPAAに関する説明文を渡していました。 調剤薬局実習での経験 日本では処方せんは患者さんが直接薬局に持ってきますが、アメリカでは処方せんがFax、オンライン、電話(ボイスメール)など様々な形で薬局へ届きます。電話によるオーダーでは、薬剤師が紙の処方せんに指示を書き取ることになります。私も機会を与えられたのですが、何度か繰り返し聞かないとすべての情報を書き取ることができず、かなり苦労しました。また、手書きの処方せんを読むことも大変なことの一つでした。私はこれまで、手書きの英語の文章を読む機会がほとんどなかったので、その読みにくさには本当に驚きました。
ほとんどの処方せんはタイプされたものなので、手書きの処方せんに当たることは少ないのですが、アルファベットの判別はおろか、数字なのか記号なのかも分からないようなものもあります。プリセプターからは、「処方せんの分からない箇所になにが書かれているべきなのかを考えて推測しなさい」と教えられましたが、特に用法については慣れないラテン語の略語も混じるため、私にとってはかなり難しく、スラスラ読めるようになるにはまだ時間がかかりそうです。 実習では麻薬の処方せんを扱うことも頻繁にありました。アメリカのなかでもフロリダ州は薬物乱用や、処方薬による中毒・依存がとても多いので、薬剤師はIDのチェックや処方歴にとても気をつけていました。処方歴に関しては、フロリダ州にはE-FORCSEという規制薬物の使用を監視するシステムがあり、規制薬物の処方状況をオンラインで確認できるようになっています。調剤薬局は、規制薬物を調剤した場合、必ず報告しなければなりません。そのため、州内であれば患者さんが他の薬局で薬をもらった場合でも記録が残るため、常習者のドクターショッピングや乱用者に気づけるようになっています。疑わしい処方の場合には医師のDEAナンバー(日本の麻薬施用者番号にあたるもの)も確認します。これはアルファベット2文字と7桁の数字から成り立っており、簡単な計算で正しいかどうかチェックできるようになっています。また、オンライン上でその医師が存在しているか、処方資格があるかどうかなどもチェックできます。私の実習中にも偽造処方せんと思われる処方せんを持ち込んだ患者さんがおり、医師を確認したところ、処方資格停止となっていたため、調剤を断ったケースがありました。 おわりに 最初の実習は本当に緊張の連続で、苦い思いもたくさんしましたが、授業で学んだことをすぐにアウトプットできるという環境は本当に素晴らしいと感じています。後期の実習からは、患者カウンセリングも行うことになるので、しっかり準備して取り掛かりたいと思います。
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コメント
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コラムの内容、大変勉強になりました。ありがとうございます。今後も実習での経験について教えていただけたら嬉しいかぎりです。
私は現在、日本の調剤薬局で勤務して4年目の薬剤師です。磯先生が学ばれているNova Southeastern University で将来学んでみたいという気持ちがあります。
お忙しいところ大変申し訳ないのですが、いくつかご質問させていただけたらと思いまして投稿させていただきました。
大学の授業の特色、実習前に学んでいて役に立った授業、日本の大学の授業と異なる点などについて教えていただけたら助かります。
また、アメリカの薬局薬剤師と日本の薬剤師は同じような知識やスキルを持っているのでしょうか。こういう点は、日本の薬剤師もみならうべき、また逆もあったら教えてください。服薬指導は初めの1回と処方変更があった時だけだと聞いたのですが、患者さんのフォローはどのようにしていますか。
卒業後の就職の状況について教えていただけたらと思います。アメリカの薬剤師は現在、余ってきていると聞いたのですが、大学を卒業しても薬局の薬剤師になるのは難しいのでしょうか。
質問が長くなってしまって申し訳ありません。ぜひ御教授していただけたら、大変助かります。
どうぞよろしくお願い致します。
安藤 円香
投稿: 安藤 円香 | 2017/10/23 06:18
コメントありがとうございました。ご質問の件、磯先生に連絡いたしました。近日中に返信させていただきますので、今しばらくお待ちください。
投稿: 岩澤真紀子 | 2017/10/23 08:44
大学の授業の特色、実習前に学んでいて役に立った授業、日本の大学の授業と異なる点:
私は4年制卒なので、今の日本の薬学教育と比べることはできないのですが、大学の授業は、臨床に沿った内容が多いかと思います。薬剤の特色だけでなく、患者情報からどの治療法・薬剤を選択するのかや、最新のガイドラインはどうなっているのかなどを学びました。教授は各疾患ごとに、その疾患の臨床に携わっている(いた)教授や薬剤師が担当していました。論文の批判的吟味、医療の費用対効果や経営などの授業もありました。また、学生の質も全く異なります。日本では高校から直接薬学部に進む学生がほとんどですが、こちらでは様々なバックグラウンドを持つ学生がいます。ナースやテクニシャンの経験がある学生、ミリタリーなど全く違う仕事をしていた学生もいるので、意見を聞くことがとても面白いです。
アメリカの薬局薬剤師と日本の薬剤師:
知識やスキルは変わらないと思いますが、フロリダの薬局では、薬剤師が予防接種ができることは大きな違いだと思います。服薬指導は基本的には必ず全ての患者さんにしなくてはいけないのですが、患者さんが拒否した場合はしません。そのため、テクニシャンは必ず薬剤師に質問があるかどうかを確認します。日本で盛んになっている病薬連携やお薬手帳の制度は見習うべきだと思っています。
卒業後の就職の状況について:
州や地域によるので一概には言えませんが、フロリダでは、薬剤師は飽和状態にあると思います。留学生の場合は、ビザのサポートをしてくれるかどうかも重要なポイントになるかと思います。
投稿: 磯友菜 | 2017/10/23 10:27
岩澤 真紀子先生
磯先生に、ご連絡して頂き本当にありがとうございました。
投稿: 安藤 円香 | 2017/10/26 09:03
磯先生
実習で大変お忙しい中、貴重なお話ありがとうございます。
様々なバックグラウンドがある学生さんと一緒に学べるのはとても素晴らしい経験ですね。
私は6年制卒なのですが、ガイドラインや、患者情報からどの治療法、薬剤を選択するかまで学ぶ機会はありませんでした。
その様な事が書かれている教科書で授業でお使いの物がありましたら、ぜひタイトルを教えていただけますでしょうか。
磯先生のお話を聞いて、本来薬剤師はその様なことまで知っているからこそ他職種と協力する際に専門性を発揮できるのではないかと感じました。
今の私の現状として患者さんの治療にベストな治療を提案する知識やスキルが圧倒的に不足しており薬剤師としてこのままでいいのかという思いがあり留学するべきか悩んでいます。
先生はどうして留学しようと思ったのですか。もしご迷惑でなければ、伺っても大丈夫でしょうか。
今回、教えていただいたこと本当に貴重な情報でした。ありがとうございました。
実習や授業にお忙しいとおもいますが、お体ご自愛下さい。
返信は急いでおりませんので、お気になさらないで下さい。
投稿: 安藤 円香 | 2017/10/26 17:06