第208回コラム「人間力のバランス」
中川 直人
私が教員職について7年目が終わろうとしてます。私が在籍する大学(以下、本学)は、地域に薬剤師を輩出する必要性から、薬剤師国家試験の合格を目指す学生が多く入学してきます。この7年間の本学の学生教育を振り返ると、様々な思いが浮かんできます。また、この7年間では私の子供たちも大学に進学したり、大学受験真っただ中だったりして、本学の学生との関りがそのまま私の子供たちとの関りと重なり、様々なことを考える時間がありました。そのことについて、徒然なるままに述べていこうと思います。
本学の学生の中には、薬剤師国家試験の外部模擬試験で全国トップ10に入る学生がいます。外部模擬試験といえども、345問中300問以上の正解の選択肢を選ぶのは、薬剤師歴が長い薬剤師の先生でもここまでの高得点はなかなか取れないと思います。私も取れません!基礎から臨床までの幅広い問題をバランスよく得点するには、6年間で学んだことが十分理解されているからこそ良好な成績が取れるのだと思います。しかし、このような成績優秀な学生をすこし俯瞰的に観察すると、まれに人間力のバランスの悪さを感じることがあります。誤解を避けるために申し上げますが、成績優秀な学生の多くが人間力のバランスが悪いと言っているわけではもちろんありません。大谷翔平のような人間力のあるよい学生も本学には多くいます。
ところで、人間力とはなにか?
内閣府の「人間力戦略研究会報告書」1)によると、人間力とは「社会を構成し運営するとともに、自立した一人の人間として力強く生きていくための総合的な力」と定義されています。そして、人間力の構成要素は「知的能力、対人関係力、自己制御力」の3つであるとされています。この報告書では、近年の若年層の人間力低下の原因のひとつとして、「夢もしくは目標の喪失」を挙げています。その理由は以下のものが挙げられています。
― バブル崩壊後の日本経済の低迷を背景に、就業機会が大幅に減少するとともに、リストラ、不祥事が蔓延している。就業による自己実現の可能性の低下や身近な大人の自信喪失、成功モデルの崩壊により、目指すべき目標像が見えにくくなっている。
― 先行き不透明感が高いため、依然として従来型成功モデルを追求する競争も一部では益々激化している。
― 他方で、少子化に伴い、一部の難関校を除けば進学が容易になり、高い目標を自ら設定して無理をするよりは、現行能力以内のレベルで満足しようとする傾向がある(但し、心から満足はしていない)。
― グローバル競争の下で「成果評価」重視が求められつつあるにもかかわらず、学校においては依然、「入り口評価」が主流。このため、入学難関校でも、入学後の勉学に対する意欲が低い。
つまり人間力の低下は、これまでの日本の社会背景を反映していると言えます。とはいえ、過去を嘆いて学生の人間力が低下していることを教員側から学生に投げかけても解決になりません。
この報告書にはそのほかの原因も提示したうえで、人間力を培うための提言をいくつか挙げています。その一番に挙げている提言が「学校」です。つまり大学を含めた小学校・中学校・高校である学校です。「学校が変わる」「教員が変わる」などの小項目が並んでいます。私はこの提言に沿って本学も変化していく必要性を感じていると同時に、大学生になるまでの小中高の過程も同時に変化して初めて成果が表れるものだと思います。
二番目に挙げている提言は「家庭・地域」です。私がこのコラムでフォーカスしたいのは、この「家庭」です。
主題にたどり着くまでの前置きが少々長くなりましたが、学校が変わることは大前提としても、1日24時間のうち、家庭にいる時間は学校にいる時間より長いですね。つまり、「家庭における教育=親を含めた人生の先輩の関わり」が人間力を養う大切なキーなのではないかと最近考えるようになりました。
私の子供に対する接し方を振り返ると、私がPharmD留学していた3年間は子供たちは幼稚園生で、5か月だけアメリカで一緒に過ごしましたが、長女が小学校に上がる年齢に合わせて家族は日本に帰国して、私は単身生活になりました。課程修了後私は日本に戻り、子供たちと接する時間がとれるようになりました。子供たちが小学生から大学受験に至るまでの間は、リビングの食卓で私はいろんな話をしたつもりです。例えば、価値観の違い、世の中の動きのとらえ方、人間がいろんなことで争う理由、ニュースの見方など様々です。私が子供たちと話す機会は世間の父親と同じように、食事する時間などに限られます。その時の話が子供たちにどれだけ響いているかは全く定かではないです。私の中学・高校の頃を振りかえれば、親から言われたことは右から左に流していたことも確かに多かったです(笑)。しかし、その時は親から言われたことの真意は理解できなかったけれど、人生を重ねていくと、あの時に言われたことがこのことにつながっていると気づくことは皆さんも経験があるのではないでしょうか?
人間力を培うことは一朝一夕でできるものではありません。本学の教育理念に「人間性豊かな・・・」という言葉が入っているので、人間力を培うものをカリキュラムに取り入れてはいます。しかし、学生が20代前後になり本学で学ぶまでには、すでに個人の土台となる人格や性格はある程度形成されてきているので、これらを大学教育で簡単に矯正できるものではありません。何が言いたいかというと、多感な成長過程にある小中高の子供たちに対する親を含めた人生の先輩の家庭での接し方が、人間力を培う一番の土台を担っているのではないかということです。
大学の一教員の個人的な考えということで述べましたが、ご意見やご批判などあると思います。このコラムを読んでいただいている方には現役薬剤師の方もいるかと思います。将来、自分の子供も薬剤師として活躍してほしいと願っている方もいるのではないでしょうか?もしそうであるならば、多感な時期を過ごしているお子様との時間を大切に過ごしてほしいと思います。その子供たちが将来の日本の薬剤師の世界を変えていってくれることでしょう。このコラムを読んでいただいている方が薬学生であれば、今一度、人間力とは何かを考えていただき、それが医療職である薬剤師になぜ必要なのかを考えるきっかけになればと思います。
1)内閣府ホームページ;人間力戦略研究会報告書https://www5.cao.go.jp/keizai1/2004/ningenryoku/0410houkoku.pdf 参照 2024/1/11.
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