西園寺邸で再会し、
お玉屋敷、
とむ丸ちゃんち、
華氏宅近所の公園、
プラスチックドールハウスでそれぞれ死刑に関する見聞を広めた麗子と玲奈はふたたび西園寺邸のイングリッシュガーデンにもどり、ノートパソコンの画面やガイドブックを眺めながら楽しそうに話している。どうやら次の目的地、韓国へ行く予定をたてているらしい。
・・・ん?韓国ということは・・・、へっ!?わっ、私か???
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麗子:私は韓国のことをよく知らないのですけど、韓国にいらっしゃる梁山泊の女棟梁ハムニダさんのお話が聞けるのが楽しみですわ。
玲奈:私も韓国は初めて。でも、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると『続日本紀』に記録されている事実に、韓国と日本の間の縁を感じますわ。
麗子:それは今上天皇もおっしゃっていたわね。(そこへばあやが登場)あら、ばあや、航空券とホテルの手配はできていて?私も玲奈お姉さまも韓国は初めてなんだから、準備はちゃんとしておかなくてはね。
ばあや:お嬢さま・・・、それがその・・・、ハムニダさまの代理とかいう方がお見えになられたのですが・・・。
チョルス:はじめまして。僕、キム・チョルスといいます。今日はハムニダ先輩の代理でここに来ました。っていうか、先輩に無理やり押し付けられたんですけどね。
玲奈:まあキムさん、日本語がお上手ね。
チョルス:チョルスって呼んでください。僕、日本に留学中なんですよ。だからハムニダ先輩の代理を頼まれちゃって・・・。
麗子:ハムニダさんの代理ってことは・・・、私たちは韓国に行かなくてもいいってことかしら?せっかく韓国通のハムニダさんから、
報道の自由度ランキングで日本を頭一つ押さえた韓国の死刑にまつわるお話を聞けると思ったのに。
チョルス:韓国はいま旧盆ですから航空券なんて手に入りませんよ。だから「日本にいるお前が西園寺邸に行って韓国の死刑制度について講釈たれて来い」って。昨日いきなりそんなメールが来たんで、見なかったことにしておこうと思ったんですけど、今朝電話がかかってきて「韓国でさんざん世話してやったんだろう!」って。さんざん世話してやったのはこっちの方なのに・・・。
玲奈:(華氏さん同様、うまく逃げたわね)おそるべし(自称)魔性の女だわ・・・。
チョルス:げっ、ハムニダ先輩って、日本ではそんなこと言ってるんですか?
女の皮かぶった“おっさん”のクセに・・・。
ばあや:(お下劣ハムニダなんかよりも、このシリーズ初の“妙齢の殿方
♥”の方がエェわ。ヨンさまには似てないけれど、よく見ればイイ男ねぇ~

)お嬢さま、玲奈さま、韓国の事情を知るにはやはり、韓国の方から直接聞くほうがよろしゅうございます。さっ、チョルスさま、韓国での死刑制度をめぐる情勢についてお聞かせくださいませ。
チョルス:(う、このバアさんの視線がキモイ)僕も昨日の今日なんで資料とかぜんぜん準備できていないんですけど、じゃ、ざっと概要だけ。
麗子:韓国でもまだ死刑制度は廃止されていないんでしょう?
チョルス:ええ。法務部長官、日本で言えば法務大臣ですね。その法務大臣が死刑執行命令を出せば5日以内に死刑が執行されます。日本と同じ絞首刑です。
玲奈:でも1998年に金大中大統領が就任して以来、死刑は執行されていないんでしょう?
アムネスティ国際事務総長が韓国の法務大臣に送った書簡にそう書かれているわ。
チョルス:はい。金大中前大統領自身、死刑囚だったことがありますからね。死刑は制度として存置されていて、死刑判決も下されてはいますけど、執行はされていません。今の盧武鉉政権でもその状態は維持されています。
麗子:金大中前大統領は何度も死線を越えてきた政治家っていうイメージがあるけど、死刑宣告まで受けていたのね。
チョルス:ええ。1980年の光州事件の直後に軍法会議で死刑判決を受けています。その後、無期懲役に減刑されて、アメリカへの半ば亡命のような出国が認められましたが。
ばあや:韓国では政治犯に死刑判決が下されるような事例が多かったのですか?(どちらかというとヨンさまよりもビョンさまに似ているかしら?
♥ぜひお玉さまにも見せびらかしてやりたいわ

)

