現地時間の3月15日に実施されるオランダの下院選挙が2日後に迫った。
今回の選挙の台風の目は、「反イスラム」を掲げる極右政党の自由党だ。最新の世論調査では、今回の選挙で29議席を獲得し、前回の15議席を大幅に上回ると見られている。
党首のヘルト・ウィルダース氏は、過激な発言で知られる。昨年、モロッコに住むイスラム教徒に対する差別的な発言をして国民を扇動した罪を問われ、有罪判決を受けた。何度も暴漢に襲われた経験を持つため、選挙期間中もほとんど国民の前に姿を現すことはない。にもかかわらず、国民の高い支持を集め続けている。
古くから移民を受け入れ、寛容の国として知られるオランダでなぜ今、極右政党が勢力をこれほど拡大しているのか。その詳細は、日経ビジネス3月13日号のスペシャルリポート「『寛容の国』オランダの変質」で報じた通り。ここでは、オランダ・ライデン大学政治学部のハンス・ボラード准教授のインタビューをお届けする。
(聞き手は蛯谷 敏)
ヘルト・ウィルダース党首率いる自由党の勢いが衰えを見せません。選挙戦が終盤に入ってから実施された世論調査でも、29議席を獲得することが予想されています。このままいけば、最多の議席を獲得して第1党になります。これほどまでに、自由党が力を伸ばしている背景には何があるのでしょうか?
ボラード:自由党が支持される背景を知るためには、まず現在の与党第1党である自由民主国民党(VVD)のマルク・ルッテ政権について振り返っておいた方がいいと思います。VVDは前回2012年の選挙で41議席を獲得し、第2党の労働党(PvdA、38議席獲得)と連立政権を組みました。
前回選挙の時は、2011年に勃発したユーロ危機の直後だったこともあり、経済的な課題が山積していました。株価が急落し、欧州全土がいわゆるソブリン・リスクにさらされました。オランダでも、住宅価格が下落したほか、失業率が急上昇しました。ユーロ危機前まで4%台だった失業率は2014年には7.4%に上昇。2%台だった経済成長率も1.4%に低迷しました。
ルッテ政権はこの危機に臨んで、構造改革と財政再建を両輪とする再生に乗り出します。失業手当ての縮小や退職者向け年金の支給年齢の段階的な引き上げを進めて社会保障制度を見直したほか、解雇規制の緩和をはじめとする雇用改革に取り組んで労働市場の流動性を高めました。
その結果、失業率は2016年に、ユーロ危機以前の水準まで下がりました。低迷していた住宅価格も回復。2017年の経済成長見通しは2%と、ユーロ圏19カ国平均の1.6%を上回っています。彼がこの4年あまりで断行した経済政策については高く評価されてよいと思います。
ところが、こうした経済政策の効果が逆に、自由党の躍進を許すことになってしまっています。
どういうことですか?
ボラード:経済危機の時には一般に、いかに目先の危機を回避し、自分たちの雇用を守るかに国民の関心が集中します。将来が不安なので、経済をどう立て直すかに関心が向かう。自分たちの仕事がこれからどうなるのか、それが何よりも大切ですからね。
すると、傾向として雇用者のセーフティネットなどを訴える左派系の政党が支持を集めることになります。実際、2012年に行なわれた前回選挙でも、労働者の保護を訴えた労働党が38議席を獲得しました(前々回選挙での獲得議席は30)。
ところが、この経済危機を乗り切ったがゆえに、今回の選挙では、国民の関心が経済再生に向いていません。むしろ、別の争点に注目が集まることになりました。それが、移民問題なのです。
経済を立て直した現政権が評価されて、支持を高めるという流れにはならないのですか?
