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2024.12.11

シリア崩壊とイスラエル

 2024年12月9日、バシャール・アル・アサド政権が崩壊し、イスラム主義勢力「ハヤート・タハリール・アル・シャーム」(HTS)がダマスカスを掌握した。この出来事は、シリア内戦の終局を象徴するとともに、中東地域全体の地政学を根本的に変える転機となった。
 シリア内戦は2011年3月、アラブの春の影響を受けて始まった。アラブの春とは、2010年末に北アフリカや中東諸国で発生した民主化を求める抗議運動であり、シリアでは反政府デモの拡大につながった。この内戦は、アサド政権と反政府勢力の間で長期にわたる戦闘を引き起こし、ロシアやイランなどの勢力が介入する複雑な争いに発展した。
 当時のオバマ政権は、シリア内戦初期に慎重な姿勢を取った。2013年、アサド政権による化学兵器使用が発覚した際、「レッドライン」発言で軍事介入を示唆したが、実行には至らなかった。この決定はアメリカの信頼性を損ね、ロシアとイランがアサド政権を支援する余地を与えたとされる。また、反政府勢力への支援が限定的だったことも内戦長期化の一因となった。

ゴラン高原
 興味深いことに、HTSのリーダーであるアブ・ムハンマド・アル・ジュラーニはゴラン高原出身であり、HTSはこれまでのイスラム主義勢力とは異なる柔軟な外交方針を取っている。具体的には、イスラエルとの対立を避け、地域安定のための協力を模索する動きが見られる。また、人道支援ルートの確保を優先するなど、実利的な外交を展開している。
 ゴラン高原は1967年の第三次中東戦争でイスラエルが占領し、1981年には一方的に併合を宣言した地域である。この地域は、シリアとの間で長年にわたる領有権争いの中心となっており、国際社会は依然としてイスラエルの併合を認めていない。
 アサド政権崩壊後、イスラエルは混乱を利用してゴラン高原の軍事的支配を強化した。2024年12月以降、非武装地帯を事実上占領し、安全保障上の優位性をさらに拡大している。この行動に対し、国連は慎重な姿勢を示しているが、具体的な制裁や対応には至っていない。一部のアラブ諸国や人権団体が批判を表明しているものの、地域的安定を優先する立場が反発を限定的にしている。

対イラン戦略
 イスラエルのメリットはイランのデメリットである。イランは長年、シリアをヒズボラ支援の拠点として利用してきた。特に、武器や物資をレバノンに輸送する補給ルートとして戦略的に重要だった。しかし、アサド政権崩壊によりこのルートは遮断され、ヒズボラの軍事力は大きく削がれた。
 さらに、シリアの喪失によってイランは地理的および戦略的に孤立する状況に陥った。2015年の核合意(JCPOA)は、イランの核開発を制限する一方で経済制裁を緩和するものであったが、2018年にアメリカが一方的に離脱したことで、イランは再び核開発を加速させた。現在、国際社会はイランへの外交的圧力を強めているが、具体的な成果は見られない。この状況は、イスラエルが地域的影響力を拡大する好機となっている。

イスラエルの軍事的優位性
 イスラエルは長年にわたり中東地域での軍事的優位性を維持してきた。アサド政権崩壊は、北部国境における安全保障を強化する機会を提供し、他の地域課題への集中を可能にした。また、ゴラン高原の支配を進めるとともに、イランやヒズボラに対する抑止力を強化する戦略的基盤を整えた。
 外交面では、HTSとの関係構築を通じてシリア内の安定を主導し、アサド政権崩壊を「中東のテロとの戦いにおける進展」として国際社会にアピールしている。このような取り組みは、国際的な支持を得るための重要な手段となっている。
 とはいえ、イスラエルが得た戦略的メリットにはリスクも伴う。HTSが統治能力を発揮できない場合、シリア全土が無政府状態に陥り、新たな過激派勢力が台頭する可能性がある。また、孤立を深めたイランが核開発を加速させることで、イスラエルに対する長期的脅威が増大する懸念もある。

 

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