チョルス:(なんかゾクゾクするな)このグラフを見ていただければわかると思いますが、80年代の終わりに韓国でいわゆる民主化が進む前は、多くの政治犯が死刑宣告を受けています。
麗子:まあ、独裁政権下ではかなりの数の政治犯に死刑判決が下されているのね。
ロベール・バダンテール先生の演説の中にあった、「独裁制が支配する国ではどこでも、死刑が実施されている」という言葉の通りね。
チョルス:特に
朴正煕政権下では多くの政治活動が制限され、弾圧されていたそうですからね(僕は若いから当時のことは知らないけど)。ですから今年の2月に
金大中前大統領がアムネスティに送った書簡の中でも「憂慮すべきことは独裁者が民主主義の主唱者や政治的反対者を弾圧し、追いやる手段として死刑制度を悪用した事例が数多くあるということだ」と訴えています。
麗子:「国家は市民の命を奪うところまで市民を意のままにする権利を持っているという考え方に死刑は由来する。それゆえに死刑が全体主義政体の中には規定されている」という一節もバダンテール演説にあったこと、私も覚えてしまいましたわ。
玲奈:金大中氏がアムネスティに書簡を送ったのですか。日本の歴代の首相はそんなことしそうもないわね(ため息)。
チョルス:ただ、送ったのは大統領退任後ですからね。どれほど効果があるのか。在任中にも死刑廃止法案が上程されはしましたが、成立はしませんでした。今の盧武鉉大統領なんか、就任直後からレームダック状態ですから、死刑制度が廃止されるかどうかは難しいところでしょうね。
ばあや:死刑制度廃止について韓国の世論はどのようになっているのでございましょう?(うふっ、まじめに話す姿もス・テ・キ
♥)
チョルス:(いや~ん、その舐めるような目つきはやめれ~)これは2003年の
朝鮮日報の記事なんですけど、「死刑を存続すべき」と答えた人は94年の70%から52.3%にまで減っていて、逆に「死刑を廃止すべき」と答えた人は94年の20%から40.1%に増えています。
麗子:じゃあ韓国世論の趨勢としては死刑廃止に動いていると見てもいいのかしら?それとも日本みたいに凶悪な事件が起きたりすると、死刑存続派が勢いづいたりするのかしら?
チョルス:それは・・・、う~ん、やっぱりそうですね。それと、先月、
ある死刑囚が死刑が執行されないまま肺がんで亡くなったというニュースがあったんですけど、それも論争の的になりましたね。本来、死刑判決が確定してから6ヶ月以内に執行命令を下さなければならないと規定されているのですが、それを法務省が怠ったがために死刑囚が病死という結果になったんじゃないかと。
玲奈:アムネスティは「過去10年間に執行がなされておらず、死刑執行をしない政策または確立した慣例を持っていると思われる国」を事実上の廃止国と定義しているけど、韓国はまだ10年になっていないのよね。法制化への動きはどうなっているのかしら?
チョルス:2004年に与党ウリ党の
ユ・インテ議員を中心としたグループが「
死刑廃止に関する特別法案」を国会に提出しました。未だに法制司法委員会で係留中の足踏み状態になっていますけど、以前は委員の反対によって上程すらできずに自動的に廃案になっていたんだから、少しは前進したと言えるでしょうね。
麗子:ところでチョルスさん、引用された資料がぜんぶ韓国語だから、私たちぜんぜん読めないんだけど・・・。
チョルス:う、そっ、それは僕は日本語のネイティブじゃないんで、韓日翻訳はできないですっ。ハムニダ先輩にしてもらってくださいっ。(っつーか、これくらいは先輩もしろよなー。)
ばあや:そうでございますよ。チョルスさまはお下劣女ハムニダ・・・、もとい、ハムニダさまの代理としてお忙しいなか、わざわざ来ていただいたのですから、これ以上無理を言ってはなりません。だいたいハムニダさまは翻訳が本業。このくらいの資料はすぐに日本語訳していただけるはずです。それよりも、チョルスさま、今日はディナ~
♥もご用意いたしますから、ぜひとも韓国のお話をもっと詳しくお聞かせくださいませ。

チョルス:(へ?な、なにこのハートマークは?)ぼ、僕は論文も書かなきゃならないし、あ、そ、そうだ、先輩にも早く報告しなきゃなんないでしょ?今日はこのへんで失礼します。いやー、残念だなー(←棒読み)そっ、それじゃっ!
(こうして、韓国人留学生チョルスはばあやから送られてくる大量のハートマークに耐え切れず、脱兎のごとく逃げ去るのであった。一方、そんなことをまったく自覚していないばあやを見ながら、このシリーズはどの方向に向かうのだろうとため息をつく玲奈だった。
次週につづく)
ちゃらららららら、ら、らら~、ちゃらんらららら~、♪
( 『渡る世間は鬼ばかり』のテーマ)
ナレーター◆石坂 浩二(←ウソ)
* 参考
ソウル大学法学部ハン・インソプ教授と大学生が一緒に作っていく死刑廃止ホームページ
*韓国語資料日本語訳
金大中前大統領の死刑廃止論
アメリカの民主主義は後退、韓国は発展、そして日本は・・・?
[韓国世論調査]死刑制度を廃止すべきか?
死刑囚の自然死
死刑廃止に関する特別法案