コヴァセヴィチ ~ ベートーヴェン/ピアノ協奏曲&ピアノ作品集(Philips盤)
レーゼルとソコロフはいつもながら期待通りの素晴らしい演奏。廉価盤レーベルに録音していたパールは、30歳前後の若さでこんなにオーソドックスで自然な趣きのベートーヴェンを弾いていたのに驚き、若い頃のコヴァセヴィチは今まで聴いたピアニストとは違った独特のピアニズムがとても新鮮。
この他にも、セルジオ・フィオレンティーノの”ベルリン・レコーディングス”やスティーブン・ハフの”French Album”など、今年は素晴らしい音楽との出会いに恵まれた年でした。
数年前、コヴァセヴィチのEMI盤のベートーヴェン・ピアノ・ソナタ全集やディアベリ変奏曲を試聴した時には、ガンガンと強打する(荒っぽく思える)タッチや混濁気味のソノリティが全く合わなかったので、Philips盤まで手が伸びず。
秋頃にブラームスのピアノ協奏曲第2番の良い録音がないかと探している時、たまたま試聴したPhilips盤の「ピアノ協奏曲&ピアノ独奏曲集」が素晴らしく、カッチェンに次ぎ、レーゼルと並ぶくらいに、とても好きなブラームス。
ブラームスがこれだけ良ければ、ベートーヴェンも聴いてみたくなる。
Philips時代に録音したベートーヴェンの「ピアノ協奏曲全集&ピアノ・ソナタ集」も、廃盤だったけれど手に入れた。(米国・英国のamazonでMP3ダウンロードの試聴ファイルが聴ける)
EMI盤と違って、タッチは強くてもそんなに荒っぽくも騒々しくも感じない。ペダルも多用せず、長く入れてもいないので、響きが重なっても混濁することは少なくてソノリティはクリア。
1970年代(30歳代)の若い頃の録音なので、音色も明るく、力強くて若々しいベートーヴェン。
この頃のコヴァセヴィチは、ブラームス録音と同じく、優美な雰囲気を感じさせる叙情感が繊細で美しい。
Stephen Kovacevich:The Complete Philips Recordings ( 2015/9/11) Stephen Kovacevich 試聴ファイル(分売盤にリンク) |
<録音年>
(ピアノ協奏曲)
1969年 第5番
1970年 第1番
1971年 第3番
1974年 第2番、第4番
(ピアノ・ソナタ、独奏曲)
1968年 ディアベリ変奏曲
1970年 第5番
1971年 第8番「悲愴」、第17番「テンペスト」、第18番「狩」
1973年 第31番、第32番
1974年 バガテル集
1978年 第28番、第30番
コヴァセヴィチのベートーヴェンは、最初聴いたときはもう一つよくつかめないものを感じた。
急速部では、速いテンポで力感豊かに威勢良く弾いていたと思ったら、緩徐部分になると、ちょっと気障な旋律の歌いまわしで優美な叙情感でしなやか。下手をすればセンチメンタルになる手前のところで、どこか女性的な雰囲気がしないでもない。
テンポの落差も大きく、急速楽章はかなり速いテンポで、逆に緩徐楽章は遅めのテンポをとっている。
この両極端な表現の落差にちょっと混乱。一体どちらが彼の本領なのだろう?
