二十数年前、私はこんなふうに結婚しました
ここ数年、日本では、結婚しない若い人たちが多いとささやかれている。いや、日本だけではない。欧米でもその傾向にあるそうで、その理由は様々。それらの統計を垣間見て、皆、いろいろと頭でっかちになって考えすぎなんじゃないかという私感を持った。そして、結婚を決める時の理由というか本質とも言える「感性」を重じない傾向にあると感じている。
結婚の決断を難しくしている理由に、その条件が結構厳しいとも思う。それだけに、ジクソーパズルのようにピッタリその条件に当てはまる人に出会うまで妥協しない、という頑固なまでの決意もあるようだ。なんと忍耐強いことかと思う。まあ、それも結婚のことだからと、他人は、個人の価値観には立ち入れないので、結局、放置されるのかもしれない。冷たく言うと、自業自得で結婚できないのである。
ところが、現実問題として、結婚願望という感情の行き場がなくなっている。これが浮いた存在になっていることは見逃したくない。将来の可能性として、唯一の希望だからとも言える。体と感情は正直にその願望を願望として浮き彫りにさせるのだと思う。子どもを生む準備は整うし、同時に一部の同性愛者を除いては、異性に引かれ合うものだ。が、結婚する相手と巡り会う機会がないとか、結婚を想定すると相手を気遣うあまり、自分に自信が持てずに決断できないなどという話が溢れ出す。男性側の理由では、相手を気遣う優しさでもあるが、その奥を詮索するに、欺瞞でしょう。結婚に踏み切れないのは、何よりも傷つきたくないのは自分だからではないかな?
このように、挙げればきりがないのが「結婚できない理由」だが、結婚する理由というのはあまり挙がらないようだ。夢が持てないとか、メリットがないなどとつい、できない理由が浮かんでしまうのかもしれない。そして、さっきまでこれらの問題は自分の問題じゃないと思っていた。が、「考える生き方」(参照)のインパクトが私の脳裏に少し残っていて、「結婚のご報告。30年彼女がいなかった僕が、秒速で結婚できた理由」(参照)という話しを読んで、これから結婚する可能性のある人にとって、私に何かできることはないか?と、とんでもない事を思いついた。
結婚を決断するその時の瞬間はこんなものよと、一例として昔の私事で恥ずかしいけど、ああ、そんな簡単に結婚できるのか!という話をこっそり教えたいと思えた。これは私の子ども達にも話したことはなかったかな。暴露を決心したのは、「考える生き方」を読んだ多くの人の感想からで、自分のことなど参考になるわけがないという決め付けが一番役に立たないと思ったからだ。これも本書の恩恵だった。あんがと。
さて、結婚を決断するに当たってなにが決め手となるか?これがキモなので、単刀直入にこの話をぶつけたい。
例えば、先の「彼女いない歴30年の竹内さんはこう話している。
恋に落ちました。
こんな素晴らしい提案書を貰い、僕は涙が出るほど嬉しかったのです。そして何より、僕のこんな一般的にはフザケているとも取られる企画に、ちゃんと真剣に向い合ってお返事をいただけた事が何よりも嬉しかったです。
この時、僕は恋に落ちました。
そ、「恋に落ちる」いい言葉だ。これは男性のキーワードとしてトレンドになるんじゃないかな?そう思ったのは、「考える生き方」の著者が結婚を決めた時もそうだったと書いてあった。なんとなくこれ、何が言いたいか分かる。ただ、女の私が男性の感性を同じだと言い切れないだけである。
私の例では、「恋に落ちる」とまでは言い難いが、あえて言葉にするとしたら、「この人ならずっと一緒にいたい」だろうか。その時の事をちょっと思い出して書いてみることにした。
一言で言うと、決め手は「人間愛」だと思う。それをそうだと感じ取った時は、ちょっとした事件が起きた時だった。
アメリカ人の友人、ポーレットが岡谷市で仕事をしている時、彼女の紹介で私はある会社社長と商談のため、諏訪市で合流した時だった。東京の赤坂のマンションで犬を飼いながら、そこを仮事務所として起業したばかりの私だったが、犬を置いていくわけにもいかず、犬を連れて友人を訪ねた。彼女とうまく合流し、紹介された会社社長の友人が経営するという飲食店で商談を済ませた。そして、その社長が予約してくれたホテルにその日は泊まり、翌日、彼女が自分のアパートに一泊して、ゆっくり遊んで帰ったらどうかというので、遠慮なく犬を連れて彼女のアパートへ転がり込んだ。その夜、前日に食事をした飲食店のオーナー社長の招待で彼女と一緒に三人で食事をして彼女のアパートへ戻ると、つないでいた私の犬がいなくなっていた。これが事件である。