ボラード:もちろん、現政権を評価する支持層は一定数いますよ。ただ、今回の選挙では、そうした支持者を上回る規模で、移民問題に関心を持っている人がいる。やはり、ここ数年のあいだ欧州全域を巻き込んでいる、中東やアフリカから流入する難民の影響が大きいと思います。
フランスやベルギーでイスラム過激派による同時テロが起きた結果、治安に対する不安も高まっています。ルッテ首相にしてみれば、「なぜ経済再生の実績を評価してくれないのか」という思いが強いでしょう。しかし、関心は完全に移民問題、あるいはそれに関連した「オランダ人の価値観のあり方」に向かっています。皮肉なことです。
オランダ人の反移民感情を呼び覚ました
オランダは本来、「寛容の国」として、多文化主義を受け入れることを是としてきた国として知られています。宗教上の迫害を受けた移民の受け入れにも、長い歴史を持っています。それでも、移民に対する反発が広がっているということですか。
ボラード:もちろん、オランダが多文化主義を肯定する寛容の国であることには変わりません。一方で、この10年近くの間にオランダは、移民にまつわる様々な事件に直面してきました。その過程で、オランダ国民は移民に対して複雑な感情を蓄積してきたのです。
オランダ人の反移民感情は、決して、最近になって生まれた感情ではないわけですね。
ボラード:長い間蓄積されてきた、マグマのような感情だと言えばよいでしょうか。決して、すべてのオランダ人が抱いているわけではありません。しかし、白黒つけられない、とても難しい感情を抱いている人が多いのです。
もっとも、ウィルダース人気は、反移民に賛成する人たちの支持だけが理由ではありません。実は、彼の主張を右派だけでなく、左派の一部も支持しているのです。
社会保障の再見直しは、労働党も主張しているのではありませんか。オランダには、高齢者の保護を訴える50PLUSという政党もあります。
ボラード:今回の選挙では、労働党は支持を集めることができていません。最新の世論調査によると予想獲得議席数は12と、現在の38から大幅に減ると見られています。その大きな理由は、労働党が連立政権に参加しており、国民の多くから「エスタブリッシュメント」政党だと見られているからだと考えられます。
前回の選挙で労働党に投票した人々にとってみれば、「確かに経済は再生したが、我々は何の恩恵も得られなかった」と感じる国民が少なくないということです。
自由党は、こうした、本来は労働党支持だった層も取り込んでいます。「労働党はエスタブリッシュ側だ」というレッテルを貼り、「既存体制を変えよう」と主張しているのです。
自由党が政権を取る可能性はありますか?
ボラード:多くの識者は、自由党が議席を大幅に増やしたとしても、政権に入れる可能性は非常に低いと見ています。私自身も、この見方に賛成しています。
オランダ下院の総議席数は150です。多くの党がひしめいているので、1つの党が単独で過半数を取るのは不可能。他の政党と連立を組む必要があります。
自由党と積極的に連携する意志を表明している政党は今のところありません。むしろ、自由党を孤立させるために、他の党が連携する可能性すらあります。
ただ、他の政党が獲得する議席が少ない場合、連立を組むために4~5党が協力する必要があります。そうなった場合は、政権自体を確立するのに時間がかかり過ぎる可能性があります。その場合に、政権を成立させるため自由党に協力を要請するといった展開になる可能性もゼロではありません。
オランダでは、1つの党が獲得する議席数が選挙のたびに減少の一途をたどっています。今回の選挙でも、自由党の獲得議席数だけでなく、他の政党がどれだけ議席を獲得できるかに注目するのがよいでしょう。場合によっては、自由党が政権入りする可能性がありますから。
自由党は今後、さらに勢いを拡大するのでしょうか。
ボラード:ウィルダース氏自身は自由党の規模をさらに大きくする考えを持っています。今後は、オランダ国内の地方自治体の選挙に進出し、自由党議員を誕生させる計画を表明しています。
ただ、秘密主義で知られる彼が、どれだけそれを実現できるかは正直言って疑問が残ります。規模を拡大するためには、当然スタッフを増やす必要がありますが、彼は情報を一元化することを好み、共有することはあまりないと聞いています。ウィルダース氏自身、セキュリティ確保のため、人前に出ることがほとんどありません。この状態でどう規模を大きくしていくのか。
フランス大統領選と対決の構図が酷似
4月にはフランスの大統領選が予定されています。オランダ下院選挙の結果が影響する可能性はありますか。
ボラード:オランダとフランスは別々の国ですし、国民の考えも異なります。個人的にはオランダの選挙結果がフランスの大統領選に直接的な影響を及ぼすとは考えていません。
ただ、政党が置かれた関係という点では、両国はとても似ています。いずれも、急伸する極右政党と、既存のエスタブリッシュメント政党が対決する構図が見られます。しかも、フランスの極右政党である国民戦線のマリーヌ・ルペン党首はウィルダース党首と面識があります。二人は昨年、様々な会合で顔を合わせています。
自由党が議席数を伸ばした場合、ルペン氏はその戦い方を多いに参考にするでしょう。争点を設定する方法からデジタル戦略まで、有益な情報はいくらでもあります。その意味では、自由党がどのような結果を得られるのか、一番注目しているのはルペン党首かもしれません。
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