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2006/12/17

知り得ない知り得ないもの

 オレのやるのは白魔術(white magic)
だという確信がますます強まりつつある
朝。

 世の中には、なにかいやなグルーヴが
漂っているが、
 そんなものにまともに付き合っていると
自分自身が黒魔術に巻き込まれてしまう。

 藤原定家がその日記「明月記」に記した

 世上の乱逆・追討、耳に満つといえどもこれを注せず。
紅旗征戎わが事にあらず。

 の矜恃。

 「紅旗征戎わが事にあらず」

というのは軟弱なのではなくて、むしろ
よほどの決意がなければ書けない言葉だ。

 五反田の研究所のすぐ近くで
ロレアル主催のシンポジウム。

 色覚の研究で大きな成果を挙げた
 ロンドン大学のセミール・ゼキ教授を
中心に、
 生理学研究所の小松英彦さん、定藤規弘さん
の二人の色覚の大家、
 それにオーガナイズをされてきた
永山国昭さんと小林康夫さんが
集って、
 とても面白い会になった。

 会場には、佐藤雅彦さん、
港千尋さんのお二人の姿も見え、
 また酒田英夫さん、岩村吉晃さん、臼井支朗さん
らの脳科学の大家もいらしていて、
 とても濃い議論を行うことができた。

 小林さんの「脳には限界があるのでしょうか」
という問いかけに対して、ゼキが
 
 いやあ、最近数学者の会合に出席するはめに
なってね、その時「超ひも理論」の話になって、
 あれは経験的な事実とは遠く離れたところでの
議論になっているけれども、
 経験に依拠しないことを人間が思いつくことが
できるということそのことが、
 脳の限界についてなにか興味深い事実を
提示しているんじゃないかと思う。

 と答えているとき、「ああそうか!」
というインスピレーションが訪れた。

 脳科学の実験データを収集するのは
大変な苦労で、
 その結果は脳のミステリーを理解する
上で大切なヒントを提供してくれる。

 その一方で、実験的手法の制約もあって、
現在のところ測ることができるのは
主に外界の刺激に対して脳がどのような反応を
みせるかという
 「反応選択性」(response selectivity)
だけであり、
 そのことが意識の問題を解く上での
大きな障害になっている。

 このあたりのことは『脳とクオリア』
や『クオリア入門』に書いた。

 実験的な脳科学に付き合いすぎると、
意識の本質の解明からは遠ざかる。

 もちろん、実験データに寄り添った
理論的試みも大事であるが、
 その一方で、「超ひも理論」に相当する、
本質学に寄り添って「暴走」する理論的
活動があって良い。
 
 そのような活動がなければ、意識のミステリーは
解けないだろう。
 そのことを自覚した。

 私が「不確実性の役割はどう思うか?」
と問うたのに対して、
 ゼキは最初は「それは困った質問だなあ」
ととまどっていた。

 その後、小林さんがコメントしていると、
ゼキの表情がぱっと明るくなった。

 今の話でわかった。私はこのインスピレーション
のために東京に来たのかもしれない。
 カントは、unknown unknownについて
思考し、
 「知り得ない知り得ないもの」
の端的な例として「神」の存在を措定し、
 それを信じる、という決断をした。
 不確実なものの究極として、
「知り得ないもの」について考えられる
ということが、
 進化の過程で大きな意味を持ったのではないか。

 そんな風に、セミール・ゼキさんは言いました。

 ところで、wikipediaのblack magicとwhite magic
の間の関係についての議論が面白い。

http://en.wikipedia.org/wiki/Black_magic#Black_and_White_magic 

 否定的感情と肯定的感情の間の関係についても、
同じような議論がなりたつ。
 
 ボクは今、肯定的な感情の豊かな人は、
潜在的には否定的感情のエネルギーもまた
強く、
 ただ、否定を肯定に変える「精神の錬金術」
に長けているのではないかという
 仮説を持っている。