一晩中、そこらをぐるぐる探しまわって夜が明けてしまったけど、そのまま今度は、近所の「犬」のシールが張ってある家にピンポンして、犬の特徴を説明して尋ね歩いた。が、まったく足取りがつかめない。もしや車にひかれたのかもしれないと思い、道路も見て回ったが、事故を起こしたような形跡はなかった。土地勘がないため、全ての道路とも言えず、やっていることは誠に中途半端だったが、アチラコチラ探しまわったのも少し気安めでもあった。じっとしていられなかっただけだったかもしれない。
土地の人である飲食店オーナー社長に頼んで、「迷子犬」の広告を出すのに最適な新聞社に連れて行ってもらい、記事をお願いした。広告を見て連絡をもらえるかもしれないと思い、ポーレットに一週間泊めてもらい、そこを電話の連絡先にしてもらった。
約束の一週間もそろそろという時、ポーレットが「ねえ、悲しむと思ったから言えなかったけど、実はチーコ(犬の名前)はあの夜、車にひかれて死んでいた。それを見つけて、片付け、あなたには内緒にしておくように彼に言われていた。」というのである。彼というのは飲食店オーナーのこと。
この時私は激怒した。あの日に話してくれていたら、無駄に一週間「生きて何処かにいる」という望みを持って悲しんでいなくても済んだのにと、腹立たしかった。が、だんだん冷静になってきて考えてみたら、チーコが死んだことを知りながら、私の気が済むまで、私のあの時の気持ちをすべて引き受けてくれたのは彼だった。そういう計画があったわけではなく、彼も、途中で死んだことを言ったほうがいいと思ったのじゃないか?とも思えた時もあった。が、チーコが死んだにしろ、チーコはどこへ行ってしまったと思いこむにしろ、チーコは戻ってこないという事実を私が受け止めることで事は済むのである。済まなくなって混乱をもたらしたのは、ポーレットが約束を守らない女だったからだ。
冷静になってみると、こういう形をした「人間愛」もあるのだと思えた。これが、結果的に結婚を決断するに直結した。と言っても、私がこれをもって結婚したいと言ったのではなく、結果的にそうつながったというだけ。
あーれから30年・・・綾小路きみまろじゃないけど、劣化するよ、そりゃあね。
話はこれでお終いなんだけど、ちょっと蛇足ながら、加えておきたいこと。
この人と結婚しようという時、何を決め手にするのかということがここでは言いたいことなんだけど、女は、自分に優しくしてくれる男性に弱いみたいなとこはあると思う。結婚前の女の気を引くための男の優しさは、結婚後は直ぐに消えてしまうというアレ。「アレはなんだったの!釣った魚には餌をやらないじゃない。」と、怒る人もいる。むしゃくしゃしている人が多いと聞いているけど、結婚後でもその人の人間としての「愛」は必ず見つけられると思う。なぜかというと、あなたを選んだ人だから。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
ご無沙汰しております。とっても励まされました。ありがとうございます。
投稿: ひでき | 2013-05-17 01:44
こんばんわ。ナイスです。恋に落ちる覚悟ですね。
恋に上がるわけはないです(笑)みんな、あがりたがる世の中。
落ちるけど・・・良い!? だから恋ですね。
社会的には リスク管理です(爆)
落ちる って言葉が 誤解だね。
潜る、心に 自分の心に、手に手をとって、潜る相手を見つけた!
それが 恋ですね。
私は もう 3000マイルも潜ったので 恋できません(笑)
投稿: | 2013-05-23 19:49
何かよくわからないけれど、条件とか細かいことがどうにかできるような気持ちになる。
のが決め手でしょうか。
私はそうなった切っ掛けが思い出せません。
でも、十数年経った今も優しいから、それが垣間見れたということなんだろう。
改めて考える機会になりました。
投稿: くみ | 2013-05-24 06:19
手羽元のストック方法から検索して参りました。初めまして。
それで、この記事が気になって。
私は猫でそんな経験があって・・・。
恋愛の事も悩みつつ、おばはんになってしまい(笑)
心のど真ん中、直球・ストレート。
久しぶりに泣きました。
有り難うございます。
投稿: ねこねこ | 2013-10-23 13:08