彼の弾く緩徐楽章や緩徐部分は音色も歌いまわしも表現もどれも美しい。
急速楽章になると、メカニックがしっかりしているので、速いテンポで切れ良いタッチで直線的に一気に弾きこんでいく。
テンポもよくコントロールされ、タッチも精密で粗さはないので、安心して聴ける。とはいえ、もうちょっと情趣のようなものが欲しくなる時もある。
師のマイラ・ヘスに、「そんなに焦って速く弾くなって。安っぽい」とよく言われていたという。(楽章によってはそれはその通りかも)
EMI盤を聴くと、若い頃にビショップと名乗っていた時代と今のコヴァセヴィチとの演奏の違いがはっきりとわかる。
Philiips盤を聴けば聴くほどわかってくるものが多くなり、ビショップが弾くベートーヴェンがすっかり好きになってしまった。
ピアノ協奏曲全集
5曲の演奏のなかで一番好きなのは、第1番。とても可愛らしくて優美。この曲の好きな演奏のなかでも、上位に入りそう。
若い頃のコヴァセヴィチ独特のベルベットのようなマットな質感と、キビキビとしたタッチできりりと引き締まったところが品良く、曲想によく合っていてとても素敵な演奏。
第5番はほとんど聴くことがない曲なので、よくわからないところはあるけれど、音響的にピアノをよく鳴らすコヴァセヴィチの演奏スタイルにはぴったり。
青年皇帝のような若々しさと躍動感があり、力強く重層的なアルペジオが堂々と華やか。でも、どこか優美というかしなっとした柔らかさもある。
Philips時代のピアノ協奏曲の音源がなかったので、これは1996年のライブ映像。プロムシュテット指揮N響の伴奏でベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番。
面白いのはカデンツァ。途中まではベートーヴェンが書いたバージョンを弾いているのに、カデンツァが終わる直前に(8:59頃)、楽譜とは違う方向に。Philipsのスタジオ録音では、普通のカデンツァだったので、これは自作カデンツァなのかも?
このバージョンは、小鳥が囀るような可愛らしさがあって、こういう終わり方も良い感じ。
Stephen Kovacevich Beethoven Concerto No.4 op.58 2/4
ピアノ・ソナタ集
録音している曲は、第5番、第8番「悲愴」、第17番「テンペスト」第18番「狩」、第28番、第30番・第31番・第32番。
ピアノ協奏曲とは違って、ピアノ・ソナタの演奏はわかりやすくて、どの曲の演奏も(楽章にもよるけれど)、私の好みに合っている。
20年以上後に録音したEMI盤よりも、若い頃のPhilips盤の方が強く魅かれるものあり、繰り返し聴きたいと思う曲も多い。
特に好きな演奏は、「悲愴ソナタ」と第31番、第32番。
「悲愴ソナタ」の第1楽章は、速いテンポでとてもリズミカル。フレーズのなかでアクセントをつけながら、似たパターンの音型でも短調にならずに小気味良い。
第2楽章になると一転して、かなり遅いテンポでまどろむように、ゆったり。ルバートをあまりつけていないので情緒過剰になることなく、優しげな情感が篭もっている。
この第2楽章だけでも、聴く値打ちはあると思えるくらい。
第3楽章は、第2楽章の物思いに耽っていたのを振り切るように、速いテンポでテンション高く直進していく。
Beethoven / Stephen Kovacevich, 1973: Piano Sonata No. 8 in C minor, Op. 13 (Pathetique) - Complete
第18番「狩」。これは、<鎌倉スイス日記>さんのレビュー記事”ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番をコヴァセヴィッチの旧録音で聞く”の通り。
緩徐楽章がない曲なので、全体的に躍動感が途切れない曲。テンポは速いけれど、ばたばたと慌しくなることはなく、軽快なタッチで旋律の歌いまわしもしなやか。
獲物を狙って勇猛果敢に走り回る「狩」というよりも、貴族が優雅に「狩」をしているような品の良い優美さが漂っている。「ブラインドテストでも絶対わかる彼の指紋とも言えるその独特の音色」は、Philips盤を聴くとどういうものかすぐわかる。(EMI盤の方はもっと抜けの良い音色のような気がする)
好きなのは第1楽章と第3楽章の演奏。どの曲でも急速楽章の演奏よりは緩徐楽章に魅かれるものが多い。
第28番は第1楽章と第3楽章が特に好き。
この曲も独特のタッチと音色に深い叙情感を感じる緩徐楽章の演奏がとても印象的。