 その達人がモーツァルトであり、
和歌のエッセンスを完成した
 藤原定家ではなかったか。
 
 雨模様の空。
 しかし揺るがない事実として、
 厚い雲の上には太陽が輝いている。

12月 17, 2006 at 09:02 午前 |

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コメント

私はわりと錬金できている方だと思っています。

しかし、そこに太陽はあるのに、
どうしても厚い雲に押しつぶされてしまう人は
どうしたらよいのでしょうか。

何かをきっかけにして太陽の存在を感じられればよいのですが。
きっと知ってはいるんです。雲の上の太陽を。
でも、今は、太陽がまぶしすぎて
目を閉じてしまっている。

投稿: おか | 2007/01/08 4:26:32

『言葉の錬金術』すごく良い言葉ですね。

茂木さんの発する言葉には、インスピレーションを喚起する要素が
沢山あるので、著書、番組はこまめに読んだり見たりしています。

特にNHKの『プロフェッショナル』は毎週見ていて、
各界の第一人者が、苦悩の末に得た体感覚を、言葉にして
いるのが非常に興味深く、またその『珠玉の一言』を引き出させる
ための茂木さんの質問の質の高さに、毎回『上手いなあ~』と感嘆
しています。

モーツァルト、エジソン、アイゼンハワー、
アインシュタイン、・・・・etc。

常人には感知できない感覚を体現し、言葉で表現してきた偉人達。
しかし、彼らが自分達の言葉にできない感覚を、言葉に何とか置き換えて
抽出できたのは、誰かが聞いたか、話したからこそだと思います。

現代に生きる『偉人の卵』。
すでに偉人となりつつある人達から、どんな『珠玉の言葉』を引き出す
か。

常人の及ばぬ領域で活躍するプロフェッショナルが、『言葉の錬金術師』
だとするならば、そんな彼らから『珠玉の言葉』を抽出できる茂木さんは
『錬金術師の錬金術師』かもしれません。

これからも、ご活躍、楽しみにしています。


投稿: SON | 2006/12/17 23:12:15

モーツァルトや藤原定家には遠くおよばざれども、否定的でマイナスな感情に基づく言動を、肯定的でプラスなものに変えていく「魂の錬金術」を多少ナリとも身に着けていきたい。

それにつけても、この世界にはまぁなんと、否定的なグルーヴに満ちた言辞があふれていることか。

本日、丸善にて「やわらか脳」刊行記念トーク&サイン会に行ったその帰りに、書籍売り場を見てみたら、「腐敗生保」などという、タイトルからしていやなグルーヴに満ちた本が並べられていた。

「腐敗」ということばをいれるとセンセーショナルになるゆえみんな買ってくれると思ってつけたんだろうが、もう少しポジティヴでマシなタイトルをつけられなかったのかしらん。…たとえば「生保の今を考える」とか…。

ところで、この世界は容易に「善悪二面」に分け難いもの・ことに満ちているけれども、中にはこれは「悪」「極悪」としか言いようの無いものがある。

たとえば“戦争”。これは誰が何といっても窮極の“悪”だ。戦争は必ず全てを破壊し、幾多の生命を破壊する。素晴らしい藝術も文化も潰してしまう。おまけに敗者も勝者もない。戦争はすべて、人間の心の中の「無明=根源的欲望が魔性をともなう方向へと転化したもの」が引き起こしたものだ。

その「魔性」を何としてももぎ取らなければ、戦争を人類がやめることはない。この場合、徹底して「戦争は全ての生命を破壊する極悪だ!」と叫び続けることが肝要だとされる。しかし、ストレートに幾ら叫んでも、戦争は繰り返される。如何すればいいのか。

昨年であったか、宮島達男さんが世界のアーティストと組んで、ユーモアも交えつつ、平和の大切さを訴えて、この世界から戦争をなくそうという主旨のアートイヴェントを開いたことがある。

わたしはこれが一種の、人類が「戦争したい!という欲望への誘惑」を断ち切る為に芸術家たちが使った「白魔術」なのではないかと思った。

殺戮と破壊以外、何も生み出さない戦争の為に、多くのかけがえのないものが破壊される現状に、何とも知れない強力なネガティヴ感情が彼等の中にあったと思う。しかし彼等は、それを藝術作品というかたちでポジティヴなものに見事に昇華させた。

彼等は茂木さんのいうように、否定を肯定に昇華できる「魂の錬金術」の達人だと思う。

「魂の錬金術」の達人は、生命力の強い人であるとともに、意思のきわめて強固な人なのに違いない。

無論、フラワーピッグも実は「魂の錬金術」の達人ではないかと、少なくとも私はそうとらえているのですが、如何でしょうか。

投稿: 銀鏡反応 | 2006/12/17 18:37:45

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