”若者に留学を勧める大人に知ってほしい大切なこと”について書いた新刊
「優雅な留学が最高の復讐である」が9月15日に
医歯薬出版株式会社から出版されます。
「なぜ最近の若者は留学しなくなったのか」から始まるおとなの自分探し8人の留学経験者と「医学の歩み」で対談したシリーズ「教養としての研究留学」では、若者に留学を勧めるには、どのような語り方をすればいいのかを考えさせられました。この対談を契機に様々な観点からの視点を取り入れ、”若者に留学を勧める大人に知ってほしい大切なこと”ついてまとめたのが本書です。
「優雅な留学が最高の復讐である」目次:
第1章 留学はするな─留学のベタ,ネタ,メタ
第2章 やりたいことのない「普通」のあなたに留学を勧める理由
第3章 留学というプロジェクト
第4章 生存戦略としての留学
第5章 Let It Goの罠と留学
第6章 「グローバル化」という中空構造
第7章 大人が「グローバル人材育成」に貢献できること
第8章 大学教師はじまりの物語
第9章 「脳トレ」としての英語─英語で頭を鍛えて賢く長生きする
第10章 なぜわれわれは若者に留学を勧めるのか
対談編
1) 椛島健治 (京都大医・皮膚科教授) ”不自由さ”のなかで自分を鍛える
2) 藤井直敬 (理研・脳科学総合研究センターチームリーダー) 誰も行かないところに行く”勇気”
3) 色平哲郎 (佐久総合病院・地域医療部・科長) ”山の村”への研究留学
4) 窪田 良 (Acucela Inc・会長社長兼CEO) ”選択”は楽しい
5) 矢倉英隆 (パリ大学ディドロ博士課程) 留学という”断絶”を経験する
6)別役智子(慶応大医・呼吸器内科教授) 研究者のintellectual independency
7) 今井由美子 (秋田大医・実験治療学講座教授) 留学して”日本のマトリックス”を知る
8) 山本雄士 (株式会社ミナケア代表取締役) ”臨床の充実感”を超えてめざすこと
解説:門川俊明(慶応大医・医学教育統括センター教授)
”(島岡先生に惑わされずに)つべこべ言わずに留学に行きなさい”
留学してよかったこと、残念だったこと本書の序文を医歯薬出版のHPから読むことができますが、私がハーバード大学に13年間留学してよかったことは、
大袈裟に聞こえるかもしれませんが,当時(一九九八年)はスマホもWi-Fiもなく,言葉も通じない異国の地でゼロから生活や仕事を始めるなかで,鮮やかな生(せい)のリアリティーを実感することができ,さらに“成功循環モデル”のグッドサイクル(第2章参照)に便乗することにより,自分の実力の何十倍もの仕事を達成できました.そして長期間海外に滞在することで日本を外からみることを経験し,相対的視点を育むとともに,日本に蔓延する同調圧力としての空気から長いあいだ解放され,いい意味で空気を読まない力を身につけました.
しかし、残念だったことが、
アメリカの“選択の自由という呪縛”に疲れたことです.アメリカではなんでもかんでもたくさんの選択肢があり,主体的に自分で選ぶことで自由を行使することが正しいという価値観が君臨しています.関西で普通の日本式教育を受けて育ったわたしは,自分で選択することがあまり好きではありません.選択するのが面倒臭いと思うし,選択の結果としての責任を負うことにもストレスを感じます.にもかかわらず,在米中は意思の力で多くの重要な選択をし,そのストレスに耐えてきましたが,とても疲れました.
なぜなら私は ”そもそもレストランに入って肉の焼き具合や,付け合せのサイドメニュー,正直まったく味などわからないワインの選択など,本当はしたくないのです.社交のために練習してできるようになりましたが,本心では,どの店に入るかぐらいは自分で決めるが,料理はすべて大将のお任せでお願いしたい”のです。.
ですから、「留学するかどうか」とか「自分の進路やキャリアをどうするか」について、自分で決めてその責任を自分が負うという言説が現実とどこかずれていると感じていました。そして偶然に哲学者ハーバード・フィンガレットが行った孔子の道に関する研究を知りました
西洋ロマン主義の考え方では,人生を道にたとえれば,要所要所に分岐点(分かれ道)があり,人は各分岐点で自由意志により理性的な選択を繰り返しながら,自分の到着点を決定していきます.いまの自分の到達場所は,自らの無数の理性的な選択の結果であるので,責任は自分にあるというのが新自由主義の根底にある考え方です.しかし,フィンガレットによる孔子の道の解釈は,人生という道は“a way without crossroads”であり,分岐点はありません.分岐点はあるにはあるのですが,その分岐点に達したときには,自分が選択できる道はすでに決められているのです.
これは自分の感覚ととてもよくマッチしています。人生の選択をできるだけ理性的に下してほしい、若者に海外留学をできるだけ理性的に勧めたいととことん考えた結果、
”悩んだ末に押し切られるように留学の選択をせよ”というメッセージにたどり着いたのです。
選択肢は複数あり,そのうちのひとつを自由意志により積極的に選ぶというのは欺瞞であり,人は重大な選択を迫られ,そのなかで否応なしに選択をするのが自然の姿であるということです.論理的に考えて,人は合理的選択をするというのは幻想です.最近の行動経済学の研究が明らかにしているように,数値で表しきれない価値観に関する選択や判断は理性ではなく,感情により行われます.人は理性的であろうとし,最後まで選択を粘りますが,所詮理性には価値判断をする力はないので,最後は感情に任せるしかないのです.留学するかどうか悩んでいる皆さん,できるだけ理性的であろうとし,とことん悩んでください.しかし,損得勘定で理性的に判断することは端から無理なので,最後は状況に押し切られるような状態に自分を追い込み,感情を起動させ,留学をするという価値判断をしてください.
留学で復讐する本書のタイトルは私のボストン留学時代の愛読書『優雅な生活が最高の復讐である Living Well Is the Best Revenge(カルヴィン・トムキンズ)』へのオマージュです.
「優雅な生活が最高の復讐である」は辛辣なスペインの諺なのですが,ここで使われている復讐Revengeという言葉の語源は,「自らの正当性を立証する」という意のラテン語vindicareに由来します.したがって本書のタイトルには,留学とは,鮮やかな生(せい)のリアリティーを実感するなかで自分の力を試し,日本を外からみることにより相対的視点を確立することを通して,多少の承認不足では揺るがない「自らの正当性を立証する」優雅で贅沢な機会であるという思いが込められています.
若者に留学を勧めたいベテランや中堅の方々も、どうして上司や先輩は留学を勧めるのだろうと不思議に感じている若い方々も、ぜひご一読ください。