タイ総選挙は実施前から混迷
タイでは、アピシット政権が10日に下院を解散し、7月3日の総選挙に向けて昨日、政党の名簿登録が始まった(参照)。初日の昨日中に26政党が登録を済ませたが、構図としてはアピシット首相率いる与党とタクシン元首相支持の野党との争い、つまり亡命中のタクシン氏を巡る争いになる。行方についてが、政治の安定という点では現時点でもほぼ絶望的だろう。
率直なところなんでこんな時期に総選挙をするのかも理解しがたいが、国情上なかなか言及しづらい問題が控えているのかもしれない。
タイは盛り上がっている。19日は、死者90人、負傷者1900人を出した、タクシン派のバンコク都心部占拠への軍弾圧から1周年の追悼記念日でもあり、当然ながらそのシンボルカラーの赤でバンコクは染まった(参照)。ここに来てタクシン派が盛り返しているというわけではなく、依然勢力は膠着しているだけだ。NHKが伝えた世論調査では、与党・民主党支持が34.1%、タクシン派のタイ貢献党が36%である。
タイ貢献党はタクシン氏の実妹(9人兄弟の末子)、インラック・チナワット氏(43)を首相候補とした。彼女には政治家としての経験はないく、インラック氏の前にミンクワン元工業相らの名前も上がったが、最終的には亡命先のタクシン氏の意向で決まったらしい(参照)。
当然インラック氏はタクシン氏の傀儡に過ぎないということになり、そのあたりのタイ社会での受け止め方はどうかと、タイの英字紙The Nationの社説「Can Pheu Thai's nominee really convince the Thai public?」(参照)を覗くと、落胆するほど案の定の話が展開されている。
Yingluck Shinawatra was named the Pheu Thai Party's prime minister candidate because of her last name. It's as simple as that, so the issue of "qualifications" should be out of the question. The most interesting part of her selection as party list "Number One" has to do with the controversial prospect of her big brother's return to Thailand and what she will do about it.インラック・チナワットがタイ貢献党の首相候補に任命されたのは、彼女の一族姓が理由である。話はそれほど単純であり、首相の器といったことは問題にもなっていない。同党リスト筆頭選抜の重要性は、彼女の長兄がタイに帰国し彼女がどう扱うかという政局面にある。
世論調査からもわかるように伯仲した構図からはインラック氏が政権に着く可能性もある。義弟のソムチャイ氏に続きタクシン一族からの3人目の首相という筋書きだ。
いうまでもなくインラック氏が政権に就けば、汚職で禁固2年の判決を受けたタクシン氏が恩赦を受けてタイに帰国という段取りが想定されるが、そうなるのかといえば、なりそうにない。そもそも昨年の軍による過酷な弾圧からして、またこれまでの経緯からして、民主的な権力移行は想定しがたい。インラック氏が首相となればまた流血の惨事が繰り返されることになりかねない。
ただ、そうした思惑もおそらくタイ国民にはすでに織り込まれていているのではないか。ゆえに実際にはタイ貢献党圧勝という構図にはならないのではないか。そうなればそうなったでタイ貢献党が小政党を織り込んだ脆弱な連立政権となり、依然混迷は続くということになる。
こうした話につねづね楽観的で、日本政局への言及からするとちょっと知性が足りないのではないかとまで見えるフィナンシャルタイムズも「Thaksin’s shadow falls over Thailand」(参照)もこればかりは匙を投げている。タクシン氏への個人崇拝を克服すべきだとしても、無理だろうとしている。
That will not happen in this election. As such, it is hard to conceive of a happy outcome. The opposition would almost certainly dispute any victory for Mr Abhisit’s Democrats. The army would never allow a Thaksin proxy to assume the premiership. The prospects for a peaceful political reconciliation – never large – have dwindled.それ(タクシン崇拝の克服)はこの選挙で起きないだろうし、その点で満足のいく結果にはなりがたい。アピシット率いる民主党の勝利に対する反対は手段を選ばないだろう。軍部はタクシン氏の傀儡が首相に就くことを断じて許さないだろう。平和的な政治和解の見込みは、以前も大きくはなかったが、先細りになっている。
現実問題としてはタイ情勢はどうしようもない。国王の年齢という大きな問題も抱えている。
理想論からすれば、社会的宥和の落としどころを探すしかなく、穏当なところでは、フィナンシャルタイムズが空しく指摘するように、タクシン氏への個人崇拝を薄め、既存権力と結びついたアピシット政権がタクシン支持派の切り崩しにかかることだろうが、それも厳しい過程を辿るだろうし、これをじっと構えて忍耐できるのは中国くらいなものかと冗談でも言うほかはない。
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コメント
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投稿: 今井 | 2014.01.30 06:43