年金改革と政治の不在
日本における年金制度は、少子高齢化の進展と経済停滞の中で、マクロスライドという仕組み上、制度崩壊はしないものの、その実質的価値が問われても「ナンセンス」な存在になりつつある。こうしたなか、2025年5月24日、自民党と立憲民主党は年金改革法案の修正で合意に達した。基礎年金の給付額を底上げし、低所得高齢者の生活困窮を緩和するこの施策は、一見、年金問題への対処に見える。しかし、中長期的な視点で見ると、この「改革」は年金制度の構造的課題を放置し、選挙向けの対症療法に終始している。そこには、年金制度の持続可能性や世代間公平を真剣に考える政治の不在が浮上する。
マクロ経済スライドと「ナンセンス」な年金
2004年に導入されたマクロ経済スライドは、年金給付の伸びを物価や賃金の上昇率以下に抑え、財政健全化と将来世代の負担軽減を目指す仕組みである。2050年までに年金給付水準を現役世代の賃金の50%程度に引き下げる試算が示され、制度設計時に低年金者の貧困リスクは認識されていた。しかし、この給付抑制は、特に基礎年金(国民年金、月約6.5万円)のみの受給者にとって、年金だけで生活を賄うのが困難な「ナンセンス」な状況を生み出している。都市部単身高齢者の生活費(月12-15万円程度)に遠く及ばず、年金は生活保障の役割を十分に果たせていない。
この問題は、年金が補助金の「ストッパー」として機能することでさらに深刻化する。生活保護(都市部単身で月12-13万円程度)は、年金収入があると減額されるため、少額の年金が却って高齢者の困窮を悪化させる。例えば、月6.5万円の年金受給者は、生活保護で追加6-7万円しか得られず、最低限の生活を維持できないケースが多い。厚生労働省のデータによれば、生活保護受給者の約半数が65歳以上であり、年金制度と社会保障の不整合が貧困を助長している。実はこの問題は、この点にだけ局所化すれば、年金を返上すれば「解決」してしまうという制度上深刻はホール(穴)を抱えている。
今回の「改革」の実態
自民党と立憲民主党の合意は、基礎年金の底上げに厚生年金の積立金を活用する内容である。低年金問題への対処として、国民年金受給者の生活支援をアピールする狙いがある。しかし、この改革は抜本的な解決策とは言い難い。まず、積立金は有限であり、将来の厚生年金給付に影響を及ぼすリスクがある。これは、マクロ経済スライドの理念である財政健全化や世代間公平を損ない、将来世代に負担を先送りする。次に、底上げ額が実際的には限定的(月1-2万円増と推測)で、生活保護基準にすら届かず、「ストッパー」問題の根本解決に依然至らない。
世論としては、「積立金頼みは将来のツケ回し」「高齢者向けの選挙対策」との批判が目立つが、この「改革」は、2025年の選挙を意識した高齢者票への配慮が強く、高齢社会優遇の印象を与える。実際には、マクロ経済スライドの給付抑制を緩和する一方で、制度の持続可能性を犠牲にする妥協策に過ぎない。政治が短期的な人気取りに終始し、長期的なビジョンを欠いている。
他の野党の不在
他の野党の動向も、政治の不在を際立たせる。日本維新の会、共産党、国民民主党、れいわ新選組は、今回の改革協議で具体的な対案を提示していない。共産党やれいわ新選組は、最低保障年金の導入や税財源による給付拡充を過去に主張してきたが、財源の具体性や制度設計の詳細が乏しく、今回の協議では蚊帳の外に置かれた。維新や国民民主党は、財政健全化や現役世代の負担軽減を重視するが、年金改革での積極的な提案は見られない。野党は票にならない年金問題を避けているのが野党だろうという批判の声も散見され、野党全体のリーダーシップ欠如が問題を複雑化させている。
最低保障年金は、先程の「ストッパー」問題(些少の年金を払うことで生活保護をしない)を緩和する可能性があるとしても、解決策としては不十分である。例えば、月10万円を全高齢者(約3700万人)に支給する場合、年間44兆円の追加予算が必要で、消費税率20%超への引き上げが不可避であると試算されている。さらに、年金より高額な最低保障年金は、保険料納付意欲を低下させ、年金制度の基盤を弱体化させるリスクがある。つまり、年金払う意味がなくなるとの懸念が浮上する。野党の理念的な主張は、財政や政治的現実性を欠き、抜本改革につながらない。
政治の不在と必要なリーダーシップ
今回の改革が「政治の不在」と感じられるのは、年金制度の構造的課題への向き合いが欠如している点にある。低年金問題の根源である保険料未納(国民年金の未納率約20%)、非正規雇用の増加(約4割が非正規、年金加入率低い)、少子高齢化(2060年で高齢化率約40%)は、税方式への移行、加入義務の強化、労働市場改革、少子化対策との連動がなければ解決しない。しかし、与野党ともにこれらに踏み込まず、選挙向けの妥協や対症療法に終始している。
年金「改革」が「ナンセンス」になり、現状ですら補助金のストッパーとなっている問題は、年金制度と社会保障の不整合を象徴する。政治は、この矛盾を国民に透明に説明し、税・保険料・給付のバランスを再設計する責任を負うべきなのだが、しているとは見えない。最低保障年金の検討、年金と生活保護の統合、世代間公平の再定義など、抜本改革の議論が不可欠であるが、今回の改革は高齢者支援を優先し、将来世代への負担を曖昧にしたまま進む。政治家は年金問題を本気で解決する気がないとの不信感が広がる。
年金問題は、日本の政治の不在を象徴する課題である。
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