何気なく楽譜ショップに立ち寄ることが増えた。忘年会の開始時間までの暇つぶしに最適だ。
ポロリと目にとまったのがバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のヴィオラ版だ。そもそもこの楽譜は既に持っているのだが、ペータース版はなかった。校訂者が「サイモン・ローランド・ジョーンズ」となっているではないか。無伴奏チェロ組曲ヴィオラ版でお世話になっている楽譜と同一人物の校訂とあって、万には届かぬ数千円という財布の痛みも顧みず購入。
さっそくこれで練習をしてみて驚いた。例えばソナタ3番イ短調BWV1003の終曲。ヴィオラ版では5度下のニ短調になっている。
写真中段の右端が14小節目だ。ヘボなヴィオラ弾きには難所。時折混じる32分音符が拍車もかける。スラーに点線と実線が混在するし、指番号がいやでも目につく。なんと言っても1拍目と3拍目の末尾のダウンボウの指示が強烈。これをメトロノーム付きで駆け抜けるには、腕前も動体視力も不足している。
同じ場所ジョーンズ先生校訂のペーター版は以下の通り。
これでカラリと回せた。あれって感じ。よくよく違いを分析するとおよそ下記。
- まずは楽譜が立て込んでいない。これ意外に大切。いやマジで。
- ボウイングの指示としては2拍めの後半がアップボウで括弧付きという指示にとどまる。
- 点線スラーがない。
- 1拍目と3拍目末尾のダウン指示がないだけで数段心が落ち着く。いわれてみればこの指示は、2拍目後半のアップを弓順で実現するための仕込みであったとわかる。
無伴奏チェロ組曲ヴィオラ版の校訂もジョーンズ先生だったから、彼の指示に慣れているせいもあるにはあるが、曲集全体で校訂者のさまざまな指示においてこの手の差異がある。指示があれば譜読みの段階で立ち止まってその指示の意味と難易度を確かめるが、従来の版の指示は無視していた。傾聴に足る見解ではないと私の腕前が直感していたということだ。
がしかし、ジョーンズ先生の指示は必要最小限かつ急所に特化している上に、多くの場合共感できる。難易度は様々だが狙いとして説得力に富んでいる。「弾ければ効果は絶大だよ」「こうして弾けるようになるまで練習しようね」と聞こえる。
他に、従来の版では高い音になるとあっさりト音記号に代わるが、ペーター版は断固ハ音記号に留まる感じがする。こんなところまで校訂者の意向なのかは不明だが、心から賛同する。
ここにコスパを求めてはなるまい。
老後の長い旅のガイドブックとしての楽譜は大切。
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