第30番
あまりフォルテを強打していない第1楽章と第3楽章のスローテンポの変奏が美しい。
第2楽章は速いテンポで切れ良いけれど、どうも表現が単調というか、一直線に進みすぎる気がする。
第31番
第1楽章は優美で可愛らしいのに、第2楽章はマニッシュで直線的な弾き方。(あまり情緒がない気がする)
第3楽章のアリオーソは強弱の起伏が激しく、下手をすると情緒過剰になるところだけれど、コヴァセヴィチの演奏には、どの曲でもウェットなセンチメンタリズムを感じさせない。
フーガは、後年のようにペダルを多用せず、シンプルな和声の響きで、時々使うペダリングが効果的。
第32番
このBOXセットのピアノ・ソナタの中では、一番好きな演奏。
第1楽章は、力強く弾力のあるタッチが映え、弱音・緩徐部ではテンポをかなり落として、緩急・静動のコントラストアが明瞭。弱音部になると静寂で内省的な雰囲気が漂っている。
第2楽章の主題はとても遅いテンポでじっくりと弾き込んでいて、独特の内省的な叙情感は若いコヴァセヴィチのらしい弾き方。
第5変奏は、インテンポであまり強弱の落差とつけずに力強く前進していくので、強い高揚感があって、これは好きな弾き方。
ペダルはかなり使っているけれど、細かく踏み変えているらしく、響きが混濁することがほとんどなく、全体的にすっきりした音響で聴きやすい。第1楽章の86-90小節ではペダルをずっと踏みっぱなしで、アルペジオの響きが厚く重なりあってダイナミック。
ディアベリ変奏曲
ディアベリでは、特にスローテンポで弱音主体の変奏がとても美しく、優美でしなっとした叙情感が心地良い。
こういうところは、ピアノの音色と歌いまわしに若い頃のコヴァセヴィチ独特のものがある。ブラインドで聴いてもすぐわかりそうなくらい。
速いテンポの変奏も、勢い良くて、リズムのとり方とかが面白かったりする。
一番好きな第24変奏フゲッタは語りかけるような優しさがとても素敵。
それに、終盤に短調が連続する第29~31変奏は、深い物思いのなかで沈み込むような叙情感が何とも言い難いほど美しい。
バガテル集
バガテル集といえば、ブレンデルの録音が有名。ブレンデルが弾くと、バガテルのような小品もやっぱり”立派”なベートーヴェンといった印象。
若いコヴァセヴィチのバガテルは、ブレンデルほど多彩な音色や凝ったアーティキュレーションではないけれど、バガテルの中のベートーヴェンの閃きや情感がこぼれ落ちてくるような親密感と余計な飾りのない自然さを感じるので、ブレンデルのバガテルよりもずっと気にいってしまった。
バガテルはOp.33、Op119、Op.126の3つ。有名な《エリーゼのために》もバガテルだけど、未収録。
初期のOp.33で好きなのは第2番。レーゼルが東京のリサイタルでアンコールとして弾いたのが初めて。
冒頭主題は、レーゼルよりもさらに明瞭でシャープなリズム感で、ちょっとユーモラスな感じが強くなっている。
Op.33は、急速系の2番、5番、7番の音型やリズム感が、実験的(?)でとても面白い。
Op.119は、Op.33よりもメロディアスな旋律と美しい和声で優美な曲想が多い。
哀感のある美しい第1番、しみじみほのぼのとした第4番と第11番など。
バガテル集のなかで、最も有名なのが最後のOp.126。6曲で一つの小宇宙のように凝縮され完結した世界。
コヴァセヴィチの演奏は、第1・3・5番の緩徐系の曲にとても惹かれるものがある。(曲自体が好きなので特にそう思うのかも)
こういう優美な雰囲気の曲はコヴァセヴィチのピアニズムにぴったり。
一番好きな曲の第5番は、ゆったりとしたテンポで一音一音を確かめるように歌い込んでいく。この優しく寄り添うような親密感がほんとうに素敵。
| ♪ ガヴリーロフ,アンダ,ヴェデルニコフ,コヴァセヴィチ | 2012-12-28 12:00 | comments:2 | TOP↑
悲愴
こんばんは!
私のようなものでも、「悲愴ソナタ」は聴く機会が多い曲ですが、コヴァセヴィチの演奏は、とても新鮮でした。
かなり自分のこだわりを強く反映した演奏ですね。表情がころころ変わって行くので、次はどうくる?あそこはどう弾くの?と思いながら聴くと楽しかったです。
今年はyoshimiさんのブログで、色々なことを教えて頂いたり、素敵なアルバムを紹介してくださり、私の音楽の世界がぐんと広がりました!
どうぞ良いお年をお迎えください♪
| Tea316 | 2012/12/30 19:47 | URL | ≫ EDIT