面白いもので,どんな組織やプロジェクトにも“有事”を好む人がいるものだ。こういう人はたいてい,普段は何をやっているのか分からないほど地味で目立たないくせに,いざ大事件が起こると「待ってました」とばかりに目を爛々と輝かせて表舞台に出てくる。
表舞台に出るのは勝手だが,困ったことに現場の指揮を執りたがる。有事の際の指揮系統の乱れによる問題の長期化や泥沼化は,このような目立ちたがり屋の船頭が“我も我も”と出てくるという,実にくだらない原因で起こることが多い。
システム開発プロジェクトの“有事”であるシステム障害にも全く同じことが当てはまる。プロジェクトの計画から設計,コーディング,テストまで順調に進んでいるときは目立たない人物が,システム障害が発生し,その規模が大きければ大きいほど活気づいて指揮を執りたがる,といった光景を目にしたことのある読者も多いのではないか。
そんな輩が2人,3人と出てきた日には,障害の修復作業に当たるメンバーはたまったものではない。まさに「船頭多くして船山に上る」である。筆者の経験から言えば,このような状況は珍しくも何ともない。日常茶飯事と言ってもよいくらいだ。
船頭たちの権限が同列の場合は最悪だ。かつて筆者が在籍した銀行で国際業務関連のシステム障害が発生したとき,アプリケーション開発担当のA部長,システム基盤開発担当のB部長,ユーザーの事務手続きを策定・統括する部門のC部長,そして国際営業部門を統括するD部長の4人が船頭になろうとしたことがあった。この4人は,カバーする業務分野や責任範囲は全く異なるが,権限はほぼ同等だった。
このとき,障害対応の担当者は,それこそ“たらい回し”の状態に陥った。アプリケーションの障害対応はA部長に,システム基盤の障害対応はB部長に,事務手続きにかかわる障害対応はC部長に指示を仰がなければならない。3人の指示に従っていざ作業に当たろうとすると,システムのことを全く分かっていないD部長が「どんな具合か説明したまえ」と口をはさむ。一刻の猶予も許されない危機にもかかわらず,ああだこうだと説明する極めて不毛な時間を費やさなければならなかったのだ。
状況報告も骨が折れる。トラブルシューターには障害の修復状況を逐次報告する義務があるのだが,4人の部長に繰り返し同じセリフを話さなければならない。「どんな状況か?」とA部長が聞きに来ると,5分後と30分後にそれぞれB部長とC部長がやってきて同じ質問をする,なんてこともある。「ええ加減にせんかい!」とキレそうになるのだが,そこがサラリーマンSEの悲しいところ。部長相手に大口をたたけるわけがない。しがない世の中だと割り切って4人の相手をしながら,障害修復の作業を続けたものである。
だが,幸いだったのは,いつも最終的には強力なカリスマ船頭が現れて,指揮系統を一本に絞ってくれたことだった。筆者などが何を言っても聞く耳持たなかった部長たちだったが,彼らをはるかに上回るカリスマを備えたリーダーが“一喝”すると,それ以後一切よけいな口をはさまなくなった。そのリーダーの権限は4人の部長よりずっと小さいにもかかわらず,である。
ちなみに,そのカリスマ船頭は,とてもカタギとは思えないコワモテの持ち主であった。もちろん,それだけで4人の部長が黙ったわけではない。カリスマ船頭は実務経験と技術知識,そして情報システムに関する実績では,他の追随を許さなかった人物だったのである。筆者はこのカリスマ船頭の言動を見ていて痛感した。しゃしゃり出てくる船頭を黙らせるには,カリスマと実務能力を併せ持つしかないと。
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